【オヤジの背中】
父ちゃんの今年最初の全日本は、4月22,23日の第3戦近畿大会だった。
ここ(名阪スポーツランド)は、去年初めて全日本に出た場所なのだ。
それも、予選のくじで6番を引き当て、ほぼベストなスターティングポジションを取ったのにも関わらず、
第1コーナーでアウトからぶつけられて散った因縁の場所なのだ。
父ちゃんは燃えていた。
今回も家族全員で来ている。このへんでかあちゃんにも子どもたちにも「燃える男の背中を見せつけてやらねばならぬ」と。
特に、子どもたちには39歳にもなって全日本を走るオヤジの背中を目に焼き付かせてやらねばならぬ。
いうなれば「背中の教育」ってやつだ。
父ちゃんは、普段はあまりごちゃごちゃ言わないが、その分「背中」で語っているのだ。
「母ちゃん、子どもたちよ、父ちゃんの背中をよく見ておれ!!」と力が入っていた。
すっかり全日本にも慣れた(ビビらなくなっただけだが・・)父ちゃんは、
簡単に車検を通し、スターティンググリットのくじを引いた。
(今回のIB250の出場数は99台。予選は4クラスある)
前回は6番を引き当てたので、悪くても15番くらいだろうと思っていた。
この頃スタートに自信をつけてきた父ちゃんなので、よほどのインベタでない限り第1コーナーを真ん中より上位で通過できるだろう。
後は、がんばって4周走れば何とかラストチャンスにいける14位までには入れるだろうと考えていた。
なんてったって「背中の教育」だ。今回は気合いが入っているのだ。
エイヤ!と気合いを入れて引いた番号は22番。
なんてこった!後ろには、3台しかいないではないか。
「1番、2番…」
次々と番号を呼ばれていくヤツらを恨めしそうに見ていると、やはり中央アウト寄りから埋まっていった。
「22番」
やっと父ちゃんが呼ばれたときには、イン側が4台分残っているだけだった。
まだ呼ばれていない3台のヤツらを見れば、すでに「あきらめモード」だった。
名阪の第1コーナーは、きつい登りになっている。
イン側は、よほど良いスタートを切らない限り、アウトからかぶせられて登りで負けてしまうのだ。
しかし、父ちゃんは「男」だ。
「子どもたちよ、どんな逆境にも負けない、あきらめない姿(オヤジの背中)を見ていてくれ」
スタート5秒前だ。
「ヨッシャー」「ヒョー!」 訳の分からない気合いがエンジン音に混じって聞こえてくる。
少年たちはすっかり「野獣モード」に入ったようだ。
しかし、父ちゃんは、年長者らしく冷静にバーに集中した。
(本当は、やりたいのだがちょっと恥ずかしい・・)
「ガチャン!!」スタートバーが落ちた。
「よし、いける!」回りのヤツより少しフロントタイヤが前に出たのを見て父ちゃんは確信した。
フロントタイヤが浮き上がるのを押さえながら第1コーナーに突っ込んでいった。
相変わらずブレーキをなかなか掛けないイカれたヤツらに並ばれたが、コーナーは目の前だ。
その瞬間、アウトから凄い勢いで何台ものモトクロッサーが突っ込んできた。
インよりの子たちはアクセルを一瞬閉じた。
やっと、第1コーナーを登り切り、前を見ればびっくり。
「なんてこったい!」 数え切れないくらいのバイクが見えるではないか。
いったい何位か全然分からない。
しかし、「オヤジの背中」はそこからがんばった。
転んでいる子を抜き、転びそうになっている子を抜き、壁に激突している子を抜き、
そして抜かれたりしているうちにあっという間に4周は過ぎていった。
帰り道、母ちゃんの姿が見えた。こっちに向かって手を振っている。
「父ちゃん、第1コーナーは20位だったよ」
「そんなにしっかり見ていてくれたのか」と父ちゃんは少し感激した。
「あんなに沢山の中で、よく分かったな・・」ジーンとした父ちゃんはかあちゃんの目を見つめながら答えた。
(良い場面だ、やはりオヤジの背中だな!)
「だって後ろから数えたらすぐに分かったよ、アハハハ」
「父ちゃんより後ろの子なんてほんの少しなんだもん」
母ちゃんの笑い声がこだましていた。回りにいた人も笑っていた。
「子どもたちは?」
「あっちで泥遊びしているよ」
ガーン!
よく見るとコースから遙か離れたところで楽しそうに遊んでいる子どもの姿が小さく見えた。
結局、子どもたちには「オヤジの背中」より、どろんこ遊びの方が魅力的だったようだ。
(結果は18位、7位までが決勝進出で14位までがラストチャンスに進めたのだった)