B班報告 米国民の歴史的価値観

−人物・出来事・教科書から


蟹江町立蟹江小学校      木下 眞吾

豊川市立代田中学校      馬場 孝利
愛知教育大学附属名古屋中学校 木村 祥治

愛知県立惟信高等学校     遠藤  茂

1 はじめに

 今年度は、「米国の歴史と政治」「社会的多様性と都市問題」「米国民理解」の三つの全体テーマが設定された。B班では、全体テーマの第1と第3を受け、「米国民の歴史的価値観」をメインテーマにすえた。建国200余年という米国は、比較的短い時間の中でさまざまな問題と向き合いながら現在の姿を形成してきた。独立戦争に始まり、先住民であるインディアンの追放や南北戦争、近代国家に成長後は恐慌やさまざまな差別に対する公民権運動、そして、ベトナム戦争に象徴される東西冷戦など…。米国はいずれの問題に対しても、その結果は別として、正面から取り組んできた。
 21世紀に生きる現在の米国民は、こうした先人の取り組みをどのように評価しているのか、また、「自由」「平等」等の倫理的な価値をどのようにとらえているのかを調査することは私たちが米国民を理解するうえで大きな意義がある。

2 アンケートの内容

 B班は、@歴史上の人物からA歴史上の出来事からB現在利用されている教科書から、という三つの方向から追究し本テーマにせまった。事前に@Aにかかわるアンケートを作成し、各訪問先でお会いした方に直接記入してもらうことを中心に資料を収集した。また教科書については、今回の訪問中にインタビューさせていただいた Metuchen 高校の先生にお骨折りいただいて入手することができた。

主なアンケートの内容

1 Historical personages −歴史上の人物について−

  Which American influential figure do you most respect?

  −あなたが一番尊敬しているアメリカに影響を与えた人物は?−

  Why do you think so? −なぜそう思いますか?−

2 Historical facts −歴史上の出来事について−

 What do you think is the most important(valuable) historical event concerning the United States of America?

  −アメリカに関する一番重要な(価値のある)歴史上の出来事は?−

  Why do you think so? −なぜそう思いますか?−

※ 会話に自信のない班員もいたためアンケートという方法を取ったが、アンケートの質問が抽象的であったり、記入式であったために敬遠されたりで、なかなか簡単には回答が得られなかったことを反省している。質問事項はもちろん、その方法等の十分な検討が必要である。

3 アンケートの結果と考察   ※ 回答数18名。(1)(2)の丸数字は同一人物

(1) 歴史上の人物について

 マーチン・ルーサー・キング・ジュニア(4名)

 @20代 女性 人種差別廃止や奴隷制廃止に貢献したから。
A40代 女性 市民権運動における彼の影響力が積極的にアメリカを平等な権利の方向に向かわせた。
B40代 男性 信念をもって夢を追ったから。
C40代 男性 彼はアメリカ人の中で最も抑圧された人達である黒人も含む、すべての人達のために闘うために立ち上がり、さらにそれを非暴力と偉大な自己犠牲によって行ったから。

        

 エイブラハム・リンカーン(3名)

D30代 女性 多くの人々に、人権にかかわるとても大きな貢献をしたから。
E50代 女性

彼は悲劇的な時期を統治したが、ユニオンを一つにまとめ、国内の疲弊を直す活動を推し進めることができた。彼の悲劇的な暗殺には、今でも私の心は暗くなる。

F70代 女性 奴隷を解放する奴隷解放宣言を書き、南北戦争に勝ったから。

 フランクリン・D・ルーズベルト(3名)

G70代 女性 多くの人を助ける社会福祉計画を実行した。
H70代 男性 とても困難な国内的及び国際的な諸問題に際して、偉大な指導者であった。公共事業や社会保障のような国内政策における大きな変革の責任者であった。
I70代 男性 この国を深刻な不況から抜け出す手助けをしてくれた。社会福祉法を導入した。この国を第二次世界大戦の途中まで引っ張っていってくれた。

 トマス・ジェファーソン(2名)

J40代 男性 彼のものを見る力と指導力、非常に多くのことを学ぶ能力。
K50代 男性 彼は独立宣言と憲法を書く手助けをしたばかりか、合衆国は国としてどう機能すべきかということに関しての彼の考えの多くが、この国を今日の姿に作り上げたから。

 ジョージ・ミード将軍(1名)

L30代 男性 米国史上最悪の戦闘の一つの後でさえ、彼は成功したから。

  

 エレノア・ルーズベルト(1名)

M60代 女性 とても影響力のある大統領夫人で、多くの社会的不正に取り組み、いつでも国民に会って話を聞けるようにしていた。

 ジョン・マッケイン上院議員(1名)

N60代 男性 ベトナム戦争のような多くの問題に関して自分の政党に逆らってもはっきりと発言する勇気をもっていた。

 ジョージ・W・ブッシュ大統領(1名)

O65代 女性 思いやりがあり、優しい父親、指導者である。神を愛し、国を愛し、ありとあらゆる文化を背景にもった国民を愛しているから。

 マイク・マイヤーズ(1名) ※ 現在活躍しているコメディアン

P10代 男性 とてもおもしろいから。

 特にいない(1名)

Q40代 男性 自分が影響を受けた人物は特にいないから。

 米国民が人権尊重の思想を広めたり、人権の拡大に貢献したりした人物に重き価値を置いている、言い換えると、「自由」「平等」等の倫理的な価値を大切に考えていることが分かる。女性の権利拡大に貢献したエレノア・ルーズベルトが、米国の女性にとってカリスマ的な存在であるということに、新鮮な驚きを感じる。

(2) 歴史上の出来事について

 権利章典(1791年)(4名)

@20代 女性 それは、我々が拠り所とするものや権利の基盤であるから。
B40代 男性 我々の権利が必要だから。
M60代 女性 この権利のおかげで個人の存在が認められることになるから。
N60代 男性 民主主義を放棄させる圧力があったとき、権利章典がそういうことが起きるのを防いでくれるから。

 南北戦争(1861〜1865年)(3名)

L30代 男性 わが国がもはや分断されずに、統一されたから。
Q40代 男性   アメリカ人同士が戦った唯一のときだから。
E50代 女性 リンカーンが悲劇的な時期を統治したが、ユニオンを一つにまとめ、国内の疲弊を直す活動を押し進めることができた。彼の悲劇的な暗殺は、今でも私の心を暗くする。

 革命戦争(1775年)(2名)

 P10代 男性  合衆国が国になることができた戦争だから。
K50代 男性 それがなければ、我々合衆国は英国から分離し、独立国家になり、現在の形に発展することがなかったであろうから。

 独立(1776年)(2名)

J40代 男性 1776年の独立宣言は信じられないほど深遠であった。この出来事だけでも全国民に適応される民主主義の理念の実施の象徴であった(残念ながら、ごく最近の選挙は何事にも欠陥があることを露呈しているが)。
H70代 男性   民主主義国家の模範だから(不完全かもしれないけれど)。

 憲法の作成とそこから生まれた憲法的な(立憲)民主主義(1787年)(1名)

C40代 男性 我々の合衆国憲法から、自由、平等、基本的対人的品性(人に対する品位ある態度)を求める我々のたゆまない闘いのすべてが発生してきたから。

 アメリカの憲法の議会における承認(1788年)(1名)

I70代 男性 そのことは民主主義を確立し、1788年に導入されたときと同じくらい、今日でも有効である規則を確立したから。

 太平洋岸に到達したこと(1846年)(1名)

D30代 女性 アメリカが現在のような国になり、移動性を確立したから。

 奴隷解放(1863年)(1名)

A40代 女性 そのことによって私たちの社会が変革し、私たちの国が目の前にある深刻で恐ろしい偏見に気が付くきっかけになったから。

 第2次世界大戦に参戦し、勝利することに貢献したこと(1941年)(1名)

F70代 女性 もし合衆国が参戦して勝利に貢献しなかったら、世界はヒトラーに支配されていたであろうから。

 公民権運動(1964年)(1名)

G70代 女性 それが「すべての人間は平等である」という理想を現実のものにするきっかけだったから。

 イエス・キリストが生まれたこと(紀元前7〜4年ごろ)(1名)

P60代 女性 我々を救うためにイエス・キリストが生まれてきたことは、歴史上、一番価値のある贈り物である。

 独立戦争から権利章典までの米国の建国にかかわる一連の出来事に重き価値を置いているのは、原理・原則を大切にする米国民気質によるものであると同時に、建国後の歴史と政治に誇りをもっているからであろう。権利章典を重要とする国民が多いことからも、「自由」「平等」等の倫理的な価値を大切に考えていることが分かる。

 教科書から

 アンケートから回答を得た人物、出来事は、教科書ではどのように記載されているのだろうか。双方から一つずつを取りあげて考察したい。

(1) マーチン・ルーサー・キング・ジュニア

 彼についての記載は、The Great Society という章の中の Movements for Equal Rightsにおいて、4ページにわたって記述されていた。
 特徴的なのは、人種差別撤廃に関わる運動の中で用いられたテーマソング“We Shall Overcome”の詩の一部と、1963年のワシントン大行進の際にキング牧師が行った演説「I Have a Dream」が2ページにわたって掲載されていたことであり、その詩と演説の内容に、「(人種差別がなくなる)未来を信じる」という非常に強い心情が表されている共通点があった。また改めて「I Have a Dream」を読んでみると、その英語はきわめて平易なものであり、似たフレーズが何度も出てくる。これは、演説というよりむしろ、“We Shall Overcome”にも似た詩ではないかと思えてくるほどである。
 彼についての記述の最後には、「当時のアメリカ社会がまだまだ不完全であるということを知り、そして、そのアメリカ社会が平等の権利の獲得を目指して確実な進歩を刻んで行くであろうことを信じていたのは、キング牧師をおいて他にはいなかった。」と結んであった。

(2) 南北戦争

 24日に訪れたゲティスバーグの国立公園では、南北戦争についてきわめて詳細な展示がなされていた。特に、戦争の進行状況を模型とランプとガイドを用いて説明する展示には、アメリカがこの戦争をどれだけ大切にしているのかを感じさせた。
 では、教科書ではどうだろうか。7ページにわたって記述されているこの戦争について、「リンカーンはこの戦争に至る理由付けをどのように与えたのか」などというような見方・考え方を示す4つの質問を与えて、考えさせるように扱われている。
 リンカーンが大統領になった部分では、キング牧師の記述と同様、演説や語った言葉を巧みに用いながら、彼の考え方を紹介している。おもしろいのは、「身長が6フィート6インチであり、細くハイピッチな声の持ち主である」というような記述もあったことである。
 リンカーンの南北戦争に対する理由付けについては、「奴隷制度が一つの明らかな要素であるが、奴隷制度を終えるために行われたのではない」と記述され、南部連邦軍が Fort Sumter を攻撃したときに、北軍は急に奴隷制度廃止主義者になったのではなく、「奴隷を解放するのではなく、ユニオンを救うために」戦ったのであると結んであった。

5 おわりに

 教科書からの考察については、入手が遅れたため十分な検討がなされていない。しかし、アメリカから送っていただいた資料のページのあちらこちらには、当時の人物の演説や言葉がちりばめられていることに気づいた。歴史博物館を訪れたときも同様の感想を持ったことを思い出す。それぞれの大統領の演説の様子をビデオにしたものなどがそれである。ちなみに同博物館での来客者アンケートでは、「the most effective」な大統領として21%の人がジョージ・ワシントンに投票していた(2位はリンカーンの17%)。
 建国200余年という歴史の中で、自らの建国の歴史を大切にし、「その礎があって今の私達がある」という見方をしている人々が多いことを感じた。