C班報告 多文化社会における自立と共生をめざして

−家庭、学校教育、地域社会についての分析を通して−

知立市立知立小学校     大橋 直樹

愛知教育大学附属岡崎中学校 夏目 貴司
名古屋市立沢上中学校    植田 則康

愛知県立豊田東高等学校   弘山 貞夫

はじめに

 冷戦構造崩壊とともに、様々な分野においてグローバル化現象が見られるようになった。その影響を受け、日本及び私たちの地域社会は未曾有の変革を余儀なくされた。
 日本全体の傾向として、ニューカマーと呼ばれる人の数が急増している。また、戦前からの歴史的なつながりにより、約64万人の在日韓国・朝鮮人が居住している。私たちは今やいながらにして、地球のすみずみの人と隣り合わせで生活しているのである。各地で顕在化している異文化間の問題からも、もはや「日本人」であるというあいまいな帰属意識や認識では円滑な生活を送ることすら困難なものとなってきていることは明らかであろう。
 このような状況の中、学習者である児童及び生徒に対して、主権者としての人権と相互依存に基づいた社会認識や自立・共生の態度が求められよう。
 本研究では、米国における多文化社会としての実態や問題に対する取り組みについて調査・分析する。なぜならば、米国社会は建国以来、先住民と多くの移民によって成り立ってきた世界有数の多文化社会であり、世界の諸地域や日本及び私たちの地域社会が今後よりいっそうの多文化社会化していく上で、学ぶことが多いと考えられるからである。
 具体的には、米国の家庭、学校教育、地域社会における自立と共生について、調査・分析する。それを通して、日本及び私たちの地域社会における民主的な多文化社会を構築していく資質を育成する社会科教育及び外国語教育の方向性を模索していくことを目的にしたい。

1 研究の方法

(1) アンケートの実施

 米国滞在中、交流をもつ教育機関の職員やホストファミリーなどお世話になる方々だけでなく、市街地の散策において出会う人々など幅広い層を対象に、アンケートを実施した。多文化社会としての日本や私たちの地域の状況及び課題について説明した後、米国やその地域社会における状況やそれに対する回答者の考えや活動について問う形式をとった。

(2) 質問項目の実際

A)In Japan, there seems to be an increase in the lack of discipline at home before a child starts school. This is a serious problem.

  In the future, what kind of adults do you want our children to become?

  Please tell us about your opinions or your experiences of the discipline when you were a child.

訳 日本では、就学前の家庭におけるしつけの欠如の傾向がみられ、深刻な問題になっています。将来、子どもたちにはどのような大人になってもらいたいですか。あなたの考えを、あなたが子どもの頃、しつけられた経験なども交えて教えてください。

B)In Japan、 it is said that cross-cultural understanding education is important.

  What kind of cross-cultural education lessons are being held?

  How do you incorporate it in the educational curriculum?

訳 日本では、異文化間教育の重要性が論じられています。あなたのまわりでは、どのような異文化間教育が行われていますか。また、教育カリキュラムには、どのように取り入れたらよいと思いますか。

C)In Japan、 the number of the labors who are from South America or other Asian countries has increased within this decade.

  This has caused some cultural-friction or prejudice within some communities.

  Do you have this kind of problem in your community? If you do、 how do you ease the cultural-friction?

訳 日本では、ここ10年で南米やアジアの国々からの労働者数が増加しています。このことが、地域社会の中で文化間摩擦や偏見を引き起こすことがあります。あなたの住む地域社会の中で、このような問題は起こっていませんか。もし、あなたのまわりでそうなった時、それらの問題にどのように対処しますか。

(3) アンケートの分析方法

 アンケートから、家庭、学校教育、地域社会における自立と共生について、それぞれ4人の執筆者が個別に分析するが、帰国の後、執筆者の地域社会(愛知県内)においても回答者の年齢層にも配意しながら、米国でとった質問項目と内容的に同様なアンケートを実施し、米国での回答結果と比較する場合や、米国での回答に対する執筆者の考察を中心にして論ずるなど、分析法は多様であり、特に統一した形は取らない。

2 多文化社会における自立と共生−調査の内容から

(1) 家庭教育における自立と共生

 ア 米国における調査から

  前掲の質問項目A)について、その回答からの考察を述べる。

表1【回答の一部:項目は左より、年代/しつけの経験からの思い〜期待する大人像】

  20男/目標もち努力すること、規律を学んだ 〜社会に貢献できる人に

  20女/他の尊敬と、善悪に区別学んだ    〜社会に役立つ、自立した人に

  50男/人を敬うことを学んだ        〜敬意と責任ある人に

  50女/親・教師・警官を尊敬してきた    〜年長者を敬う人に

  50女/権威に対し、敬い従うこと(もちろんきちんと自分で考えて)

  60男/体罰はせず、大声で叱った  〜独立心、思いやり、責任感のある人に

  60女/親に従うことが期待され、そう行動した 〜他人を敬う気持ちをもって

  60女/厳しく愛情をもったしつけで、年寄りを敬うこと、他の尊重を教わった

  60女/両親と権威への敬いを教わる(規律少なく、自由が多い現状を懸念)


 まず、特筆すべきは、ほとんどの回答者に共通して「respect(尊重する・尊敬する)」という表現がみられることである。それは、成育の過程で、家庭においてしつけられたものであると同時に、子どもたちが将来、大人になったときの姿に期待するものでもある。また、同じ「respect」でも、「権威」に対するものだけでなく、自分のまわりの、他の人々に対しての尊重の念を大切にしていることが読み取れる。
 このことは、訪問したミラーズビル大学において、我々が受けた講義の内容とも合致する。それは、マーク夫人の講義における内容である。彼女の勤務する高等学校のさまざまな民族が在籍する教室で、学習指導以前に最も大切にしているのが「互いの尊重」だという事実である。
 これらのことから、多民族・多文化の中にあって、自ずから必要とされる意識が、しつけや、子どもの将来像に反映していることが推察される。
 また、比較的若い世代を中心に、「社会貢献」についての回答が多く見られたことも特筆すべきである。これは、米国社会において、「他を認めていくこと」と同時に、自らのアイデンティティが「他に認められること」も必要とされることをあらわしていると考えられる。若い世代に、このような回答が集中したのは、競い合うことの真っ只中に置かれていることによるものと推察される。
 「自立」、「責任」という意識もまた、回答の中に込められており、米国らしい意識としてとらえることができる。ただ「表1」最下段の女性のような、若者層に対する「規律が少なく、自由が多く」なっていることへの懸念は、我が国で一般的に言われることに極めて近いものがある。

 家庭教育のあり方について、米国も一つの局面を迎えていると言える。

 イ 日米の比較と考察

  上記の状況に対する比較材料として、我が国における調査を行った。

表2【回答の一部:項目は左より、年代/しつけの経験からの思い〜期待する大人像】

  20男/箸の持ち方にまで厳しい祖父、「…しなさい」「だめ」とは言わない両親、

     それらの行動から「常識」を学んだ  〜判断力、対人関係を保てる人に

  30女/できないことはできないと意思表示して人に頼めることが必要

            〜自分の力を知り、努力し、仲間とともに助け合える子に

  40女/家族のほか近所でもほめられたり叱られたりして、善悪の判断を学んだ

         〜他人に迷惑かけず、社会生活に順応できる、思いやりある人に

  50女/親の感情で接しないよう「何が悪く、どうすればいいか」を冷静に教え、

     「自分は愛され、理解されている」という安心感を与えてきた

       〜他人を傷つけることなく、理解し合い、環境に適応していける人に

  60男/裕福でなく兄弟の多い家庭で、物を大切に工夫して使うことが身につく

       〜物ができるまでの汗とエネルギーを知り、

                  地球環境の面からも、物を大切に使える人に

 

 米国のデータと比較すると、明確な「他の尊重」という意識は読み取れないものの、対人関係を保ち、社会生活に適応していく力を重要視する意識については、はっきりと読み取ることができる。
 ただ、多民族・多文化の中にある米国の国民性とは違い、「比較的安定した社会」への適応を中心に考え、顕著に「自己」を表出する意識は少ないことが推察される。
 また、「表2」からは、家庭でのしつけにかかわって、我が国の60才代以上の世代を中心に、米国の同世代の人々では味わっていないと思われる意識を読み取ることができる。それは、幼少期の「物のない時代」の経験であり、それらの経験をふまえた現代の地球環境を論じる新しいしつけのあり方として、特筆されるものである。
 いずれにせよ、かつて厳しいしつけを受けてきたことは日米ともに共通するところである。今後、さらなる多文化社会へと向かうであろう私たちの地域や日本において求められる資質を育成していくためにも、米国の家庭におけるしつけに示唆を受けていくべきであろう。                  (夏目 貴司、植田 則康)

(2) 学校における自立と共生を目指した異文化理解教育

 2番目のアンケート項目は、「学校においてどのような異文化理解教育が実際行われていますか」という趣旨のものであった。
 これに対して、主な回答を羅列すると、

・ニュージャージー州が課しているMulti-Year Equity Planを通して、生徒は多文化プロジェクトを学習しなくてはいけない。異文化理解のために理科、言語、数学、社会を統合して教える。

・私たちの学校では教科を越えた活動を行っている。英語、歴史、コンピュータ、科学などに関連性を持たせている。

・異文化理解は教育の中で重要である。3年生で、多文化を学ぶ授業があり、私たちのそれぞれの祖先の歴史をたどり、お互いの文化の違いを受け入れるようにしている。

・学校で多文化の祝日を企画する。そこで、違った文化の食べ物、服装、音楽、ゲームなどを分かち合い学ぶ。留学生のプログラムもある。

・ニュー・ブランズウイック市では、違った文化のお祭りを学ぶような授業がある。クリスマスや、ハヌカ(ユダヤ教)、カンザワ(スペイン)など。

・幼稚園から異文化理解教育を始める。子供たちは世界の様々な国、民族、言語、習慣、祝日などを学ぶ。

・小学校では年間活動の中で、クリスマスやイースターといったキリスト教的なお祭りだけでなく、「ユダヤの日」「イスラムの日」などを設けて、衣装を着たりして、その文化を学ぶアクティビティをしている。


 アンケート結果から分かることは、アメリカという多文化社会において、学校では異文化理解を教育の大きな要素として様々な教科の中で取り上げようとしている、ということである。今回アメリカ東部を旅行して再認識した点は、その ethnic diversity (民族的多様性)である。まさしくアメリカの中に世界がある、という感を強くした。

 特に、ヒスパニック系、アジア系が目立った。world citizenship(地球市民)を目指した教育の実験室でもあり、生きた教材が身近にある訳で、多文化・多人種指向の教育を進めて行く必要に迫られていることは、当然と言えよう。

 残念ながら、実際に学校を訪問し、授業参観するような機会は得られなかった。しかし、たまたま旅行中に立ち寄った書店で教師用のアイデア・ブックを入手した。この本が多文化理解教育の一つの例を示しているように思われるので、若干紹介したい。

 Susan Blackaby,“One World : Multicultural Projects & Activities” Troll Associates. 1992.という本である。最初のプロジェクトとしては、「自分は誰か、自分のルーツは?」という質問に答える形で進められている。まず、生徒に家系図を描かせて、どれだけ異なった国から祖先が来ているのかを調べる。祖先の生まれた場所を世界地図に色分けしたピンで印を付ける。次ぎに祖父母、または祖祖父母に焦点を当て、彼らの出身地(国)の民話を探し、それをクラスのみんなに読み聞かせる。また、その時代の歴史で重要な出来事を発表させる。祖先が来た中からひとつの国を選び、伝統的な歌を調べ、みんなに教える。祖先の言語で教室内外のものをどう呼ぶか、ラベルに書き貼らせる。最後に親や親類を学校に呼んで、自分のルーツに関して調べたことを発表したり、作品を見てもらったりして分かち合う。という具合に、すぐ印刷して使えるように出来ている。

 今回の旅行で得たさまざまな体験や集めてきた教材を、高校英語の授業や現在私の学校の1年生で取り組んでいる総合学習(テーマはOpen to the World)にも生かしたいと思っている。現在、本校にはノルウェイから長期の留学生が、チリ、オーストラリアからは短期の留学生が来ている。また、オランダ、フィンランドへ留学して帰ってきた生徒もいる。ニュージーランド、アメリカに留学中の生徒もいる。さらに、ブラジル、中国、ペルーから親と一緒に日本へ来ている在校生もいる。加えて、ALTの女性はインド系のアメリカ人である。知らず知らずの内に多文化が存在している。

 グローバル教育の一環として英語教育を位置づけ、生徒の関心を英米だけに限るのではなく、世界の多様で多彩な文化に目を向け、関心を抱くようにさせたい。世界のあちこちで繰り広げられている民族紛争、人種・宗教による対立が顕在化する今、地球規模で物事を考え、身近なところで行動できる若者を育てるよう、教材を開発し実践したいと考えている。                                (弘山 貞夫)

(3) 地域社会における自立と共生

 ア 米国でとったアンケートにおける質問に対する回答

  前掲の質問項目C)について、主な回答は以下のとおりである。

・州警察が交通取り締まりをする際に、白人の車より黒人のものが止められやすい。

・エスニックグループや所得層により、「棲み分け」ができている。

・最近、インド人が町のガソリンスタンドの経営者として増えている。長時間働き、値段も安いので、それまでの他のガソリンスタンドには脅威になっている。

・外国からの人を招き、食事をしながら、いろいろその国の文化を聞いたりする。

・地域にこの問題はあるが、摩擦を減らそうという努力がなされている。

・米国では多文化を共存させ、調和のとれた生活ができるようにすることが大切。

・文化摩擦や偏見はなくすのが難しい問題である。程度の差はあれ、どこにでも存在しているのでは。様々な文化に対して「開いた心」を持ちつづけることが解決の糸口になると思う。

・違いを受け入れることと、共通のゴールを目指して、働きかけることが大切である。

・確かにいろいろな国の人々が移民してきて、地域社会では仕事や生活様式の変化に対応しなくてはならない。違った文化の祭日やお祭りなどを祝うことが、相互のつながりをつくり、理解を増す役割を果たしている。

New Brunswick市では、「橋渡し」プロジェクトがある。違った文化を持った人々がそれぞれアクティビティを持ち寄り、昨年はステージ発表を行った。

・異文化理解教育が役立つ。平等な機会がゴールとして達成されなければならない。

 イ 日本(主に愛知県知立市)でとったアンケート

 @質問項目

 a あなたの住む地域やあなたの周りでは異文化間の摩擦はありますか。

 b 多文化共生を図るために、あなたの住む地域ではどんな政策をとっていますか。

 c あなたは異なる他者をどう見てますか。

 A質問に対する結果

 aについて

 ・町内、近所に住んでいないし、聞いたりしていないのでわからない。…1名

 ・特にない…2名

 ・アパート等で生活臭がして、苦にしている方がいるということを聞いた。…1名

 bについて

 ・聞いたことがない。…4名

 cについて

 ・特別に意識せず、普通に接したい。

 ・同じ人間なので、特別な見方はしないようにしたい。

 ・会社で接する外国人はたいへんまじめで意欲的である。コミュニケーションがとり

  やすく、よい人間関係を築くことができている。

 ウ 日米の地域社会におけるアンケート結果の分析

 米国の地域社会では、例えば、「州警察」「棲み分け」「インド人経営者」など、問題を具体的に捉えている。反面、私たちの地域社会では、問題を明確なものとして捉えられていない。また、異なる他者に対して、「普通に接する」「特別視しない」とする回答が目立った。もちろんこのことは道徳上、人権上正しいことではある。しかし、多文化共生を達成するためには、その前段階としての摩擦(コンフリクト)が必ず生じるのであり、それを適切に自覚し、乗り越えるための個人、地域レベルの認識や提案が必要になってくるように思われる。これらの点において、異文化間の接触が日常的なものであり、その歴史も長い米国社会の有り様に学ぶべき点が多い。
 注目すべき点は、日本における質問項目cにおいて、外国人労働者を好意的に見ている回答があった。その原因として、ここでは企業・経済活動における共通の目標が外国人労働者と日本人労働者の間に存在したためであろう。今後は、地域社会における生活全般で、このような共通の目標を明確なものとして、それを達成していく取り組み(地域社会としての自立)が必要となると思われる。            (大橋 直樹)

3 多文化社会における自立と共生を目指して−教科教育の方向性を探る

 社会科教育においては、私たちの社会で起きている異文化間の問題を人権にかかわる最重要課題として捉えることが第一の前提となろう。この問題に対して、私たちの地域社会、国、地球社会を相対化して捉え、それぞれの社会の一員であるという自覚(自立心)を持って、摩擦や問題を乗り越えていくための認識や能力を育成していくことが求められる。この時、私たちの社会の相互依存性や、自己探求性を学習内容や学習方法の中核としていくことが必要であろう。
 外国語教育については、2(2) 学校における自立と共生を目指した異文化理解教育において述べてあるので、ここでは省略する。

おわりに

 私たちが米国現地研修から帰国して、2週間後に、米中枢同時テロ事件が起こった。被害を受けた地域(建造物や人を含む)は、まさに私たちが現地研修を行った地域であり、特別な思いに駆られる。犠牲者に対して、心よりご冥福を祈りたいと思う。
 このような混迷を極めた社会において、児童や生徒に、地域、国、地球社会の一員として多文化共生を達成していける資質を育成するために、米国理解教育プロジェクトで得た成果を広く広めていきたい。