アメリカ東部にみるこれからの生徒指導

豊川市立代田中学校

馬場 孝利


1 はじめに

 現在、中学校教育における最も重大かつ緊急に取り組まなければならない課題は、生徒指導にかかわることである。

 社会の急激な変化にともない生徒は多様に変化し続けている。教員は懸命に対応しようと努力しているが、対応しきれないのが現状である。生徒を全力で可愛がり面倒をみようとするが、従来とは異なり生徒の反応はにぶい。教員のエネルギーと情熱のほとんどは、生徒指導に使われていると言っても過言ではない。「可愛がり面倒をみる」ことで生徒を育てることができなくなりつつある現在、それを補う、または全く新しい視点からの方策・手立てを手に入れないとこれからの日本を担う生徒を育成することができないのではないか。そんな時、『アメリカの事例から学ぶ学校再生の決めて(加藤十八著)』という本に出会った。「80年代、暗くてじめじめして反抗的な目が飛びかい、アルコールやドラッグ、タバコの吸い殻が散乱していたアメリカの学校は、90年代に入ると明るく自由でのびのびとした雰囲気で、きわめてきれいな学校に変化してきた」ということ、その変化は「アメリカ2000教育戦略をもとにするさまざまな改革」にあったことを知った。そして、今回の米国理解教育プロジェクトに参加し、米国の現場の教員の声を聞く機会を得た。

 「アメリカ2000教育戦略」に従って、アメリカの教員がどうすることによって、どのように学校を生徒を変えたのかを探ることは、私たちが悪戦苦闘している学校教育健全化の一助になると考えた。

 「アメリカ2000教育戦略」の生徒指導(school discipline)に関わるアンケートを作成し、現地の教員に記入してもらうこと、また、直接(英語の教員の助けを借りて)インタビューすることを中心に調査した。

  主なアンケート内容

1 How have schools and teachers been changed after the Strategic Plan 2000 came into force compared with what they used to be?

(アメリカ2000教育戦略がスタートし、学校は教員はそれ以前と何が変わったのか。)

2 What did schools and teachers do to make disciplined schools?

(規律ある学校をつくるために学校は教員は何をしたのか。)

3 What was your trouble to make disciplined schools?

(規律ある学校づくりを進めるなか、苦労したことはどんなことか。)

4 What is your anxiety about the future of schools?

(現在の学校に対する将来の不安は何か。)


2 「アメリカ2000教育戦略(以下プラン2000)」のめざすもの

 「プラン2000」とは、国家教育目標にもとづいた2000年までにどのように教育改革を行うかが示されたものである。以下、国家教育目標の生徒指導に関わる部分を挙げておく。

 【目標6】安全で規律あるドラッグのない学校

 【目標7】教員研修と教員の専門性の開発向上

 【目標8】父母の参加

3 アンケート結果より

(1) 「プラン2000」からの学校の変化

・ 50州それぞれで教育上の統制が政策や法律で行われていたので、プラン2000は改革というよりもむしろ「勧告」だった。国中の公立学校で、おそらくほとんど変化に効果はなかっただろう。また、クリントンは携わらなかったし、ブッシュはそれほど継続的ではない。ブッシュのねらいは、生徒が学習をしていることを確かめるために彼らをテストすることだ。(40代 女性 高校教員)

・ プラン2000については、保護者や教員のほとんどがよく知らないのではないかと思う。アメリカの教育システムは非常にばらつきがあり、やり方もいろいろだ。貧しく荒れたミシシッピ州の学校とコネチカット州の裕福な学校とでは大きく異なる。しかし今でも(以前からも)重要なことは「家庭でのルール」にはまちがいがない。

  (60代 男性 高校カウンセラー)


(2) 規律ある学校をつくるために学校や教員がしたこと

・ 開校中、正面玄関以外はカギをかけ、生徒と教師にIDカードを持たせる。侵入者(来校者も含めて)をチェックするために正面玄関にカメラをセットするなどして、学校の警備を強化した。また、武器の持ち込みを禁止したり、麻薬犬をつかい生徒のロッカーをチェックした。(40代 男性 高校教員)

・ それぞれの学区や郡、または州で「校内暴力」に的を絞って取り組んだ。金属探知機を置いたり、警備員を配置した。さらにIDカードを全職員全生徒に配布したり、ドラッグやアルコールに対して容認ゼロ運動(Zero-Tolerance)を行った。現任校には、保護者・教師・生徒・委員でつくる委員会があり、暴力事件を事前に予防する試みをしたがあまり効果がなかった。ある学校では過剰な反応をするが、何もしないところもある。(40代 女性 高校教員)

・ それぞれの場所によってかなりの差がある。ニューアークでは、不登校・暴力・退学10代の妊娠・片親家庭・犯罪・ドラッグなどがどんどん増える傾向にある。それらに対応するために規則を作ったり、違反があったときの対処法を決めている。校内停学(教室から離す)・数日間の停学・永久除籍(とても深刻)、そして、違法行為があった場合は警察に届ける。これらの罰を課すための規則や手順はすべて整っている。保護者もこれらの段階すべてに関わっている。生徒指導において私たちが抱える問題は、地方の学区やそれぞれの問題の本質によって大変異なるやり方で処理されている。

  ほとんどの保護者はとても心配している。もちろんあきらめてしまった人も中にはいるが・・・。(60代 男性 高校カウンセラー)

・ 教員は学級経営の面でトレーニングを受ける。さらに、ほとんどの学校ではカウンセラーを置き、特別チームを作って特に手助けが必要な生徒を指導し、学校は行政上の支援を受けている。そして、家庭が公立学校にもっと関わりを持つことができるよう常に努力している。保護者の学校や教員に対する態度は、明らかに生徒の態度振る舞いに反映される。この保護者(家庭)こそ、重大なポイントである。私個人は、家庭との連携こそが規律ある学校をつくるための鍵だと思っている。(40代 女性 高校教員)

・ それまでより教員が生徒を認め、より生徒が抱えている悩みなどに気付くようになった。具体的には、校則を発展させたこと、その校則を生徒が理解しているかを常に確かめた。(60代 女性 生徒指導担当教員)

(3) 規律ある学校づくりのための苦労

・ ロッカーの点検やドラッグ容認ゼロ運動(Zero-Tolerance)は、新たに対応すべきことを出現させた。たとえばアスピリン(頭痛薬)を持っていることも許されなくなった。容認すべきことを容認できない苦しさがある。(40代 男性 高校教員)

・ 私の学校にはほとんど規律面のトラブルがない。しかし「この学校は安全」だから、もっと何か方針を立ててほしいと思っている教師が多い。生徒や保護者は、学校・教員の一致した意見がなにもないことを感じている。(40代 女性 高校教員)

・ 校則を発展させ、罰の段階を徹底させることで難しいことが二つ起こった。一つは、すべての生徒に校則と罰の必要性を説明し理解させること。そしてもう一つは、すべての生徒を同等に扱わなければならなくなったことだ。それぞれの生徒にあった指導が難しくなった。(60代 女性 生徒指導担当教員)

(4) 学校に対する将来の不安

・ 私たちが公立学校に関して心配していることは、学校が手を出しすぎていることだ。学校は生徒を育てることに責任をおくべきではない。医学的、精神的、感情的、肉体的に生徒はさまざまな問題を抱えている。学校はそれらに関わることはできない。いや、関わるべきでない。保護者の中には、子どもに薬をぬることができなかったり、ぬろうとしない親がいる。大人は働きに出て、子どもは家庭での躾や社交性がないまま、組織化された学校でほとんどの時間を過ごしている。常に言われていることだが、私は、この状態がもっと悪くなるのではと危惧している。(40代 女性 高校教員)

・ 家庭はもっと自分の子どもが通う学校に、校則に積極的に関わる必要がある。そして家庭が学校を理解し、学校は理解されるよう努力をし、家庭と教師の信頼関係を築いていく必要がある。(60代 女性 生徒指導担当教員)

※下線は筆者


1 個が大切にされ、生徒・教員がのびのびと生活し成長する規律ある学校づくりのための校則・違反に対する罰の手順を整え、その有効性を生徒はもちろん保護者にも理解させること

2 家庭が積極的に学校とかかわりを持つ機会(開かれた学校・説明責任)を積極的に設け、家庭と学校の信頼関係を築いていくこと


 「明るく自由でのびのびとした雰囲気で、きわめてきれいな学校に変化した」ケースはあるが、アメリカの教員も私たちと同じように次代を担う生徒の育成に苦闘しているのである。

 指針1は、現在の日本の教育改善に対して一つの方向性を示している。義理と人情、一部の教員にしかできない職人芸やカウンセリングマインドだけでは日本の将来を担う生徒の育成は難しい。これまでの慣習を打破し、勇気を持って、思いきった改革に向かわなければならない。

 また、指針2については以前から日本でも盛んに言われ続けているが、なかなか実を結ばない。地域を含めた信頼関係は、教育改革を支える基盤となり、推進力・エネルギーとなる。

 指針二つに共通するキーポイントは「具体的な行動」である。訪問中に直接インタビューすることができた教員は「学校を変えるためには何が必要か」という問いに、明確に次のように答えた。「一番重要なことは活動化だ。具体的に行動することだ。親に対して、行政に対して、そして教員が教員に対して具体的に働きかけることだ。」

4 おわりに

 これからの生徒指導にとって大切なことは「具体的に行動」することである。無論、校則や罰が高圧的に生徒をしばりつけるのではない。個々の生徒がのびのびと活動し、社会的に有為な人間に成長するための校則・罰である。この視点は、必要不可欠である。さらに、私たち教員が生徒を導くための理想や理念を持ち続けていること、また、そのことに対する反省を忘れてはならない。

 「教職員が世界を変えるのである!私の大学のすべての教職員は、目的を持って学生を指導している。その目的とは、創造的な考え方をする学生を育てることだ。そして、私たちは常にその目的を確認しあっている。」(ラトガーズ大学の教授)

 「The best teachers are passionate learners.

  We create tomorrow’s schoolars.

  Would I want me as my teacher? 」(ミラーズビル大学の教室の壁)


参考文献

 加藤十八「アメリカの事例から学ぶ学校再生の決めて−ゼロトレランスが学校を建て直した」(学事出版、2000年)