米国における学校生活と英語教育
東浦町立東浦中学校
榊原 将道
1 はじめに
日本では、平成14年度からの新学習指導要領完全実施に伴い、当然、教師の側にも従来のカリキュラムに対する意識からの発想の転換が必要である。「学力」の捉え方自体が大きく変化する中で、米国における教育のあり方を知ることは、単なる異文化理解に留まらず、今後の日本の教育を考える上でも大いに示唆に富んだことである。
また、今回米国における研修の機会を頂いたことで、私は米国において英語がどのように教えられているかということに関心を抱いた。とかく日本における英語教育について様々な議論がなされる中、実際のアメリカでは英語はどのように教えられているかということはあまり情報として伝わってこない。もちろん、母国語学習と第二外国語学習では学習の意義や方法が根本的に異なることは当然である。幸い、研修中にホームステイした先のホストマザーがニュージャージー州の英語のスーパーバイザー(監督者)の方で高校の英語の教師でもあることから、米国における英語教育についてもインタビューをすることができた。また、実際に中学や高校で使用しているテキストも手に入れることができた。
2 米国における学校生活
(1) 就業年数
日本では、小学校(6年)、中学校(3年)、高等学校(3年)という就業年数が一般的である。州ごとで就業年数が異なるが、私の訪れたニュージャージー州では、小学校【elementary school】(4年)、中学校【middle school 】(4年)、高校【high school 】(4年)という制度になっていた。それぞれ、上級学校への入学試験はないが、それぞれの学校の卒業試験(State
Test)があり、それは一つの重要な通過点になっているということであった。ニュージャージー州の Edison という町では小学校から中学校、中学校から高校へほぼ100%の生徒が進学し、高校から大学へは約70%の生徒が進学している。
(2) 授業科目
中学校では第二外国語としてフランス語、スペイン語、ドイツ語の中から1教科を選択して受講している。コンピュータの授業も技術から独立して存在する。
高等学校では、さらに専門的な内容として、各教科がたいへんユニークな講座に分かれていて興味深い。いくつかの例を挙げれば次のとおりである。
社会科・・・世界史、世界地理、アメリカ史、基礎社会、社会心理学、政治・法律、現代ヨーロッパ史、社会学など。
理 科・・・生物学、化学、生物化学、地学、環境学、物理、科学原理、一般科学。
音 楽・・・オーケストラ、バンド、音楽理論、音楽鑑賞、合唱など。
体 育・・・健康(Health)、運転教育(Driver Education)、生涯体育(Lifetime Sports)、団体競技、個人競技など。
体育では、具体的に日本ではあまり学校で行われないスポーツとして、ホッケー、ボウリング、ゴルフ、フリスビー、エアロビクス、社交ダンス、ラクロス、護身術、レスリングなどがある。
この他にも、次のように専門学科に属するようなユニークな講座がある。
食物・栄養学(Foods/Nutrition)、人生学(Life skill)、国際食とアメリカ食(Intenational
and American Foods)、経理学(Accounting)、設計学(Drafting)、プログラミング(Programming)
また、授業の受講人数は最大30名、最低10名、平均15名であるとのことである。
(3) 年間行事
Metuchen High School の2001年〜2002年の年間行事予定をまとめてみると次のようなものがある。
8月30日 22日〜23日 1月 1日 29日 4月1日 5月4日 |
Grade 9 Orientation (9年生のオリエンテーション) Labor Day Opening Day of School(新年度入学・始業式) Metuchen Country Fair(学校祭) Parent-Teacher Conferences(保護者会) Thanksgiving Recess Student Council Snow Ball(生徒会行事) Winter Recess(冬休み) New Year's Day Dr. Martin Luther King Day Mid-Year Examination(中間テスト) End of First Semester(前期の最終日) Parent Orientation(保護者のオリエンテーション) President' Day Spring Recess(春休み) (3/28 Passover, 3/29 Good Friday, 3/31 Easter) Easter Monday Art Honor Society Induction/Arts Festival(芸術祭) Spring Musical(ミュージカル) SATT&UTesting(試験) Spring Concert(コンサート) Memorial Day Last Day of School(修了式) |
下線の日は、祝日・休日である。これ以外にも、Staff Workship として、教員研修の日が年間4〜5日計画され、その日は授業が休業になっている。
(4) 日程
授業時間は高校で45分間、中学校では43分間である。日本の学校にある短学活(ST)に相当するものは、1時間目の授業のあとに4分間だけあるとのことである。一日の就学時間については、中学校で8:00〜14:15、高校で8:30〜14:45ということである。
(5) 校則
基本的に校内での違反と校外での違反をしっかり区別している。校外の違法行為については、学校としてはノータッチで家庭の問題であるとしている。校内での飲酒、喫煙については、停学や退学の処分がある。遅刻やその他の軽い違反に対しては、居残り学習の罰があり、“Tank”という特別室で、授業後に残されることが多い。また、授業中にアメをなめるとか、ジュースを飲むことに対しては、多くの教師は認めないという考えをもっていても、実際にはある程度の教員があまり注意せず放任しているとのことである。服装については、多くの場合、公立校は私服、私立校は制服である。髪の毛を染めることやピアスをつけることは自由である場合が多い。日本で流行の「へそ出しルック」や「ミニスカート」については、品位がないということで親や教師側は反対の考えをもっている場合が多いということである。
(5) 試験
1月と6月(または5月)に試験がある。特に6月のテストは
State Test と呼ばれ、その学年の修了試験に当たるということである。特に4年生、8年生、12年生では卒業試験に当たり、その重みも異なるようである。
(7) ホームルーム
担任の教師は決まっているそうであるが、日本のように深いつながりはないようである。講座の受講についても、学習アドバイザーがオリエンテーションを行い、一年間で取得する単位などの相談に当たったり、卒業後の進路指導にも当たったりしている。毎日の日課の中で、1時間目の後にあるわずかな時間を使って、Flag
Salute(星条旗への敬礼)や諸連絡を行っている。そのため、どのホームルームにも教室の前面に国旗が掲示されているのがたいへん印象的であった。
(8) 教科書
教科書は無償で貸し出されるということである。その選定に当たっては、その学校の教員とその教科の
supervisor(監督者)とで検討される。教科書については、基本的に持ち帰らず、学校に保管しておくことが多いという話も聞いた。
(9) 学校生活
昼食は弁当ではなく、カフェテリアで食べることになっている。昼の休憩は40分で、混雑しないように、受講講座によって時差をつけて昼食をとるようになっている。教員は別のカフェテリアがあり、生徒とは一緒に食べない。また、一人一人が専用に使えるロッカー(鍵つき)をもっており、責任がもたされている。社会全体で福祉に対する意識が高く、校内のトイレでさえ必ず障害者用のトイレが設置されている。清掃活動はいっさいなく、清掃人が校内の掃除をしている。学校の修繕は、教員(校長など)の夏休み中の仕事の一つである。日本で行われている「清掃活動」に対して米国の教員に感想を聞いてみたところ、生徒に責任をもたせるうえで、たいへん意義深いと思うという感想であった。
(10) 教員
教員の勤務時間は、8:00〜15:30ということである。もちろん、その後もボランティアとして、その学校や地域のスポーツや芸術関係の指導者として活躍している人も多いという。雑務も多く、勤務時間で帰れることは少ないとの話も聞いた。ただ、夏休み中は、教員もほとんど学校に行かなくてもよく、バイトや他の仕事をしてもよい。教員の給与に関しては、初任給は、大卒者で税別年間3万3千ドル(日本円で約400万円)である。退職するまでの最高限度給与は6万ドル(720万円)である。また、勤務時間外のボランティアコーチなどに対しては、1日5ドル程度の補助があるということである。
3.米国における英語教育
(1) 英語学習の初期
児童用英語学習の参考書(小学校2年から4年)を書店で見つけ、調べてみると、日本の中学校や高校で学ぶ文法的な学習に限らず、バラエティーに富んだ実践的な英語表現や英語に関する教養的な内容が取り上げられていた。主な学習内容は次のとおりである。
英語の歴史(ヨーローパの言葉との関係)、発音のメカニズム、フォニックス、接頭辞、接尾辞、短縮形、辞書の使い方、品詞、動詞の活用、接続詞、前置詞、形容詞、文法、表記記号、筆記体、略語、文の校正、文章の書き方、文章のジャンル、手紙の書き方、詩の書き方、手話、点字など。
9歳の児童が対象のテキストであるにもかかわらず、内容的は日本の大学の英語科で学習するようなものも含まれている。
(2) 授業構成
高校での英語の授業の構成は、日本での英語教育のような会話のみを中心とした科目はない。基本的には、Writing
の授業と Reading の授業のみで、その中に Speaking の活動が部分的に取り上げられるということである。ほとんど、毎日この2科目はあり、毎日「国語」としての英語を勉強しているという。また、日本で漢字を繰り返し、ノートに練習し、覚えるような学習は小学校の低学年で単語を覚えるときにするだけで、その後はしないとのことであった。
(3) Writing の授業
文章や論文の書き方をはじめ、詩やエッセイの書き方、手紙の書き方等を学習する。著名な作家の文章を模倣し、書くこともあるとのことである。自分の考えをまとめるために調べ学習をしたり、授業時間中に電話を用いて、関係者にインタビューをしたりすることもあるという。また、何枚かの絵を見ながら、物語を作る story telling の活動もある。
(4) Reading の授業
Reading の授業では、文学作品を中心に読解し、考えたり、議論をしたり、感想を発表し合ったりするということである。作品については、シェークスピア、シュタインベック、ヘミングウェイなど日本でもお馴染みの作家の作品が多い。かなり、時間をかけてじっくりと読み込んでいくようである。小学生には「ハリーポッターの冒険」が大人気で、テキストとしても使われている。その中の活動の一部として、感想を発表し合う
Speech 活動、互いに議論し合う discussion や debate の活動、実際にドラマや劇を演じてみる drama の活動があるとのことであった。
4.おわりに
米国における学校生活、英語教育を調べ、強く感じたことは米国では生徒の学習活動が生活自体に密着しており、教科と教科が横断的に強く結びついているということである。日本で言われる「総合的な学習」は、米国ではより自然な形で、生徒自身が学習の必要や学習に対する興味を自然に感じられるような形で存在しているように思えた。
また、英語学習に関しても、日本で言われる4技能という捉えではなく、むしろ道具としての英語をより使いやすくするために、そのためのストラテジーをより多く、より念入りに学ぼうとしているように思えた。その点は、母国語としての英語と第二外国語としての英語の違いはあるが、言語の学習という点でいえば、日本の英語教育においてもさらに実践力・実用力を高めた英語指導をめざしていく必要があると思う。