国歌斉唱・国旗敬礼にみる移民の国・アメリカ合衆国


愛知県立刈谷高等学校

神谷 康夫


T はじめに

 アメリカ研修旅行を終えてまもなくのテロ事件と、それに続くアメリカ軍のアフガニスタン侵攻で21世紀も暮れようとしている。テロ事件直後のアメリカはナショナリズムの異常な高揚を感じさせていた。移民の国として人種・民族問題を抱えるアメリカであるが、歴史を振り返ると国家的危機に直面した時ほど、すさまじいエネルギーを感じさせる国であり、ここにアメリカの魅力があると言える。

 現在のナショナリズムの高揚の中で、先日の新聞報道によると、教育現場における国旗敬礼の義務化が信仰の自由を犯すのではと話題になっていた。アメリカを旅していると感じることは、国旗・国歌に溢れていることである。今回の研修旅行の訪問地はアメリカ誕生の重要地点であるからでもあるが、公共施設はもとより、個人の家でも日常的に国旗を掲げている家も目にした。訪れた学校の各教室には国旗が掲げられており、毎日国旗敬礼をするとのことであった。ニューヨークで大リーグ観戦をしたが、これも国歌斉唱で始まる。そこで、国旗・国歌からアメリカ合衆国の特徴を考える授業実践を考えてみたい。

U 授業の構想

1 単元の目標

 現代の世界及びわが国の政治・経済・文化を考える上で、アメリカ合衆国の果たしてきた役割には絶大なものがある。19世紀はこのアメリカ合衆国が近代国家として発展した重要な時期であり、現在に至る人種・民族問題を含むアメリカ的特質が19世紀にどのように形成されてきたかを理解させる。

2 指導計画

 第1時 西部開拓とインディアン

 第2時 南北戦争と資本主義の発展

 第3時 移民の国・アメリカ合衆国(本時)

 第4時 カナダ・ラテン=アメリカ諸国の情勢

3 本時の目標

 19世紀のアメリカ合衆国は多くの移民を吸収しながら、領土的、経済的発展を遂げてきた。今年は、イチロー選手が大リーグで大活躍をしたが、大リーグの試合は必ず国歌「The Star-Spangled Banner」の斉唱で始まる。また、学校では朝の授業前に国旗敬礼が行われ宣誓の言葉を述べる。そこで、この国歌斉唱・国旗敬礼という視点からアメリカ合衆国の特質を考察させ、移民の歴史を理解させる。






4 展開

学 習 内 容 学 習 活 動 指導上の留意点
導   入 (1)ビデオ(大リーグ第72回オールスター・ゲーム(2001.7.10))での国歌斉唱とイチロー選手のプレイ。 国歌斉唱が行われているスタジアムの雰囲気を感じとる。 イチロー選手が短期間で大リーグの最高峰に立った背景には、遠い国からやって来た外国人がひたむきに頑張り成功するというアメリカンドリームを人々に思い起こさせ、アメリカの人々の熱い応援が存在していることを指摘する。
(2)合衆国の小学校での国旗敬礼(Flag Salute)

常時、国旗が掲げてある教室の写真を見る。
宣誓の言葉の英文とその日本語訳を読み意味を考える。

展           開

(1)合衆国における国歌斉唱と国旗敬礼のもつ意味とその歴史的背景
・移民の地としてスタート


・イギリスから独立

・世界中から移民を受け入れながら発展

・多様な人種・民族・宗教・社会的状況の人々が存在

野球の試合や学校などの日常生活で国歌斉唱や国旗敬礼をして宣誓の言葉を述べることにどのような意義があるのか、意見を述べる。

国歌と国旗敬礼の宣誓の言葉が誕生した歴史は簡潔に紹介するにとどめる。

 宣誓の言葉には多様な社会構成の中で、自分たちが調和して暮らしていきたいというアメリカ人の願いが込められていることを指摘する。

(2)移民の推移と世界情勢
・17〜18世紀(植民地時代)
↓ オランダ・イギリス中心
・19世紀前半(旧移民)

↓ 西・北欧中心
・19世紀後半(新移民)

↓ 南・東欧増加、アジア系登場
・20世紀前半(移民制限)
↓ 中国・日系移民禁止
・20世紀後半(移民法改正)
アジア・ラテン=アメリカ系の急増

自由の女神の台座に刻まれている詩を読む。

各時代に世界で起こっていた重大事件(革命・戦争など)を年表で確認し、移民の推移と対応させ時期ごとに資料の空白に書き込む。

この詩はエリス島の税関に来た移民たちを激励するものであったことを理解させる。

 世界情勢と移民との関連を指摘する。

アングロ=サクソン優越の観念が依然、存在していることを指摘する。

(3)著名な人物
・カーネギー(スコットランド)
・ベーブ=ルース(ドイツ)
・ローズヴェルト(オランダ)
・ケネディ(アイルランド)
・ジョージ=アリヨシ(日本)など 

合衆国の歴史上の著名人を教科書から拾い出す。 彼らの出身国と業績を簡潔に紹介して理解を深めさせる。

(4)アメリカ社会の特質
・多民族社会をどのように理解するか。
・「るつぼ論」
 
・「モザイク論」
 ↓「サラダ=ボール論」

・今日的問題
 人種・民族的差別、対立の存在 







最近起こった人種民族問題を含んだニュースを紹介し、意見を発表する。
ヨーロッパ文化追随に対する批判として多元文化主義が存在していることを指摘する。

  

人種差別撤廃運動などが依然、存在しており、問題解決は難しいことを理解させる。

まとめ 国歌斉唱・国旗敬礼という儀礼は、国歌・国旗を敬うという世界共通のあり方に加えて、アメリカ合衆国にとり特別な意味をもつものである。すなわち、多様性をもつ国民各々の、国民の調和と国家統合の願いの表れなのである。


資料@ 国歌「The Star-Spangled Banner」

 Oh, say can you see by the dawn’s early light what so proudly we hailed at the twilight’s last gleaming ? (中略) Oh, say does that star-spangled banner yet wave o’er the land of the free and the home of the brave ?

(訳) 見たまえ 黄昏の最後の光の中に 我々が誇りと仰いだもの(星条旗)が暁の初めの光に照らされているのを。(中略) かの星条旗は いまだ自由の国であり勇敢なる者の故郷である この地上に翻り 我々を見守っているのだ

資料A 国旗敬礼 宣誓の言葉

 I pledge allegiance to the flag of the United States of America and to the Republic for which it stands one Nation, under God, indivisible, with liberty and justice for all.

(訳) 神の御下で全人に自由と正義をもった、分かちえない国を象徴している、アメリカ合衆国の国旗とその国家に、忠誠を誓います。

資料B 国旗の掲げてあるアメリカ合衆国の小学校の教室

 毎朝、授業の前に生徒が星条旗に向かって起立し、左胸に手を当てながら宣誓の言葉を言う。ただし、取り組み方は多様で、地域・学校により異なり、全く行わない学校もある。また、信仰の自由という点から教師は生徒に強制することなく、参加するかどうかは個々の生徒の判断による。

 資料C 自由の女神の台座の詩        

   (エマ=ラザルス作 1881年)

 汝の疲れたる貧しき

 自由の空気を吸わんものと

 身をよせあう人々を、

 汝の豊かな海辺に集まる

 うちひしがれた人々を、

 我に与えよ。

 かかる家なき嵐に弄ばれたる人々を、

 我に送り届けよ。

 我は黄金の門戸のかたわらに、

 ともしびを高くかかげん。

資料D 移民出身地域の推移




5 国際化の進展等社会の変化や科目の専門性等にどう対応したか。

(1)国歌斉唱・国旗敬礼という、生徒にとり日常生活においても身近なことを視点にし、比較文化的にアメリカ合衆国の歴史と社会の特質を生徒に考えさせた。

(2)世界におけるアメリカ合衆国の役割の大きさから、アメリカ史を系統的に扱った。

(3)外国人労働者が急増してきた現在の日本と、アメリカ合衆国の移民の歴史との相違点を生徒に考えさせた。

(4) 白人中心の歴史ではなく、被征服民のインディアンやマイノリティにも比重をおいた。

(5)国旗敬礼の宣誓の言葉を原文で読ませるという歴史学の手法を用いた。

6 指導計画作成を通して明らかになった各科目の検討課題

(1)カナダ・ラテン=アメリカ史をアメリカ合衆国やヨーロッパとどのように関連づけたら系統性のあるアメリカ史の学習ができるのか。

(2)アメリカ文化圏をどのように位置づけたらよいのか。

7 参考文献

・「資料が語るアメリカ」(有斐閣)  
・「大リーグ物語」(講談社現代新書)

・「アメリカ世界U」(有斐閣新書)

V おわりに

 ニューヨークのヤンキースタジアムでマリナーズ対ヤンキース戦を観戦したことはアメリカ研修の楽しい思い出の一つである。選手・観客全員が起立して国歌斉唱が始まった時、「イチローは歌誌が分かっているのだろうか?」と思いながら、胸に手を当てて歌っているイチローの姿を見ていた。試合が進む中、7回に「私を野球に連れてって」を再び全員起立して歌っている時には、アメリカ人から見れば異邦人である自分も、何故かしら隣の席のアメリカ人の大学生グループとの一体感を感じていた。国旗・国歌という身近なものの背景にも、深い歴史的・文化的相違が存在する。今後ともこのような視点から世界史教育を考えていきたい。