米国に根付く「マザーグース」

愛知県立豊田東高等学校

弘山 貞夫


1 はじめに―――マザーグースとは

 英語圏の子供たちの間で古くから伝承されてきた童謡を総称して Mother Goose(マザーグース)と呼ぶ。子守唄、物語、数え唄、なぞなぞ、早口言葉など、さまざまな唄を含み、その数は1000以上あると言われている。子供が最初に出会う絵本がマザーグースである。

 なぜ英語の伝承童謡をマザーグースと呼ぶようになったか。実は、フランスのペローの童話集が1729年にイギリスで出版された時‘Mother Goose’s Tales’という副題をつけた事に始まる。『赤ずきん』や『シンデレラ』などを載せたペローの童話集は英国でも人気を博した。そこで、イギリスの出版業者であるジョン・ニューベリーは、このタイトルを拝借して自分が編集した童謡集に‘Mother Goose’s Melody’と名付け、1765年ごろに出版した。これ以降、伝承童謡集に Mother Goose というタイトルが付けられるようになった。なお、アメリカでは Mother Goose Rhymes(ガチョウおばさんの唄)、イギリスでは Nursery Rhymes(子供部屋の押韻詩)の呼称が多く使われている。

 日本では大正11年に北原白秋が『まざあ・ぐうす』を出し、Mother Goose という呼び名が知られるようになった。竹久夢二もそれ以前に数編訳している。戦後では、昭和51年に谷川俊太郎訳、堀内誠一イラストで『マザー・グースのうた』5巻(草思社)が出版され、マザーグース・ブームを引き起こした。最近では幼児英語教育の一環としてマザーグースが扱われている。

 英語圏では、マザーグースの一節が小説、ミステリィ、映画、マンガ、新聞、雑誌に良く引用される。それだけ英語圏の人々にとってマザーグースが身近なものである、という証拠でもある。また、キャラクターの豊富さもマザーグースの特徴である。Humpty Dumpty をはじめとして Little Bo-peep、Georgie Porgie、Jack and Jill、Simple Simonなど個性豊かな人物が登場する。登場人物のイメージが人々に共有されているからこそ、その人物名を出すだけで、性格や様子、その場の状況などを生き生きとあらわすことができるのである。

2 ホストファミリーへのアンケートから

 代表的なマザーグースの唄を30編リストして、その中から自分の気に入ったマザーグースを10編選んでもらうようにアンケートを作成した。ホームステイを引き受けてくれた家族に依頼し、全部で17通を回収した。その結果、上位10編は次の通り。カッコ内が合計数である。

 1 Humpty Dumpty (16)

 2 Hickory, dickory, dock(14)

 2 This little pig went to market (14)

 4 Three blind mice (13)

 4 Twinkle twinkle little star (13)

 6 Jack and Jill went up the hill (12)

 7 Baa baa black sheep (11)

 7 There was an old woman who lived in a shoe (11)

 9 Pop! goes the weasel (10)

 9 Ring-a-ring o’roses (10)

 数量的には多くないが、ある程度の傾向は掴めたのではないか。1位が人気キャラクターの「ハンプティ・ダンプティ」、2位が柱時計をネズミが昇り1時を打つという「ヒコリ、ディコリ、ドック」と、幼児の足の指を一本ずつ数え最後にくすぐる「この子豚さん市場へ」というあやし唄だ。「きらきら星」が4位に入っている。

 アンケート項目の2番目は、「マザーグースをどうやって覚えたのか、また、マザーグースについての想い出は何か」を記してもらった。いくつか羅列すると、

a)I grew up with nursery rhymes. I really enjoy and love all of them. I taught them to my children at school and at home. We played games using nursery rhymes, drew pictures and recited them around the dinner table.(マザーグースと共に私自身育った。小学校でも家庭でもマザーグースを子供たちに教えた。)

b)I have many brothers and sisters, so “the old woman who lived in a shoe with so many children she didn’t know what to do” is significant to me.(兄弟姉妹がたくさんいたので「靴の中のオッカサン、子だくさんでどうしたらいいか分からなかった」というマザーグースが一番想い出深い。)

c) I learned Mother Goose as a child. My mother would sing or read the rhymes. As children we would recite the rhymes at school. Some rhymes have movement. For example, “Ring around the rosie, a pocket full of posies” is a rhyme which children sing, holding hands in a circle, moving in the circle and then sitting on the floor as they sing “ashes, ashes, we all fall down.” (母親がマザーグースを歌ったり読んでくれた。「バラのまわりを回ろうよ」は、手をつなぎ輪になって回り、最後に床に座る、という動作をした。)

d)When I was a baby I was put to sleep by Mother Goose rhymes.(赤ちゃんの時に、マザーグースの唄で寝かしつけられた。)

e)My memories have to do with telling them to my children. Now I entertain my grandchildren with them.(自分の子供にマザーグースを話して聞かせたし、今は孫たちにそれらを聞かせ楽しませている。)

 全般的に言って、年輩の人たちが多かったせいか、昔親や祖父母に歌ってもらったこと、そして自分の子供や孫に今も読み聞かせている、という答えが多かった。多民族・多文化のアメリカ社会にあってマザーグースが、アメリカ文化の根っこのひとつになっている証ではないだろうか。

3 ボストンにある「マザーグースのお墓」

 ボストンにグラナリー墓地がある。フリーダム・トレイルの出発点である Boston Common に隣接している。ここには、ジョン・ハンコックやサミュエル・アダムズなどアメリカ建国に貢献した人たちが埋葬されている。その一画に「マザーグースのお墓」が存在する。Isaac Goose の妻で、Elizabeth Goose がマザーグースその人で、ここに眠っていると。いきさつとしては、こうである。ボストンで Thomas Fleet という印刷業者が Songs for the Nursery or Mother Goose’s Melodies for Children という本を出版した。(ただし、どこにもこの本は現存していない。)彼が結婚した女性の母親が Elizabeth Goose と言う名前だった。おそらくマザーグースの本を売るために、義理の母親がその作者だという説を流布させたのではないか、と言われている。

 ともあれ、今では観光名所のひとつになり、「地球の歩き方」にも紹介されている。今回、ボストンを訪れるに際してぜひ立ち寄ってみたい場所だった。写真もバッチリ撮ることが出来た。イギリスから移植されたマザーグースではあるが、アメリカ独立の名誉を保つためにもマザーグースの作者がアメリカ起源だという説が広まったのかも知れない。ともあれ、マザーグースの海賊版がこのボストンで数多く出版されたことは、事実である。 

4 施設名に付けられたマザーグース

 ニューヨークに滞在中、電話帳でマザーグースのキャラクター名が付いた場所を調べてみた。

a)Jack & Jill School of St. George’s Church

b)Humpty Dumpty Institute Co.

c)Jack & Jill Playgroup

3箇所が見つかり、地図を頼りにマンハッタン島を捜しまわった。土曜日でどこも開いていなかったのは残念。外から写真を撮るにとどまった。イギリスではレストランやパブにマザーグースの名前が良く付けられている。アメリカでも探せばもっと見つかるはずだ。





5 マザーグースのキャラクター・グッズ

 ペンシルベニア州のランカスターで二泊した。夕食後、宿舎の近くにあった Hallmartというディズニーのキャラクター人形などを売る店に入ったら、マザーグースの唄をもとにした置物を売っていた。Hey Diddle Diddle のナンセンスな唄で、猫がヴァイオリンを弾き、雌牛が月を飛び越える場面が描かれている。持ち帰ることを考え、小さい方を買うことにした。他に This little pig went to market.の置物もあった。

6 幼児教育のためのマザーグース本

 ラトガーズ大学から日本人留学生の墓地へ行く途中、昼食を買いに入ったスーパーマーケットで1冊の本を見つけた。“My Discovery Book about Nursery Rhymes”と言うタイトルの薄い本だ。親向けのメッセージに、This Discovery Book has been developed by early childhood educators to help your child develop early learning skills while learning about nursery rhymes. There are puzzles, games, mazes, and lots of sticker pages in this book all designed to make learning fun for your child. とある。

 10の唄を使い、さまざまなアクティビティが用意されている。いくつか紹介すると、

a)This little pig went to market を使い、数をかぞえさせたり、

b)Little Miss Muffet の唄を使い、迷路をなぞり字を書く筋肉を発達させたり、

c)Hey diddle diddle の唄を使い、biggest(最上級)という語彙を身に付けさせたり、

d)Humpty Dumpty の唄を使い、4つに分かれた絵を元通りにくっつけたり、

e)Itsy Bitsy Spider の唄を使い、記憶力と集中力を養ったり、

など、多様な活動が出来るようになっている。2歳から3歳用ということで、親が読み聞かせ、それに沿って基礎的な言語スキルが育つように工夫されている。言葉の学習の入門期にリズムがあり、親しみやすいキャラクターを伴ったマザーグースを使うところが、興味深い。

7 マザーグース絵本あれこれ

 旅行中に書店を見かけたら中に入り、児童書コーナーへ行き、マザーグース絵本を探した。購入したいくつかをリストすると、

a)“Counting-out Rhymes Coloring Book”数え唄をもとにした小型の塗り絵本。

b)“The Little Mother Goose Coloring Book”27の唄にイラストが付いた塗り絵本。

c)“Nursery Rhymes Pop-up Book”6冊シリーズに分かれている飛び出す絵本。

d)“Humpty Dumpty & Other Nursery Rhymes”4冊シリーズでイラストがで楽しい絵本。

 現在私の手元には千冊近くのマザーグース集成がある。過去十数年で蒐集した結果である。その多くは、日本にいながらにして入手できた。それだけおびただしい数の絵本が出版されていると言うこと自体が、マザーグースの根深さを示しているのだろう。マザーグースのイラストを描けると言うことは、イラストレーターとして認められたという証拠でもある。現在も一流のイラストレーターが想像力と創造力を発揮して、多彩で多様なイラストを描き続けている。

8 美術館でのマザーグース・コレクション

 ラトガーズ大学内にある Zimmerli Art Museum を訪れた際、アメリカ児童文学のコーナーがあった。そのひと部屋がマザーグースの原画コレクションにあてられていた。壁面に数十枚の絵が掛かっていた。また、中央の大きなテーブルには、石膏で作られたマザーグース・キャラクターたちが並んでいた。予期しない嬉しい発見だった。





9 終わりに---異文化理解の架け橋に

 外国語学習の目的のひとつは、異文化理解である。英語圏の文化基盤のひとつを構成するのがこのマザーグース。ところが、英米の文学に親しんでいる英語教師でも、意外にこのマザーグースは知られていない。英米の子供たちにとっては当たり前のマザーグースの一節が、外国語として学ぶ日本人学習者には何のことなのか、理解できないでいる。

 今回の米国東部への旅行を通じて、マザーグースの実際を垣間見ることが出来た。時間がなくて、マザーグースを演じるパフォーマーたちに会う機会はなかったが、アンケートやインタビューを通じてマザーグースが、アメリカ社会に脈々と息づいていることを実感できた。英語授業の折々にこれからもマザーグースの唄を少しずつ紹介してゆきたい。最後に、私のホームページ( http://www.sun-inet.or.jp/~syasui )の中に「マザーグースの部屋」を設けてある。マザーグース研究会の活動や、マザーグースの用例、マザーグースの持つ万華鏡的世界を公開しているので、興味のある方は一度アクセスをされたい。