英語の掲示あれこれ

愛知教育大学

杉浦 正好


1 はじめに

 第一次年次報告書「米国理解教育(T)」において、「標語に見る米国教育事情」を寄稿した。今回は、学校訪問が少ないこともあり、もう少し範囲を広げ、タイトルも「標語」から「掲示」に変更する。また、許されるスペースの範囲内で、写真と日本語訳をも加えることにする。なお、例文中の:(コロン)は、行の変更を示し、実際にはない。

2 緑地にて

 米国の都市には広大な公園がある。都市の中に森があるといっても差し支えない程である。ニューヨーク市のセントラルパーク(Central Park)もその一つで、公園の中に多くの自動車道が走っている。公園内の随所で、STATE LAW: YIELD TO PEDESTRIANS IN CROSSWALK(州法:横断歩道では歩行者優先)と注意を運転者に促している。また、公園内で小動物に餌を与えている光景を期待していたが、FEEDING OF BIRDS & OTHER WILDLIFE IS PROHIBITED(鳥やその他の野生動物に餌を与えることは禁じられています)という掲示があった。豊富な自然環境にある鳥獣を保護するためには当然の措置であろう。

 左の写真は、首都ワシントン市を流れるポトマック(Potomac)川沿いの桜並木にあった掲示である。

「注意、前方に低い大枝あり」

日本ではあまり見かけない掲示で、「垂れ下がっている枝に注意」に相当するだろう。枝はかなり高いところに張り出しており、かなり長身の人が対象であろう。



3 美術(博物)館にて

 建物の入口が分からない場合には、その方向を矢印で示しながら、To enter the museum, walk this way.(博物館に入場するためにはこちらへ歩いてどうぞ)とある。

 左の写真はポトマック川沿いにあるD・ルーズベルト記念公園(Franklin Delano Roosevelt Memorial)の敷地にあった掲示である。

「コインは泉を損なう」

小さな人工の滝の前にあったもので、コインの投げ入れを禁止している。トレビの泉(the Trevi Fountain)の連想で、多くの観光客がコインを投げ入れたからであろう。コインによる収入よりも、清掃管理の方が大変であることがうかがわれる

 美術館や博物館などでは公共のマナーが求められる。QUIET: RESPECT PLEASE(静かに:敬意を表してください)は日本語では「静粛に」であろう。貴重な資料のある施設内では規制が厳しい。NO SMOKING, DRINKING, PHOTOGRAPHING, OR RECORDING.(喫煙、飲み物、写真、録音禁止)とあり、さらに、ALL CAMERAS AND RECORDING EQUIPMENT MUST BE CHECKED.(すべてのカメラと録音機材は検査されます)と続く。これに違反すると、Offenders may be ejected and liable for damages and other lawful remedies.(違反者は追放され、損害や他の法的措置の責務を負うこともある)と厳しい。英語が読めないでは済まされない事態が待ち受けていることになる。ちなみに、この警告はすべて受動態で表現されており、行為者が明示されていない。

 左は教会内のギフトショップからトイレへの通路にぶら下がっていた掲示である。

「売場から商品を持ち出さないでください」

この先にトイレがあり、そのまま持ち出してしまう不心得者に注意を与えている。人間の良心を尊重する教会での掲示であり、やや皮肉な気がする。

4 道路標識
 道路標識はしばしば紹介されているので、ここでは駐停車関連の表現のみを扱う。下の写真のONE WAY(一方通行)の下にある絵はTOW AWAY(違反車両は牽引移動します)という意味で、英語が読めなくてもすぐに理解できる標識である。

 NO STOPPING OR NO STANDING (停止及び停車禁止)を見た参加者の一人が、「止まることも、立つことも禁止」と理解し、「ここでタクシーを立って呼び止めてはいけない」と思ってしまった。この下の矢印の表示は、この地域一帯が禁止区域になっていることを示している。NO STANDING ANYTIMEとなると、「終日停車禁止」を表す。駐車禁止はNO PARKINGである。ちなみに、観光バスの運転席の上方に、NO STANDING FORWARD OF THIS WHITE LINE(この白線より前に立つことを禁止する)の表示があった。この場合のSTANDINGは、文字通り「立つ」ことである。

 首都ワシントンには複雑な標識があった。NO STANDING(停車禁止)の下に、BUS LOADING AND UNLOADING ZONE (バスの乗降ゾーン)と表示され、その許可区域の方向が←で示してあった。さらにその下に、TOUR MOBILE DROP OFF AREA ONLY: NO BUSES(ツアーモービル専用降車地域、バスの乗降禁止)として許可区域の方向が→で示されている。この標識を境にして車両別の乗降車の区域を規制している。ツアーモービルは、ワシントンDCの観光ポイントであるモールを中心に一定間隔で循環している観光バスである。この地域ではバスは一般の観光バスを指す。

 左の写真には路上駐車の条件が記してある。

「バス:エンジンのアイドリング禁止」


道路に十分な駐車スペースがあれば、観光バスは路上駐車できる。バスはこの場所に駐車できるが、エンジンを切っておくように求められている。

 大都市では、乗降は許可されても駐停車できないことも多い。その場合、バスはどこか別の場所で時間を調整して指定時刻に戻ってくることになる。


5  環境整備

 ボストン市チャールズタウン・ネイビー・ヤード(Charlestown Navy Yard)は軍用艦造船所跡地を公園にした場所である。下の写真は、その一角にあったゴミ箱である。

「みなさんの造船所をきれいに保とう」

 ゴミ分別用の掲示も多く見られた。

RECYCLING: This bin is for Cans & Bottles Only: NO TRASH: Thank you for Recycling(リサイクル、このゴミ箱は空き缶と空き瓶用です。他のゴミは禁止。リサイクルの協力をお願いします)。大文字と小文字を使い分けて訴えている。このように、“Thank you for …”の表現を用いた掲示が多くなっている。“Thank you for not smoking.”などはその代表的な例である。

RECYCLABLE: CANS, PLASTIC, GLASS & NEWSPAPERS ONLY (リサイクル可能物:空き缶、プラスチック、ガラス、新聞紙のみ)とさらに分別が細分化されているゴミ箱の例もある。

6 危険防止

 お客様に注意を促す掲示も多い。映画やビデオの上映が始まってから入場すると危険であるので、For your safety, there will be no seating once the show has begun.(皆様の安全のため、一旦ショーが始まったら着席できません)ということになる。その後にEnjoy the show. (ショーをお楽しみください)と続く。安全のためよりも、警告をすることによって管理側の事故責任を回避するためでもあるようだ。

 ホテルのエレベーターでは、必ず No smoking in elevators. In case of fire use stairs unless otherwise instructed.(エレベーター内禁煙。火事の場合、特別な指示がなければ階段を使え)という掲示がある。

 日本でも、エスカレーター事故が発生し、管理責任を問われることもある。左の写真はワシントンDCのPentagon Cityの駅からショッピング・モールへ通じるエレベーターにあった掲示である。

 「安全のための指針。手すりを使え。前方を見よ。ベビーカー禁止。足元注意。車椅子禁止」

これだけ注意事項を列挙しておけば、エスカレーター事故の責任は逃れることはできよう。


7 開館(営業)時間

 施設の開館時間は簡潔に示してある。南北戦争で北軍を勝利に導いたグラント将軍国立記念館 (General Grant National Memorial) の例を挙げれば、Open daily 9 am - 5 pm(毎日午前9時より午後5時まで開館)、さらに Talks hourly 10 am - 4 pm(説明は10時から4時までの間に毎時)とある。daily,hourly の語の使用が効果的である。

 左の写真は、ペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)の考古学人類学博物館(The University Museum of Archaeology and Anthropology)の例である。

 「博物館入口。開館時間、火曜日から土曜日 10時から4時半まで、日曜日は1時から5時まで、月曜日と夏期の日曜日と法定休日は休館」


 既出のツアーモービルの運行時間(Hours of Operation)は、観光シーズンか否かによって異なる。

9 a.m. to 6:30 p.m. June 15th through Labor Day

9:30 a.m. to 4:30 p.m. the remainder of the year


 6月15日から労働者の日(9月第1月曜日)の期間は運行時間が長くなっている。前置詞to と through 使い分けに注意したい。to は「表示の時点まで」、 through は「表示の日時を含む」ことになる。もし to Labor Day とすれば、Labor Day を含むかどうか紛らわしくなる。

8 おわりに

 掲示の英語は可能な限り簡潔であることが求められている。そのため、状況がよく分からない非母語話者や旅行者にとっては、誤解の原因となることもある。一方では、その凝縮された状況を通して、英語圏の人々の考え方や文化を理解するのに絶好の材料になりうる。本稿に掲載された掲示の表現が、「英語」や2002年度から始まる「総合的な学習の時間」における国際理解教育において、教材や授業のヒントとして少しでも利用できれば幸いである。