先年、台湾を訪れた際に、基隆漁港の橋の下にあった廟の、カミサマを祀った祭壇の裏を覗いてみたことがあった。スミマセン、つい出来心で。

するとそこには「待っておったぞ」と言う顔で、ライオンらしい作り物が祀られていたのだ。近所の魚市場のおばさんに聴くと「虎の神様ネ。」ということだったのだが、どうもこれがペルシャ伝来の雰囲気で、気になっていた。

さて先日図書館を散策していると、これまた書棚の中から忽然と

泉州古建築
泉州歴史文化中心編
天津科学技術出版社版
新華書店天津発行
1991
なる書物が手招きをして私を呼んでいるではナイカ。家へ連れて帰ってその説くところを「読む」というか、漢字の字面を追ってみると、驚くべし、やはりあのライオンは虎神様などではなく、ペルシャ伝来のライオンさんであるらしいのだ。

泉州というのは金門島かなんかの奥に控える港町で、福洲などとともに台湾に多く住む閩南(みんなむ)人の故地なのだそうだが、これが実にマルコポーロがキャセイ国を代表する国際貿易港として紹介した"Zaitun"の港なのだそうだ。西洋人が「大航海時代」などとうそぶいて、世界征服に乗り出すより昔、鄭和が15,000トンの「西洋取宝船」を連ねて紅海に至った時にも、泉州は貿易港であり、プリニウスが「ローマ人は絹を買うために毎年黄金10トンを支払っている」と記した遥かなローマ時代、すでに泉州は国際貿易港として栄えていたらしいのだ。"Zaitun"は泉州の古名「刺桐城」であり、刺桐とはデイゴの木だと言われると親しみが強くなる

「世界最大国際貿易港」なので、当然各地から来た様々な宗教を信じる人々が居り、「怪力乱心を政治に持ち込むな」という儒教の元、「オレの神様とオマエの神様とどちらが偉い」などと矛を交えること無く、商売に精を出していたようだ。そのため泉州には 開元寺の様な佛寺を始め、天后宮・関帝廟などの民間信仰のための宮廟から拝火教寺院等もあり、



開元寺山門天王殿


開元寺大雄寳殿


開元寺戒壇


天后宮


泉州𦫿蘇哈卜寺

大食人の集う回教モスクまでが現在も残されているそうだ。

これも基隆漁港の橋の下の虎神様のお導きである。虎神様はやはりそっちの御出身だったのであろう。祭壇の上の鍾馗様みたいな姿をした神様達を、祭壇の下で人知れずお守りしている虎神様は,どのようにしてあの場所に鎮座されるに至ったかも、ちょっと面白そうだ。


(図版は前掲書より)