静岡県建築士会・建築静岡9811


9月号の原子力特集、9月16日全国紙への電気事業連合会による

「プルサーマルは貴重なウラン資源を有効活用するためのリサイクル方法です」
という全面広告を見て、「何故、今?」と不思議だったのですが、同日夜のNHK番組「あふれる使用済み核燃料」を見て少し納得しました。

「もんじゅ」「ふげん」の事故により、高速増殖炉の開発の目途が立たなくなってしまったのが、 変態的核燃料サイクルとして、プルサーマルに頼らざるを得ない状況を造り出した原因であるようです。
「ありえないこと」は前提として考えていません。と言う計画によって推進された事業で「ありえないこと」が発生し、 責任がうやむやのままにマッチポンプ的に次の事業を展開して行くと、 いう無責任大国の面目躍如というのがプルサーマル登場の理由だと思います。 東海村の再処理施設の事故でも無責任体質がさらけだされました。
英語圏で使われる

responsibility(対応能力とも訳される)
riability(信頼性とも訳される)
accoutability(予測能力とも訳される)

も全て「責任」と訳してしまう我が国ですが、 請け負った信頼性・予測能力・対応能力が人を裏切っても、人目に付かず天下って余生を送り、 給料だけはしっかりいただくというのが「責任を取る」のではおおかたの納得は得られないのでは無いでしょうか。

ウランの国際価格が下がりつづけるのも需要が減り続けている事が原因である事は明白です。 目前の利益の為に「負の遺産」を子孫に残す責任はどう取るのでしょう。
かって火力発電所は需要地に近い場所に建設されるのが普通でした。 現在では逆にゴミ焼却場のような迷惑施設が土地代の高い市街地に作られる事が多くなっています。
浜岡原子力発電所は何故需要地であり、港湾施設も整っていた首都圏・中京圏に建設されなかったのでしょうか。
計画当時に予想されていた地震規模が、現在想定されている駿河湾地震の規模の数十分の一だった、 というのも気になりますが、NHK番組「あふれる使用済み核燃料」を見たところでは、 吉岡先生に使用済み核燃料の話をしてもらうのも良いかと思いました。

我が国は世界で一国だけ、原子爆弾の被害を被った国であり、 静岡県は戦後唯一の放射能被害者を出した県です。
広島・長崎の原爆に使われた原料は米国ワシントン州に作られたハンフォード精製基地で作られたそうです。
ここは鮭漁で有名なコロンビア川の近くにありますが、 近年地下深くに作られた高レベル廃棄物格納容器から汚染物質が洩れだし、 コロンビア川の水の核汚染が次第に進んでいるとのことです。
50年以上前の、しかも広島・長崎への被害を造り出した核物質が、 再び鮭の薫製を通して我々の口にも入っている可能性があるのです。

核の「負の遺産」御注意、御注意。




上は建築士会機関誌掲載に際してお気楽に書いた挿し絵ですが、実はこれでは不充分で、本当は下の図が続くのではないでしょうか。

実は掲載誌に原発推進の記事が載っていて、反射的に原稿を書き、挿し絵も書けと言われるまま、とっさに一番上の挿し絵を書いたのですが、 後で良く考えてみると、プルサ−マルの真髄は続きの図にあるようです。挿し絵を入れるのならここまで書かなければ、と反対派からはお叱りを受けそうな話です。 といって無理に原稿を突っ込んでもらったので、今さらもう一度、という訳にも行かず、 推進論の再掲があったらその時にでも頼んでみようと思っている次第。絵にするとテレビゲームの悪玉みたいな感じ。