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2014.7.17
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盆騒動實録 | ||
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図書館郷土資料室に面白いものがあった。
というのだが、表紙には「笠井の歴史」とあるだけで、奥書が無い。笠井公民館かどこかの、地域史連続講座のテキストらしい。表題以外にも遠州綿業の概史やら、市場の話やら載っている。 さて表題の記事なのだが、念仏回向が殺し合いになってしまう、という凄まじいもの。各地に「喧嘩祭」というのはあるが、念仏も似た様なものだったことが分かる。
安永8(1779)年とえらく古く、文体が
乍恐以書付奉願上候 で始まる御公儀への訴状原案の梗概と、お孫さんによる書誌だ。こうなると真物である。執筆は昭和27年頃だろうが、筆者は明治の生まれだろう。現地にあって各種原資料に当たることが出来たのだろうと思う。天田五郎もそうしたもの当たって「東海遊侠伝」を書上げたのだろうし、
「「東海遊侠伝」にはああ書いてあるが、本当はね、」
というインフォーマントからも話を聞いてまとめているのだろう。
例によって句読点の使い方が現在と違うのは、書き物を自分で黙読する、という時代ではなく、人に語って聞かせる為のものであった時代のものだからだ。送り仮名も今とは違い、平仮名・片仮名も入混じりだ。
横書きに書き写してみたが、まことに書きにくく、読みにくいので、縦書きで入力した。縦書きのままでウェブに表示する方法も有ろうが、今更探すのも面倒な為、PDFで縦書き表示とした。 今の様に交通機関が発達した時代でなく、移動は徒歩、という時代なので、町の暮らしと在の暮らしも、大して違わなかったのではなかろうか。明治初年の浜松田町東海道筋と、笠井本通と、掛塚本通の沽券高が同じだったそうだ。
例により誤字脱字たっぷりなので、お気付きの点あらばご教示乞う。
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