高価な手作り地図

□地図の値段は印刷実費ではない


街で売られている古風な地図に「内務部地図発行許可証」が、ばーんと入っているのを見ると、許認可が国民党政府のアルバイトなのかもしれないという気がしてくる。

カラー印刷というのも、情報流通の重要なリンクを形成しているのに改めて気付かされたのは、町で売られている地図だった。中華民国では我が国の国土地理院の地図の如きもの、米国のUSGSの地図の如きものは、少なくとも街の、そこらへんの書店ではお目に掛からない。その替わりに売っているのが、特色分版多色刷り、つまり手作りの、我が国で言えば30年以上前のトラッドな技術で作られた地図である。まあこれはこれで、高速道路やら国道やらを書き足してあり、それが手作り製版なので版下が色ズレを生じているところなど、オミヤゲとしては雰囲気があってよろしいのだが、これしか手に入らないのである。そして少し古いものになると「内務部地図発行許可証」というシロモノのプリントがしっかりと入っている。台中の書店では都市計画区域の、いわゆる線引き図の広告が貼ってあったが、値段が滅茶苦茶に高い。

我々の感覚からすれば、地形図にせよ、都市計画図にせよ、そこに含まれる情報は公的情報であり、全ての人に広く知らせるべき情報である。そうした情報の作成は税金によって補助され、印刷実費によって提供されてしかるべきものだとごく当り前に考えていると、これが台湾では通用しないらしいのだ。

もっとも台湾・韓国という日本の旧植民地にはそれなりの地図の歴史がある。韓国・朝鮮の近代的地図は大日本帝国陸地測量部によって整備された。それも日韓併合後ではなく、日清戦争の際に着手された迅速測量図が始まりで、韓国・朝鮮を武力でねじ伏せるためにフルに利用された苦い過去がある。その為韓国国立地理院の地形図は購入には届け出が必要で、国外持ち出しには特別許可がいる。しかし気の利いた書店には常備されており、本来外国人には売らないのだが、店先で粘れば、何とか誤魔化して売ってくれる。そして定価は我が国の国土地理院の地形図の1.5倍ほどのものが日本円で80円ぐらいであるから、プリント実費だろう。

それに対して台湾の書店で売られている分県地図240円也はどう考えても高い。日本で見るこの手の地図では、さまざまな情報を集めて編集し、付加価値で何とか採算をとろうとするものだが、たいしてそのような努力も見られない。その上にばーんと「内務部地図発行許可証」が打たれているのを見ると、印刷実費ではなく、情報料コミの値段なのだろうな、と気付く。ひょっとするとここらへんも国民党政府の「発財」の一環なのかもしれない。

しかし中華民国政府は台湾国政府ではないので、当分の間、なりふりを構ってはいられない、というのもあるのだろう。今のうちに稼げるだけ稼いでおかなくては、いずれ大陸にあふれる十数億の人間を面倒みなくてはならない、というのが前提なのだから。

台北の街も「仮の街」という印象を拭えない。つい最近までインフラ整備なども「国家100年の計」というよりは「その場しのぎ」でやってきたような印象を受ける。「お上」がたかが2,100万人の、目先のことなどに頓着しないので、民もまた「お上」を当てにしない。そうして「イザという時」と50年も背中合わせに暮らしてきたので、独立独歩の処世術にミガキが掛かっている。「お上」なんざ地震、洪水の類の天災と同じ「災難」なのである。なるべくなら出くわさずに、運悪くつかまっても少し包んでお目こぼしに与かる方がスマートというものだ。

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