明朝体の巨大建築

□巨大建築は、何故かディズニーランドに見えてしまう。
□「オレはオマエラとは出来が違うんだ。」

手前がオペラハウス、右奥が中正記念堂。


日本時代の官衙、総督官邸か何かであろう。


広大な歩道と延々と続く並木。

圓山大飯店もそうなのだが、遠くから見ても、とにかく巨大だ。そしてピカピカと光り輝いている。私は唐の阿部仲麻呂国立国会図書館長とは同国なのだが、唐帝国で高位高官に登り詰めた彼とは違い、化外の土民なので、その巨大さにただ圧倒され、うろたえてしまう。そしてそのピカピカなことに困り果てた挙句、ふと「まるでディズニーランドだ。」と感じているのに気付く。そして一国を代表する建造物に対して、遊園地を連想してしまったことに赤面し、慌てて引き返そうとした。

隣接した敷地にはかっての、日本時代の官衙らしきものがそびえている。大方総督官邸か何かだったのだろう。イギリス風か何か、当時は威風堂々周囲を威圧して建っていたのはずの、凝った意匠のこの建物を見て、何だかほっとした。これは何故なのだろう。

日本時代に殊更な親しみを覚えた訳ではない。ひとつはスケールがよりヒューマンなものだということ。しかしそれよりも、ごちゃごちゃとしたデザインボキャブラリーに親しみを感じてしまったのだ。周囲を威圧し、威風堂々としたところに存在意義を求めた意匠なのであろうが、それが借り物で、且つ巨大な中正記念堂とオペラハウスの横では寸足らずになってしまう所に、設計意図とは逆の親しみを感じてしまったのである。それに対して金と青の瓦を乗せた巨大建築はとても人間の為の建物とは思えない程、美しく見せようと作られている。

何故、日本時代の官衙の欧風の意匠などに親しみを覚えるかというと、それが借用している、欧州の建物の意匠が拠り所とする権威の根源がキリスト教によるものだからではないだろうか。

神の前にキリスト教徒として認められればこそ、人は平等であり、世俗の権威は神の国を実現するために尊重されるのだ。ところが中華世界における「王廟」の権威は、神の前に万人平等、などという禽獣的思想によるものではない。「異教徒」なんてのは「怪力乱神」の徒が振り回す言いがかりに過ぎない。「王廟」の権威の根源は、人は聖人と秀才とそれ以外の人からなっており、それぞれ「出来が違う」という考え方にある。

孔子はただ「君ハ君タリ、臣ハ臣タリ」と言っただけなのに、いつのまにかこれに「君、君タラズトモ、臣、臣タルベシ」という尾ひれが付いてしまった。秀才達も全国統一試験での順位がその一生を決定する、という管理システムが整備されたのが、かれこれ千年以上も前のことなのだ。かくて王者は老衰で死ぬか、ナンバーツーに倒されるまで王者であり続け、孔子の「君ハ君タリ、」はチェックのしようがないので、王道を行うか否かに係わらず、王権は世襲稼業、ということになってしまった。明朝様式の、すなわち明朝体の巨大建築とは、つまるところ「オレはオマエラとは出来が違うんだ」ということを視覚化しているのだ。

大日本帝国の統治機構が引き上げた真空地帯の台湾に中華民国が吸い込まれ、2.28事件で徹底的に制圧されてから後も、政権に対抗する動きは総統の絶対的な力で常に押さえられてきた。庶民は政治に関与せずに商いに精を出し、その結果として現在に繁栄に到ったのだ。明朝体の巨大建築と庶民の繁栄はカンケイナイところにある。

これに対して、大陸では第二次世界大戦後の相当の期間をかけて「オレはオマエラとは出来が違うんだ」という政権内部の「頭」の取り合いに全国民が振り回されてしまった。その為に浪費されたエネルギーは莫大なものであり、その為に生じた遅れを取り戻すにはこれから長い冬の期間を過ごさなければならない。なにせ大陸である。沿岸部の春が内陸に及ぶには数十年を要するのではなかろうか。

東海の島から都上りして来た化外の土民であるところの私は、巨大建築に圧倒され、これはいかん、とただこうべを垂れて引き下がることにした。ところが巨大建築周辺は街路計画がこれまた「オレはオマエラとは出来が違うんだ」というスケールで出来ているものだから、やたらに広い。「オレはオマエラとは出来が違うんだ」という高級車で走り抜けるには気持ちがよいかもしれないが、歩くべき場所ではないのだね。台北の現代人若者諸君は「カンケイナイモンネ。」とばかり、バイクにまたがって颯爽と走りすぎて行く。中華の都というものを知らない化外の土民は、総統府の前にたどり着く頃には大分ヨレていた。

総統府までやってくると、これまた同じように脱亜入欧という、借り物、皮かむりの建物に見えて、微笑ましかった。金色の瓦のオペラハウスと、青い瓦の記念堂に較べればこちらの方がまだしも人間的で、龍山寺のマトモデナイモノ建築にも通ずる親しみがあるのだ

ひと昔前ならそんなことはとても言える雰囲気でなかったことは、総統府の向かいがこれまた巨大な軍用駐車場になっていて、天安門前広場事件の類の事変に際しては修羅場を創出しようという構えになっていることでも解る。金と青の瓦を乗せたディズニーランドが中華民国の歴史のヘソだとすれば、こちらはその現実政治のヘソなのだ。 下校時間なので、現実政治のヘソの前を名門女子中学の生徒がぺちゃくちゃとおしゃべりをしながら通り過ぎる。総統府の前には中華民国軍でも生え抜きのハンサムであるはずの衛兵が直立不動のお人形さんをしている。お人形さんは女子中学生がすぐそばを通るのでこの上無くこそばゆそうである。一昔前は真夏の昼陽なか、衛兵人形から垂れ流しになった汗を拭いてあげる人がいたそうだが、今はどうなのだろう。

ダークスーツに身を固めた、身ごなしのただならぬ青年が、衛兵と言葉を交すと、携帯電話に何か報告しては次の立哨場所へ足早に歩き去る。私服某機関員丸出しである。つい昨日まで、市民の恐怖の的であっただろう某機関員も、韓国のそれと同様、仕事をサボればすぐにクビ、という勤務評定に苦労するこの頃なのであろう。「北一女中の生徒は異常なく下校しておりますっ。他には日本人観光客らしいオッサン一名のみでありますっ。はっ、了解しましたっ」。総統府の写真を撮ろうとも思ったが、仕事熱心な某機関員の、勤務評定のエサにされるのも嫌なので、やめにした。

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