知多半島里山物語
第4部

生き物の住みか


 


畦畔草地(けいはんそうち)

田んぼの畦(あぜ)や、溜め池の堤防にできた草はら。秋になると、オミナエシやキキョウ、ワレモコウやツリガネニンジンなどが咲きます。昔はありふれた花だったけれど、圃場整備によって畦畔草地がなくなるにつれて、みんな住みかを負われるようになってしまいました。この草はらは、人間が毎年草を刈ってやらないと、存続することができません。

 


田んぼと畑

未整備で不等形の田んぼは、ホタルやメダカをはじめとして、数多くの生き物の住みかでした。現在では、田んぼは田んぼではなく、「作物生産工場」と化してしまい、農薬や水路のコンクリート化で生き物の姿は見当たらない土地が多くなってしまいました。

 


ため池

知多半島に10000近くもあるというため池は、ほとんどが江戸時代に有数の旱魃地帯だった知多半島をなんとか潤そうとした農民たちの汗でくつられてきました。ため池は、その労をねぎらおうとしたのか、後に貴重な、かつ美しい水草の成育地となりました。いま、ため池では富栄養化とコンクリート化で、そんな水草は絶滅しようとしています。





 

 

雑木林(農用二次林)

南知多の深い雑木林で、とてつもなく大きなヤマモモの木を見つけました。おそらく、何百年も前からその気絶ちつづけていたんだろうと思います。二次林は、農民の重要な資源採取の場でした。雑木林からは、煮炊きに使う炭もえられたし、田んぼに入れる堆肥も得られました。林床には、キンランやエビネ、シュンラン、チゴユリなど多種多様の植物が生育する二次林は、タヌキ、キツネ、ノウサギなどの貴重な生活の場である二次林は、現在、減少を続けています。

 

 

湿地

半田市のはずれに唯一残された湿地は、シラタマホシクサの銀河が秋になると発生します。湿地を潤している水は、ずっとずっと昔、知多半島が湖の底だった時代の地層を分け入り銀河を巡ります。こんな気の遠くなるような歴史の糸を、こんな急激に絶ってしまって良いのでしょうか。

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