知多半島の里山の危機(里山の現状詳細レポートも参照してください。下にリンクがあります)                                 

、知多半島の里山はピンチに立たされています。

かつて、知多半島は典型的な里山地帯でした。

棚田があり、溜め池があり、

湿地植物が生育する小さな湿地も広がり、    絶滅したサギソウ→

谷戸が各地に広がっていました。

ところが、現在はその面影は捜さなければ残っていません。

かつて丘陵の大部分を覆っていた豊かな二次林は、消え去りました。

森は丘陵もろとも剥ぎ取られ、剥き出しになった赤土の上には住宅地や工業団地が立ち並びました。

田んぼも、美しい曲線を描いていた棚田も、平地のいろいろな形をした低地水田も、

畦に生えていたワレモコウや

ツリガネニンジンもろともかき混ぜられて、

「合理的な」真四角の

無味乾燥な田んぼになってしまいました。

右の図は、

現在知多半島に残っている森林の分布。

べた塗りにしなければならないくらい

黒々とした森林域は、

もはや南知多の一部に残るだけです。       南知多の圃場整備で剥き出しになった痛々しい地層↑

                          残っている森林も、行ってみれば荒廃してしまっていることが分かります。

                          雑木林の内部は、笹に埋め尽くされ、つる草が絡まり、

                          日が差さないどころか歩くことさえままなりません。

                          谷戸も、機械化の障害となり、減反製作もあいまって、多くが放棄され、美しい景観は消え去りました。

                          エネルギー革命と、農業の近代化で、

                          雑木林は堆肥を取る場所でも、燃料を調達する場所でもなくなったのです。

                          こうした中で、多くの動植物が知多半島から姿を消していきました。

                          江戸時代には、鹿やイノシシまで棲んでいたという知多半島の森から、サギソウが消えていきました。

                          今なお、知多半島の里山は減少しつづけています。

                          例えば、阿久比町では、圃場整備などで過去十年でなんと3割もの森林が喪失し、

                          知多半島全体でも1000ヘクタールもの森林が減少しました。

                          歯止めをかけるのは、今しかありません。●

(知多半島の森林分布図は、日本福祉大学知多半島総合研究所発行の「知多半島の歴史と現在9」に収められている論文「篠田啓一・吉田勝(1998)「知多半島の開発における緑の行方」から引用いたしましたことをお断りしておきます)

 

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