知多半島里山物語
里山 最近、テレビや新聞で「里山」という言葉をよく聞くようになりました。そんな中で、里山っていったい何なのだろうと思う方が、大勢いらっしゃることだと思います。里山とは、伝統的な農業によって培われてきた、自然の形態のことです。原生林などと違って、とても身近な(であった?)自然ですから、ほとんどの方はどこかで見たことがあるに違いありません。 例えば、小さい頃に木登りをしたり、カブトムシをとったり、れんげそうで冠を作ったりした思い出の場所を頭に浮かべてみてください。通勤や通学の途中で電車の窓から見えるちょっとした田んぼや森を思い出してみてください。映画「となりのトトロ」の後ろに広がっていた背景や、童謡「ふるさと」や「赤とんぼ」の歌詞のイメージを膨らましてみてください。 雑木林が広がって、その間に田んぼや畑が青々としています。小川が緩やかに流れて、遠くにはこんもりとした鎮守の森が見えます。そうです、その風景こそが、これから皆さんをご案内する里山の世界なのです。 里山は、雑木林の下草を刈ったり、田んぼの手入れをしたり、炭を焼いたりといった、昔はごくありふれていた生活の場でした。その一方で、里山の多様な環境は、原生林に勝るとも劣らない多くの生き物たちの住みかでした。生き物たちは、村の人々が行う日常生活の行事に依存して住みかを得、人々はそんな生物たちの恵みを得てきました。 ところが、1960年代から始まった高度経済成長の波によって、多くの里山は忘れられ、破壊されていきました……。新興の住宅団地が造成され、丘を切り裂いて道路ができました。溜め池は埋めたてられ、緑の丘はゴルフ場になりました。残された田や畑も、農業の合理化・機械化の中、圃場整備といって真四角の生き物たちの姿のない場所になりました。残された雑木林は、農業の高齢化や機械化で管理がなされず、荒れてゆきます。 こうして、人々の心の中からも、里山は消えようとしていました。 ところが、近年、知多半島からも近い愛知万博問題などによって、里山が再評価されるようになりました。里山は、これからの時代に最も重要となる、人と自然の「本当の」共生の姿を見せてくれています。ぜひ、皆さんも里山について考えてみてください。 |