保健指導の新しいあり方を求めて=家庭との連携とコンピュータの活用=       山名小学校    桑原 朱美 

はじめに
 性の指導の必要性が取り上げられ,学校現場で本格的に取り組まれるようになり,10年がたとうとしている。この間,多くの学校で教材研究や授業実践が行われ,性の指導は「生き方」そのものに関わる学習であるという認識が広く浸透してきた。反面,これまでの指導計画が子どもや社会の実態にそぐわなくなってきた点や性の指導そのものが形式化・マンネリ化してきたという点が問題点として指摘されている。一方で,心の健康や薬物乱用防止という新しい課題もクローズアップされ,保健指導領域における課題は増加するばかりである。
 このような状況においても,性の問題は依然,学校教育全体で取り組むべき問題であり,「生きる力」とも大きなかかわりを持つ課題と考える。
1 研究のねらい
 本校では,「心とからだの主人公づくり」のテーマのもと,性の指導(「いのちの学習」)を長年にわたって実践してきた。素直でのびのびと育つ山名の子ども達は,友だちに対しても思いやりをもって優しく接することができる。しかし,主体性に乏しく,周囲の情報に振り回され,自分の意見を持って行動する力が弱いという面を持っている。
 このような実態から,保健指導部では,子どもたちに,自分の心とからだを自分のものとして受け止め,自ら判断して行動できるスキルを,「いのちの学習」を通して身につけさせたいと考えた。この思いを基に平成9年度に再検討した「いのちの学習カリキュラム」には,「性と生命」「コミュニケーションスキル」「メディアリテラシー能力の育成(情報を客観的に判断し,行動に生かす力)」の3つの柱を組み込んだ。平成10年度からは,コンピュータの活用とお母さん先生とのTTを授業実践の中心に取り入れ,研究を進めてきた。
 本研究では,2年間の実践を振り返り「家庭との連携」「コンピュータの活用」という視点から,「いのちの学習」の今後の方向性について検討してみることにした。
2 研究の手だて
1 授業づくりの方向性
ア 子どもたち一人一人が自分の考えを持って取り組み,それを表現できる 授業づくりの工夫をする。
イ 教師の視点だけでなく,親の視点も取り入れて授業を組み立てていく。
ウ 子どもたちが楽しく取り組みながら,「自分のからだ・自分の心」を感じ取れる授業を工夫する。
 具体的な手だて
ア 家庭との連携(「すこやか会議」における意見交換・お母さん先生とのTT授業)
イ 子どもたちが楽しく取り組める教材研究と,コンピュータによる自作教材の開発
3 研究の実際
(1)すこやか会議の取り組み
「いのちの学習」の取り組みを進める上で,家庭との連携は不可欠であると考え,平成9年に,有志を一般公募して「すこやか会議」を組織した。昨年度は,「お母さん先生」として,4年生の二次性徴と6年生の性情報への対応の授業で,体験談を話していただいたり,グループに入っての意見交換などをしていただいた。「すこやか会議」の取り組みについては,表@にまとめた。

年 度

平成9年度

・「いのちの学習」についての学習会
・「いのちの学習」の参観と意見交換会
・学校保健委員会への参加
・資料の検討

平成10年度

・「いのちの学習」についての学習会・意見交換
・「いのちの学習」の参観と意見交換会
・学校保健委員会への参加
ゲストティーチャー(お母さん先生)として授業に参加
  4年生の授業「growing up to be a…..
児童のコンピュータ操作の補助
体験談と子どもたちへ贈ることば
  6年生の授業「ほんとかな」
子どものグループに入って意見交換

平成11年度

・「いのちの学習」についての学習会・意見交換
・学校保健委員会への参加
ゲストティーチャー(お母さん先生)として授業に参加
  2年生の授業「さぁ,どうしよう!=ゆうかい編=」
寸劇の実演・身を守るためのトレーニング指導
3年生の授業「さぁ,どうしよう!=へんな電話編=」
寸劇の実演・電話の応対の相手役
4年生の授業「わたしのたんじょう」
寸劇・児童のコンピュータ操作補助・体験談
 
コンピュータ自作教材の作成
ホームページビルダー・パワーポイントを使用してコンピュータ教材を作成し,授業での効果的な活用方法を検討した。現在作成済みの教材は表Aのとおりである。
ホームページビルダーで作成した教材は,HTML形式のファイルで保存され,子どもたちの操作も簡単である。パワーポイントのプレゼンテーション機能を使った教材は,子どもたちに共通の課題を提示する際などに効果的である。
 「いのちの学習」にコンピュータ教材を使用するという取り組みについては,学校保健員会で保護者に紹介し,実際に教材を体験していただいた。「保健指導とコンピュータというのがつながらなかったが,体験してみて,これなら子どもたちが意欲的に楽しく取り組めるということがわかりました。」という感想をいただいた。

表A 自作コンピュータ教材一覧

学年

主 題 名

カテゴリ

活用のポイント

2年生

男の子・女の子

性と生命

・コンピュータと不思議レンズであなたのからだを見てみよう。(

HTML

3年生

テレビ君は

泣いている

メディアリテラシー

・コンピュータでテレビ君の話を聞いてみよう。

・自分とテレビの親密度をコンピュータでチェックしよう。(

HTML

4年生

Growing up

to be a……?

性と生命

・ページの中に埋め込まれた自分宛のメッセージを読もう。(

HTML

・学習画面で,二次性徴について各自で調べてみよう。(

HTML

4年生

わたしの

たんじょう

性と生命

・胎児の心音を聞いてみよう。

・胎児だった頃の自分にインタビューしよう。(

HTML

5年生

いのちのもとはどこにある

(二次性徴)

性と生命

・あなたのいのちのもとが,いつから存在していたのか調べよう。

・精子のクイズに挑戦しよう。(HTML

6年生

ぼくのこと

わかって

エイズ学習

・ライアン君の闘病生活を知ろう。

(PP)

・クイズに挑戦して

HIVの感染経路とその特徴について正しく理解しよう。

・自分の考えを入力して発表しよう。(

HTML


実践例 
ア お母さん先生を招いたTT授業の例
  ここでは,昨年度実施した例も含めて,2,3,6年生について紹介するどの学年も,すこやか会議で何度も話し合いを持ち,どう授業をすすめるか,どんな内容を取り上げるかを検討した。昨年度は,教師主導であったが,本年度は,「できる資料づくりは私たちでします。」と委員の意欲もさらに高まり,連携が深まってきた。回を重ねるごとに,委員が持ち寄る資料も中身の濃いものになってきた。
イ コンピュータ教材を使っての授業実践 (省略)

4 考察
(1)すこやか会議の取り組みをどう評価するか。
  1.  授業後のすこやか会議では,「子どもたちの反応をじかに感じることができてよかった。」「初めての試みで,反省すべき点も多かったが,昨年の授業に比べて,母親としての立場からの意見が十分生かされ,企画・準備・実践というすべての段階にかかわることができてよかった。」「地域でも話題にして,こうした取り組みを広げたい。」「今回の取り組みをもとに,親としてかかわる授業の持ち方を検討したい。」などの意見が出された。
     子どもたちは,お母さん先生のお話や寸劇,説明などを大変興味をもって聞くことができた。子どもたちは,教師とは立場の違う「お母さん」のことばは,授業の内容自体を身近な問題として感じ取ることができたようだ。また,授業の中で取り上げた体験の場面では,自分のからだと頭を使って主体的に取り組むことができた。子どもたちは,授業をとおして,具体的な対応のしかたを学ぶことにより,自分の心とからだを守ることができることを理解したようだ。
     本年度の寸劇等の取り組みについて振り返ると,これまでのTの方法に比べ指導者の人数に余裕があり,子どもたちの体験場面を授業に組み入れていくということが効率的に実施できたといえる。こうした授業のありかたはこれからの総合的学習とのかかわりも視野に入れると,有効な点が多いと考えられる。また,2年生の授業の内容を保健だよりに掲載したところ,保護者の方から,「自分の子の学年でもこうした取り組みをしてほしい。」との要望があり,家庭でもすこやか会議の取り組みを評価し,また期待をしていることが伺われた。

 すこやか会議も3年目を迎え,この中には,初年度からメンバーとして継続してくださっている方が3名あり,その意欲は大変なものである。さまざまな意見交換や実践の中で感じることは,「教師以外の視点が入ることの価値の大きさ」である。長年の経験は,あるときは「かたくなな思い込み」をもたらす恐れがあり,立場の違う視点が入ることで新しいものが見えてくるのである。すこやか会議での話し合いや「いのちの学習」の授業実践は,子どもたちのライフスキルを高めるための,大きな力となることを信じている。
(2)コンピュータの活用は効果的であったか。
 授業の中でコンピュータを活用することで,資料を効果的に提示し,子どもたちの興味を引くことができた。さらに,ビデオ・音声・アニメーションなど,それぞれの資料をコンピュータひとつでまかなえるというメリットもあった。これまで,授業の中でカード等を用いて行っていたクイズなども,コンピュータを使うことで各自が個に応じたペースで取り組み,回答にあわせて説明が表示されるため,時間を効率的に使うことができた。さらに,自分の意見を持ちながら発表をしり込みする子どもたちも,教材の中に自分の意見を入力できるため,主体的な態度で授業に臨むことができた。
 また,とかく科学的な知識の切り売りになりがちな学習内容についても,コンピュータの利用により,むりなく取り組むことができた。しかし,授業で学んだことが,そのまま生活と結びつくためには,積み重ねが必要である。保健の授業だけでなく,機会をとらえての指導が必要であろう。
ただし,すべての保健指導においてコンピュータの活用が唯一有効であるわけではなく,資料の提示のみコンピュータを使用するなど,活用の方法は内容に合わせて,選択していくべきであろう。どこで、コンピュータを使わせるか,というのは大きな課題である。今はコンピュータが触りたくて仕方ない時期なので,上手に切り替えていかないと,操作の楽しさだけに終わってしまう危険性もある。
5 今後の課題
 すこやか会議では,いのちの学習に限らず,心の問題を取り上げた授業や薬物乱用防止教育も含めた保健学習面での授業参加を話し合っている。寸劇を取り入れた授業については,警察署からも関心が寄せられた。今後の活動にこうした機関との連携も「総合的な学習の時間」とともに視野に入れて行く必要があろう。 コンピュータについては,保健授業の時以外でも,子どもたちが保健的な資料を自主的に活用できるよう,保健教材も整備していくことが必要であろう。また,ネット上の多くの教材をどう活用していくのかも検討課題である。いずれにしても,教師自身が広い視野を持ち,子どもたちの実態を見つめたうえで,効果的な教材と指導方法を研究していくことが必要であると考える。

おわりに 
 本校において,すこやか会議が,発足当初の計画以上に活性化したことやコンピュータの活用がスムーズに進んできた背景には,地域と本校職員の学校保健に対する理解と協力があったことはいうまでもない。 山名の地に守口大根が伸びやかに成長するように,山名小学校の子どもたちのすこやかでまっすぐな心とからだの成長を,保健面から支援し,より大きく育てていきたい。