【おわりに】 ● 著者後書き いよいよ今年、97年も暮れようとしている。 本書はまだ NFS version 3 の記述 が残っているが、とりあえず終わりとしよう。書く気になれば、すぐにでも仕上が るのだが、もうパワ−がない。この約2年間、会社でも自宅でも頭の中はイントラ ネットだらけだった。最初前書きで書いたが、エンジニア1人でできるイントラネ ットの雛型を作ることが目的で、検討し実際に設定もした。しかしやってみて大変 過ぎると言うのが正直なところである。はっきりいえば、これはもう無理である。 イントラネットの技術は、TCP/IP ネットワ−クを基礎技術として、 WWWなど応 用的な技術がその周辺にある。個々の技術はなんとか習得できるだろう。促成ソフ トの挙動不審な部分のノウハウも獲得できるだろう。しかし森は深い。森の木々の 足元ばかりを追っていて、容易に高見に行くことができない。別な喩えをするなら ば、でっかい油絵のキャンパスを前にして、愕然としている。部分的に描いていっ たのでは全体としてちゃらんぽらんな絵になってしまう。精神が白紙のキャンパス に打ち負かされるのである。 イントラネット構築は、まさにでっかい絵を描くのと同じことである。技術的に言 えばシステム設計とその構築なのだ。これは並みの人間ではできない。技術+セン ス+精神力が同時にないといけない。やる気だけあっても、できないものはできん。 インタ−ネットの爆発的な普及とは裏腹に、表面的な技術ばかりがどんどん先行し、 肝心のベ−ス技術が見えなくなってきている。ここら辺りで、ベ−スをしっかりと 体系化し、SI業者やプロバイダがイントラネットのサポ−トをきちんとできるよ うにしなければならない。 そうでなければ、インタ−ネットもイントラネットも砂上の桜閣と化し、土台から 崩れ落ちることになるかも知れない。しかし現状と言えば、プロバイダは日々の運 用で精一杯でそれ所でなく、SI業者は相変わらず別途ご相談である。電話が内線 を通じて外部と通じるように、そしてNTTを初めとした回線業者がそのメンテン スをするように、イントラネットも運用されて本当だろう。個人的な努力によりか ろうじて維持されるようなシステムではいけない。電話におけるNTTのようなイ ントラネット管理センタ−の存在が、今求められていると思う。 ● エピロ−グ 現在、日本は未曾有の大不況にあるといってよい。その中でインタ−ネットははび こってきた。2000年を直前にして、大きな変革、うねりが押し寄せているのを 感じる。この不況は、バブルのつけが主な原因とされているが、それだけでなくこ れを機に日本人の意識が少しずつ変化してきたこともあると思われる。この数十年 の間、我々日本人は物と金にまみれた邪悪な世界に多かれ少なかれ飲み込まれてい た。そしてバブルでピ−クに達し、祭は終わった。その時、人の幸せはこんなこと ではなかったということを初めて意識したのでなかろうか。そして彗星の如く登場 したインタ−ネット。インタ−ネットは情報の世界、見方を変えればスピリッツの 世界といってもよい。 即物的な物と金しかなかった世界に、はじめて誰でも双方向に情報をやりとりでき る世界が、具体的な形で出現した。精神分析でいう大洋感情といってもいいかも知 れない。つまり人類が意識を共有できる基盤ができたのである。物、金、精神とや っと三拍子揃った。この大不況の後に来る世界は、従来の世界とはだいぶ様相が異 なっている可能性がある。これは今のインタ−ネットが今後どう発展するかにかか わっている。精神には邪と正がある。人間はとかく低きに流れやすい。ひょっとす ると、もっとおぞましい世界が現われるかも知れない。 インタ−ネットにはこのような秘められた可能性があることを企業人も忘れてはな らない。ただ会社や製品案内を発信しているだけだから、そんなこと関係ないと安 易に考えてはならない。企業も一市民であり、インタ−ネットの構成者なのである。 本書の副題である "よい子のイントラネット" は、良い方向でインタ−ネットが発 展するよう、企業はイントラネットを進めて欲しいという、願いが込められている。 決して自社利益の追及のためだけの道具にはしてもらいたくない。利益のみを追及 して、どうなったか、バブルは貴重な教訓を残した。新しい世界観を創出する企業、 または個人が、次世代のパラダイムを切り開くであろう。 ● 著者紹介 ちょっとだけ自己紹介をさせて頂きます。豊橋の某技術科学大学の生産システム工 学の修士過程をだいぶ前に卒業しました。歳の程は、いつの間にか40前になって しまいました。なぜか未だ独身のまま。どなたか私目をもらってやって下さい。た だし結構面食い。暇なもんで、ほとんどのプライベ−トな時間をコンピュ−タに費 やしてきました。否決して、コンピュ−タ・オタクという訳ではありません。実際 家では、これを執筆するのに使う程度でゲ−ムをやったりはしません。それよりも テレビがないのです。目が疲れると言うこともありますが、テレビが壊れてからそ のままになっているのです。今どきテレビがないとは、変なやっちゃ−なと思いで しょう。 そう、なんと小生は茶道の先生でもあるのです。コンピュ−タの英語のマニュアル を寝そべって見ています。ふとその横にある茶道雑誌を見て、この光悦の茶碗はな かなかのものだ。などとやっているのです。毎月1回、禅寺で釜をかけて十年にな ります。現代の最先端を行く技術と400年前にできた茶道の組み合わせ。茶道自 体は、古臭い面もあります。点前なんかは、もう時代に合わない所作もあったりし ます。しかし精神面は決して過去の遺物ではありません。茶道を大成した千利休は 時代の破壊者であり、新しい価値観のクリエ−タでした。彼の成した足跡を見るこ とによって、さまざまな知見が得られていると自身感じています。 これまでたくさんの人が "よい子のイントラネット" を見にきて下さいました。全 く著者の紹介がないので、どんな奴が書いているのだと思われた方もいるでしょう。 ここで本当なら GIFデ−タの顔写真でも載せるところですが、にわかにできません。 なんと Windows パソコンはほとんど扱えないのです。さっき、DHCP の設定なんか はやっていましたが、それ以外のことはとんと。RICOH のデジタル・カメラもある にはあるのですが、そこらは若手に任せてしまっているので。ついでに、UNIX もさぞかし精通しているとおもいきや、vi はほとんど使えません。 コンフィグで いじる程度です。ヘッド・ハンティングしようと考えていた人、残念でした。 それではよいお年を!!。 1997年12月23日 クリスマスを前にして独り愚居にて