『 徳林寺・花まつり茶会によせて 』 平成十三年、三月二十六日 そこは一面、菜の花で一杯でした。川の土手に面して黄色の花が真っ直ぐに天に向 かって立ち並んでいました。旧暦の2月28日は利休さんが亡くなった日。僕は今度 の月釜で供える菜の花を摘んでいました。誰もいない、蝶々が一つひらひらと飛んで 行きました。川面に何か影が映ったような気がして、ふと顔を上げました。するとい つの間にか一人お坊さんが立っていました。お若いの、菜の花が好きか?。菜の花は 摘んで家に持ち帰るまでに萎れてしまいますが、しばらくすると立ち上がってきます。 一見弱そうに見えて、一本筋が通った花で僕は好きです。ははー、理屈をこねるでな い。好きかと聞かれれば、はい好きです。それだけいいのじゃ。でも若い時分は理屈 の一つも言わねばなるまい。休自身もそうであった。もしかして、このお人は利休?。 黙って聞くがいい。お前のことは分かっておる。 ぎょっと目を見開いて、お主少しは茶道の嗜みがあるようだから聞く。茶の湯とは 何だ。さあ、答えてみよ?。僕は人をもてなすことですと、おずおずと口にしました。 たわけ、黙っていよと今いうたではないか。お前如きの答えなぞ求めてはいない。お 前の目を心を看れば分かることよ。しかしお前に人をもてなすことができるのか。人 をもてなすとはどういうことなのか。さあ、答えてみよ?。黙っていると。何故黙っ ている?。答えないか馬鹿者。心の中でさすが禅の修業を永くされた利休、禅問答だ と思っていると。まあよいとの言葉が。ゆうておくが、茶の湯は人をもてなすことだ などと思っていたら大間違いだぞ。そんなものではない。茶の湯は禅でもなければ何 でもない。ただ湯を沸して飲む、それだけのことよ。 それだけのことが随分ややこしいことになってしまったものよ。休の時代でも台子 の点前はとてもややこしかった。わしは太閤の御前で、ばっさりと簡略化した点前を 披露した。それが痛く気に入って下さり、わしを茶頭として召し上げて下さったのだ。 誰か今の時代、ばっさりとやる人間はいないものか。だいたい七代目の男が、ややこ しくした張本人だった。このわしより千家中興の祖とか言って人気が高いではないか。 体が弱かったので事を急いだのだろう。そのお陰で、それ以降の者は余分なことを習 うことになったのだ。わしの目が黒かったら、そうはさせなかったものを。だからば っさりやる。おい、小僧話しを聞いておるか。お主やるか?。滅相もありません、こ れが伝統ではないですか。黙れ、知ったような口を聞くな。 そもそも伝統は打ち壊すためにある。伝統が伝統という言葉のもとにあぐらをかい て動こうとしない様は、もはや死に体だ。話しを聞きながら生身の利休は、毒舌の山 上宗二顔負けだなと思っていると。やや宗二のことか、あやつは気の毒なことをした。 あやつはわしの鏡だった、即ち宗二の言動がわしそのものだった。しかし人には陰と 陽があるでの。しかし、その後わしも切腹することになったのだから、宗二と大きく は変わりあるまい。そう言えば宗二は、小田原でも何やら書いて茶道指南をしていた ようだが。おお、一冊の書物になって残っておるか。それは芽出たいことだ。何しろ わしはろくすっぽ書いたものを残さなかったから。書いたのはあったのだが、不立文 字とか禅のことを真に受けて、茶室の反古張りにしてしまった。 禅がなんで不立文字なものか、経典は山のようにあるではないか。人は言葉と文字 をもった時から他者に伝える努力をしてきたのだ。それが禅や茶道に限って、心で体 で感じよと言って筆をとることを禁ずる。そんな馬鹿なことがあっていいものか。沢 庵和尚の言うことを真に受けてしまった?。否、和尚は何もおっしゃってはいなかっ たか。いかん、これは真意を確かめねばならぬ。そろそろ戻らねばならぬ。お若いの、 老体の無駄話を聞かせてしまったな。人生七十ばかりでは、まだまだであったのう。 白は白、黒は黒それさえも区別がついていなかった。少しは茶の湯というものが分か ったかな、人の言動に左右されてはならぬぞ。ハイ分かりました。このおおたわけが、 分かっておらんの。せいぜい精進するがよい。 せっかくだ、そこの蕾の菜の花を一輪摘んで下さらぬか。そのすっとなった一本だ けでよい。僕はその菜の花に手を伸ばしました。茎を摘まんではいと振り向いた時に は、老人はもう居ませんでした。菜の花の化身が利休さんになって出てきたのか。気 が付くとすっかり日が暮れて、花冷えのしーんとした空気が周りを包んでいました。 その一本の菜の花を僕は、ソロリの花入れに入れました。そして一本だけ摘んでくれ、 入れてくれというのを真に受けずに、雪柳を一本添えることにしました。花をのみ待 つらむ人に山里の雪間の草の春をみせばや、と...。菜の花は安城の会社のすぐ横 の川の土手で摘みました。例年になくたくさん出ていました。方丈で皆様のお越しを、 お待ちしております。梅から菜の花へ、そして桜へと。 花まつり茶会 − 四月七、八日 方丈にて 一服三百円。           徳林寺・茶道指南  かとう いっけん