愛知の産業遺産を歩く 32


水冷式トランスと有松変電所

Water Cooled Transformer and Arimatsu Electric Power Substation

−電気鉄道技術の遺産−

Industrial Heritage of electric railway


白井 昭

SHIRAI Akira


 鳴海絞りや歴史的町並みで有名な有松に近い名古屋鉄道(株)(以下、名鉄と略)・中京競馬場駅の北東に名鉄・有松変電所の建物が見えます。この変電所は電車に直流の電力を供給するもので、名鉄本線の影の主役です。
 この有松変電所の中に、最新鋭の設備とは対照的に大変古いアメリカ製の水冷式トランスと回転変流機(ロータリー・コンバータ)が保存されています。


大正生まれの有松変電所

 有松変電所は、名鉄(当時は愛知電気鉄道)が路線を有松から東岡崎へ延長した1923(大正12)年に作られました。また豊橋まで路線を延長した1925(大正14 )年には現在の鉄筋コンクリートの建屋が作られました。最近まで建屋の妻には名鉄の前身、愛知電気鉄道の略称「愛電」のマークが残っていました。
 交流から直流に変換する回転変流機は舶来で大変高価なものでしたから、その建屋も中身に見合うように立派なものにしたのでしょう。例えば、博物館明治村の赤レンガの名鉄岩倉変電所はその一例です。
 ところで、有松変電所付近には1924(大正13)年生まれの架線柱が残っています。部材を鋲でつないで組み上げた、今では大変珍しい存在の架線柱です。
 名鉄本線の電車に乗った時は、車窓から注意して見てみるとよいでしょう。 変電所、トランス、架線柱と何れも産業考古学の対象となる産業遺産です。
有松変電所

Arimatsu Substasion for Nagoya Railway


珍しい 水冷式トランス

有松変電所内に保管されている水冷式トランスは1913(大正2)年、アメリカ、ゼネラル・エレクトリック社(GE社)製で、同年阪神電車が輸入し長く使っていました。その後、1946(昭和21)年に名鉄がそれを購入しました。初めは、塩不足対策で名鉄河和製塩所の設備となりましたが、間もなくして岐阜市内線の雲雀町変電所に移設され、1986(昭和61)年の廃止に至るまで鉄道用として使われてきたのです。
水冷式トランスの調査(左は筆者)
(撮影:石田正治)

The water cooled transformer

Photo by ISHIDA Shoji

 トランスは水冷式で、高さは約 2.5m、奥行き約2mの巨大なものです。雲雀町変電所では使用中、冷却水は専用の井戸から高架水槽にポンプでくみ上げて、自然流下でトランスの発熱を冷却していました。
 トランスの容量は780キロボルトアンペアですが、水冷式はその後の自冷式と違い運転中に係員が要るため、戦後は省力化によりすべて消えてしまいました。
 また、トランスは一般に消耗品的なもので使い捨てされますが、名鉄では産業遺産としてこの水冷式トランスを大切に保存してきました。
 その結果、1995(平成7)年には産業考古学会より価値ある遺産として同学会推薦産業遺産の指定を受けています。
  水冷式トランスが学術上の貴重な遺産となったことはアメリカでも反響を呼び、世界のトランスの開拓者であるGE社は、専門家を名鉄保存の水冷式トランスの調査に派遣しました。水冷式トランスがかくも長く使われ、かつ保存されているのは希有のことなのです。


回転変流機

昔の電気鉄道用変電所の主要設備は回転変流機とトランスです。 有松変電所には、水冷式トランスとともにその相方であった回転変流機が保存されています。回転変流機というのは電動機と発電機を一体化したもので、交流を直流に変えるものです。変電所では発電所から送られてきた電力をトランスで必要な電圧にし、それから変流機によって直流に変換しそれで電車を動かしているのです。保存されているものはトランスと同じGE社製の750キロワツト回転変流機で、出力は直流600ボルト、高さが約1.5 mの大きさです。
調査するGE社トランス部門のローダーミルク技師
 Old GE Machine and GE´s Investigator

 名鉄・犬山線の石仏(いしぼとけ)変電所には、1923(大正12)年製のイングリッシュ・エレクトリック社の500キロワツト回転変流機が保存されています。いずれもわが国の電気鉄道黎明期の技術を語る貴重な産業遺産で、水冷トランスや回転変流機といった地味なものにも留意して、遺産として保存に努力している名鉄の見識には敬意を表したいと思います。
 電気鉄道のパイオニアとして中部圏の交通発展に寄与してきた名鉄です。今後もその輝かしい業績を語る電鉄技術の遺産を大切に保存してほしいと思います。
            (しらい あきら・大鉄技術サービス(株)社長)
回転変流機の銘板

Name Plate of the rotary converter


◇ 一口メモ

◆産業考古学

 産業の発展に貢献した古い道具や機械、工場施設、土木構造物などの産業遺産を調査研究し、その保存方法についても研究する学問で、1950年代にイギリスに始まり、日本にも1977年に学会が生まれた。

◆トランス

 変圧器のこと。電磁誘導作用によって、ひとつの回路から交流電力を受け、他の回路に変圧した交流電力を供給する装置。1885年頃アメリカGE社等で商品化され、電気産業の発展に大きな役割を演じた。


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