愛知の産業遺産を歩く 33


立田輪中悪水樋門

TATUTA-WAJYUU Drain gate

輪中利水史の証人

The witness of water utilization history Wajyuu


小林 惠助

KOBAYASHI Keisuke


 木曽川下流域の海部郡弥富町一帯は、海抜ゼロメートル地帯と呼ばれる低地です。昔から水害の多い地域でした。そのために人々は地域全体を堤防で囲み、洪水から家屋や農地を守ってきました。この輪のように取り囲んだ堤防のことを輪中堤と呼び、その特異な地形とその中で生活する住民の水防共同組織を輪中と呼んでいます。立田輪中はそのひとつです。
 輪中では、堤によって洪水害を防ぐことはできますが、内部の日常の排水処理は、また大きな問題でした。この地方では、そうした処理の難しい排水のことを悪水と呼んでいます。いかにも生活の苦労が滲みでている呼称です。立田輪中の悪水を排水するために造られたのが立田輪中悪水樋門で、その樋門の遺構が、近鉄・弥富駅から南西へ歩いて約20分のところに残っています。
樋門下流側

Downstream-side of the gate
下流側から臨む立田輪中悪水樋門

TATUTA-WAJYUU drain gate seeing from downstream-side


樋門の建設

 立田輪中悪水樋門は、明治の木曽・長良・揖斐川の三川分流改修工事により、木曽川本堤防を弥富町から鍋田川の堤防に連続させたために、排水口がなくなり悪水の排水ができなくなってしまいましたので、弥富町前ケ須の中山(現在の弥富町大字中山字懸廻地内)に樋門を設けて、立田輪中の悪水を排水しようと計画されました。
 樋門の建設については、立田輪中普通水利組合が、三川分流改修工事の付帯工事として施工するよう県に陳情しました。1900(明治33)年「全額県費による施工はできない」と回答があり、立田輪中普通水利組合は、当時としては大金の7万5千円を県に寄付し、その見返りとして「樋門と、立田から弥富の中山へ至る導水路の工事二つを完成させてほしい」と陳情し、実施されることになったのです。樋門は1901(明治34)年完成し、1902(明治35)年には全ての工事が完成し                           けんちいし       ました。樋門の下部は写真にみるようにレンガ積み、上部は間知石積みで長さ21メートル、幅9.5メートル、高さ7メートルの土木構造物で、当時の人はその偉容に驚いたものです。


排水から用水へ

 樋門は、干潮時に木曽川の水位が下がるのを待ち、そのわずかな水位差を利用して木曽川支流の鍋田川に排水しようとするものでした。ところが排水しようとして樋門を開けますと、排水は一時で、出る水よりも入る水の量が多くなり、排水機能は果たさなかったのです。それでこの排水用樋門を取水に利用することになりました。鍋田川の満潮時、水位上昇を見計らって鍋田川の水を引き入れました。俗に逆潮用水樋門と称し、全国的にも珍しい用水の取り方となったのです。用水は通常、川の上流から取り入れ下流に流しますが、立田輪中では、川の下流から取り入れ上流に流したのです。樋門の排水から用水への変更により、悪水は筏川に流すよう変更しました。
 その後、木曽川上流部での取水量が多くなるにしたがい塩分が上流に遡り、用水には利用できなくなりました。また、一方では鍋田川河底に土砂が堆積し、使用不可能となって役目を終えました。


史蹟として保存

 遊休となった樋門の権利は、立田輪中普通水利組合より弥富町に譲渡されました。弥富町は、1978(昭和53)年、立田輪中悪水樋門を郷土水利史を語る史蹟として町指定文化財に指定し、樋門付近一帯を整備して、現在は輪中公園として公開しています。訪ねて見れば、輪中の人々の努力の跡をこの悪水樋門に偲ぶことができるでしょう。
       (こばやし けいすけ・株式会社東海理化電機製作所)
樋門上流側

Upstream-side of the gate

Photo by ISHIDA Shoji


◇一口メモ

■樋門

 用水の取り入れ、内水の排水等のため堤防を横切って設けられる、暗渠形式の構造物。通常通水断面の大きいものを樋門、小さいものを樋管と呼ぶ。

■間知石

 石垣用に加工した、ほぼ角錐台状の石。花崗岩など硬い石を用いる。


■アクセス

 立田輪中悪水樋門へは、近鉄弥富駅下車、南へ徒歩20分。旧鍋田川沿い。樋門付近一帯は、輪中公園として整備されている。


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