クンドゥン

満 足 度
45.8%
回答者数6

From: にっきー(NO MAIL) 9月 16日(木)00時09分02秒
期待しすぎたのがいけなかったのか。つまらんっつうか、いろんな疑問が溢れ出る話でした。
中国との関係云々は、皆さん書いておられるので、私はごくごく基本的なことを。

・チベット人って英語しゃべるのかしらん
アメリカ映画の特徴だと思いますが・・・

それから、これから観にいかれる方に一つ。パンフレットは1000円です。私は買えませんでした。何せ中学生の小遣いなんで
★★★
From: たけ@ボストン(MAIL) 9月 13日(月)21時39分31秒
相当邪道な見方をするけどお許しを。
ここ最近のダライ・ラマを主人公に(或いはチベットを舞台にした)した映画の多さやらチベット解放コンサートなどを開催しているのを見ると、中国の脅威ってのがそろそろ芽を出してくるのを恐れたアメリカが、中国によるチベット侵略のネタを持ち出して国民に中国人は敵だという潜在意識を植え込もう(或いは呼び起こそう)としているとしか思えないんっすね。ある意味ベトナム戦争映画ブームよりもずっとタチが悪いっすね。このチベットブームは映画ではなく政治になっちゃってるような気が、、、。 
まあ、一連の作品を観てどれほどの人が本気でチベットに自由を!などと考えているのかは知らないっすけど、中国人=ひとでなし、って単純に思う人ってのは相当いると思うっすね。
怖いねぇ、、、アメリカ人は、、、。日本もアメリカの敵にまわったら一気に「南京虐殺」のネタで作品がどんどん作られるだろうねぇ。
って、この作品の中での目の死んだダライ・ラマと、ニューヨークで見たにやけながら手をあわせているダライ・ラマの講演のポスターを思いだしながらこんなことを考えてしまったっす。
ダライ・ラマももう無抵抗主義なんてこと言ってられなくなったんだな、って、、、。
単純に作品として見れば、雰囲気づくりだけはバッチリです。
★★★★
From: 中沢新一(NO MAIL) 7月 30日(金)22時21分38秒
「何もできない」ということの苦痛を、ダライ・ラマ役の役者は、よく演じていたと思う。映像は今までのスコセッシの作品の中でもピカ一だったのではないか。
From: うにかに(NO MAIL) 7月 20日(火)23時12分51秒
ダライラマ14世の成長していく過程が、チベット仏教の神秘的な儀式や美術、寺院細部の様子を背景に丁寧に描かれており、その点は大変興味深く鑑賞できました。
しかし、肝腎のダライラマ自身の苦悩と判断の様子がそれほどに掘り下げて描かれていたのかどうか‥‥。ダライラマの深い苦悩と思索をマンダラのオーバーラップをくり返し挿入することによって解決できるものではないと思います。クンドゥンとしての意志が立ち上がって見えてこない。
ダライラマは立派な人(活仏)なのだろうが、なにゆえに立派なのかさっぱりこの映画からは伝わってこない、それどころか、ただ側近に身を委ね、事の流れのままインドに逃れ、そこではじめて中国に対し、ノーの意思表示をしたという、むしろ、無抵抗主義を背景にした不断のリーダーとしてしか写っていないというのが私の印象です。
★★★★
From: ハスラー清水(NO MAIL) 7月 18日(日)18時29分09秒
僕の苦手とするスコセッシ監督がダライラマ14世を描いた歴史大作。細かいプロットについて言えば英語が使われるのに違和感があるし、ダライラマの幼少期は何となく頼りなげである。しかし兎も角この時代の中、毛沢東との折衝だとか通じ、チベットの人々の仏に対する帰依を守り抜くためにどのような道を取るべきかと言う苦悩だとか、実在のノーベル平和賞の人物を描ききったとは脱帽。何よりも映像と音楽の力で、運命づけられた1人の男のロマンを描く。この世紀末において人類平和を希求する映画を撮ったとはこの監督、やっぱり見せてくれました。
★★★★
From: 大野 直孝(NO MAIL) 7月 14日(水)23時12分55秒
名匠 マーティン・スコセッシ監督のこの映画が今は、
全国で、東京のシネマガーデンただ1箇所だけというのが不思議である。
この映画は、ダライラマ14世の幼年期からインド亡命までの成長の過程と苦悩の日々を描いたものだが多くの事を考えさせられる。

・あくまでも無抵抗主義を貫きとうそうとするダライラマ の判断は、本当に正しいのか。
・無抵抗主義は、本当に強いのか?
・特定の民族が独立し国家を持つという事はなぜ自由に
 出来ないのか?
・なぜ、中国はチベットを侵略したのか?
・この事に対し日本政府は、国連は、どのような見解を表明しているのか。

この映画を見ていると子供に銃を持たせ、その銃でその子の親を無理やり殺させるシーンがある。
事実に基づいて作られた映画であるから、このシーも架空の話ではないであろう。たとえ戦争とは言え、このような残虐な行為が許されるはずがない。正直言って中国のこのような行為に対しては、怒りを覚えた。しかし、忘れてはいけないのは、この日本も同じ様に他国を侵略し、残虐な行為をしてきた事だ。だからといって、日本人は皆悪人だといわれたら、それは違うと答えるだろう。今は、多くの日本人が平和を望み平和を愛しているはずだ。私には、中国人の友人がいるが、彼らも又、我々と同じように、平和を望み平和を愛している。
この辺にチベット問題の解決糸口があるのではなかろうか。
と、こんな事を考えさせられる映画でした。

しかし、チベット人は、日本人そっくりだな。
私があの映画にチベット人として出演していても何の違和感もないであろう。