『ムトゥ 踊るマハラジャ』
 凄いぞ、凄いぞ、凄いぞお。はっきり言って、映像的には何の新鮮味もないし、亜流の集大成といった感じの作品なのだが、かつての香港映画のようにパワフルで、笑いあり、涙あり、ロマンスあり、アクション(カンフー)あり、ミュージカルあり、スペクタクルありのサービス過剰な極上のエンターテーメントなのである。

 この作品の魅力は、何を言っても、馬鹿馬鹿し過ぎて笑えるのとミュージカル・シーンの素晴らしさを堪能できるという2つだろう。
 この作品の馬鹿馬鹿しさは半端じゃない。だって、何気ないシーンでも、急激なズームやスローモーション、移動、短いショットの連続でたたみかける。普通はガラスを突き破るアクションにとどまるところをレンガぶち抜いちゃうし、いかにもちゃっちい合成で馬車が谷をとぶし、馬車のチェイス中に意味なくターザンになってしまう。本当に凄いのだ。いくら娯楽志向の監督でも普通ここまではやらない、というかやれない。あまりに馬鹿馬鹿しくて呆れて感動したという感じです。
 ミュージカル・シーンは、往年のアメリカミュージカルを彷彿させて、現在でもミュージカルは死んでないんだ!っていう感じで、私は真面目に感動をしました。個人的には、主人公が弾いている楽器がヒロインとダブるシーンが好きです(これもパクリらしいですが)。それと、ヒロインのMEENAという女優さんが、無茶苦茶きれいで可愛いくて、彼女の踊りにホント魅了されっぱなしでした。もちろん、主人公のおじさんも「お前は、ブルース・リーか!インディ・ジョーンズか!それとも、マイケル・ジャクソンか!はたまたジーン・ケリーか!!いやいや、髭はやした梅宮辰夫か!」と突っ込みたくなるほどチャーミングでした。ヌンチャクならぬ手ぬぐいとムチを持って踊って走る役者は、世界中探しても、そういないでしょう(インドにはたくさんいるのかな)。

 でも、何よりも感動したのは、恥ずかしげなくにとことんやる抜くことの凄さです。アニメ監督の宮崎駿がNHKの番組で「才能というのはあるなしでなく、持っている自分の才能を恥ずかしげなく出すとか、人一倍働くことによって出すとか、声を大きくして出すとか、挫折してうじうじしない、そういう活力があるかないかだ」と語っていたが、この作品を観てその言葉を思い出しました。この制作者たちは、普通は恥ずかしくてできないシーンやショットを恥も外聞もなくとことん撮り上げた。その根性は半端じゃない。これは尊敬に値すると思う(恋愛好きの私でも、本編の回転しながらの落ちていくキスシーンは撮れない)。テクニックはあってもハートとパワーがない日本の若手監督たちは、インド映画を見習うべきだと思いました。


『無能の人』
 オ−ソドックスなつくりの竹中直人の第一回監督作品は傑作である。テ−マは,純粋に「人間がいかにして生きていくか」だ。主人公は,結婚しており,一児の父である。昔は漫画家,その後,中古カメラ屋,古本屋など自営業を転々と変えながら,今は石屋をやっている。
 なぜ漫画家をやめたか。ここからこの映画の問題は発している。かつては売れっ子だったのである。ところが,作品が自分のやりたいことから離れていき,読者に合わせた娯楽作品となっていく。そして,自分を押し殺して人のために描いていくことに嫌気がさし,やめてしまう。それからは自分を押えず生活費が稼げる仕事を探してさまよう日々。それもうまく行かず,結局は妻の内職で養ってもらう始末。
 社会(家庭を含めて)に対して「無能の人」となりつつも,主人公は,他に対して一切責任を負わない存在となり,自分の「心の自由」を得ることができた。しかしながら,一人身ならこれでよしにしても,家庭がありながらこれは許されない。すべてに対して無責任でいたいなら,結婚してはいけない。子供を持ってはいけないはずだ。
 主人公もこれに悩み,再度,漫画に挑戦する。自分の描きたいものを描くという「心の自由」を保ちながら,家庭に対して責任を果たせれば言うことないからだ。しかし,編集者はそれを許さず,主人公を縛ろうとする。そして,もとの生活に逆戻り。
 ここで歯がゆいのは主人公が闘わないことだ。周りに受け入れてもらえなくても,自分の漫画を描き続けないことだ。そこが,妻の言うように弱いのだ。虫けらなのだ。死ぬまで認められないかも知れないが,それは石屋をやっていても変わらないことだろう。どうせ妻が養ってくれるなら,その方がいいと私は思う。どっちにしろ老後が心配な生活なら,そっちの方がいいと。同じ「無能の人」なら・・・。大変なことは重々承知だが,「生きてても死んでるようなもの」になってほしくないと思う。・・・甘いかな。
 もう一つ,言いたい。このままでは,妻があまりにも可哀想だ。主人公は,自分の「心の自由」のため,妻を犠牲にしている。今後は,子供も犠牲にしていくことになるだろう。妻の「心の自由」など全く考えておらず,自分のことしか頭にない。ラストの夕焼けに手を握るシ−ンを深読みして,妻が仮に一生,主人公の犠牲になると決心したのなら,主人公には闘って漫画を描くべきだと思う。でなきゃ妻の犠牲が報われないよ。「心の自由」なんてこと,全然考えたこともない人を妻にするなら別だが。
 「自分を捨てず,人を愛する」これが成立しない場合,自分を捨てるか,愛を捨てるか,相手に犠牲になってもらうか,選択肢はそのいずれかしかないのだろうか。
 いくらラストで手をつないだって,明日からの生活は変わらない。何の問題解決も観せずに終わるこの映画,本当に観てて辛いぜ。


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