『DON'T TRUST OVER THIRTY』ムーン・ライダース
『ドント・トラスト・オーバー30』 30歳以上の奴らの言う事を信じるな。この言葉はヒッピー・ムーブメントの渦中から生まれた。どっこにもない革命や、雨漏りのしたたってきそうな疎外感、どんずまりの彷徨をしていた彼らにはあまりにも甘美な言葉だった。そうだ。

真崎守を介して(「共犯幻想」)この言葉を知った(鈴木慶一氏もおんなじかもしんない)。二十歳が一番美しい年齢だとは誰にも言わせない、、と小さな声で呟いては照れまくっていた僕にとって、30は余りにも遠く永遠の向こう側にかすかにしっぽだけ見える存在だった。

30歳を信じないのではなく、自分自身が30になる事を信じない。そんな切ない願望の言葉だったかもしれない。

ムーンライダース10周年記念の直後に製作されたこのアルバム。

信じられないまま大人になってしまったライダースの苦渋の溢れたアルバムとも言える。

快楽的なリズムも、抜けるような爽快感も、そして安らぎも無い。飼い主を失って吠えまくる犬の遠吠えのようなギター。慢性胃炎でおまけに二日酔いの様なアレンジメント。神経症のような断片的な歌詞の世界。反復してDIG出来ない一人よがりな実験性。

当時('86)の言葉で言えば、<ほとんどビョーキ>の世界じゃないか?(実際に、レコーディング中には数々の病気的アクシデントがあったようだ)と云うのが僕のこのアルバムのファースト・インプレッションだった。

この印象は、今もまるで変わっていない。

しかし、歳を追う事にこのアルバムが馴染んでくる。まるでわき腹を押さえて胃痛を楽しみ中年男のように。

はて、この自虐。どこかで覚えがある。

〜帰りに買った〜〜  古い虫〜  〜またうずくぅ〜〜

これが男の生きる道なのだと教えてくれた、クレイジー・キャッツの世界。ムーンライダースは、電気仕掛のクレイジーだったのか。(このアルバムに収められた蝦子能収作詞による「だるい人」は、まさに)

僕がライダースを好きな理由は、彼らの音楽よりも、彼らが好きな本、好きな映画、好きな音楽、好きな生き方、そんなものの方が好きだからかもしれない。

エプスタインがビートルズ達の事をボーイズと、そして彼ら自身もガールズに唄いかけていた。そんなロックの自然連鎖の中で、まっこうに逆らって同世代の中年の男達に唄いかけたのが『DON'T TRUST OVER THIRTY』なのかもしれない。

音楽はわがままなもの。中でも聴き手が一番わがまま。そう、このアルバムは、わがままに信じないわがままな30代の為のアルバムなのだ。

91/04/16 *久田 頼


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