『B.Y.G. HIGH SCHOOL B1』ムーン・ライダーズ
『B.Y.G.』

駅を降りると、すっと坂道が広がっていた。

ゆっくりとこの坂を上っていく先にるのが楽器メーカーの経営する大型レコード店。輸入盤の面白いものを探すならここか、青山を少し入った小さな店くらいしかない。壁に飾られた見も知らぬアーティストのジャケットを横目でみながら、うろ覚えのタイトルを探す。

疲れたら坂を下り左に折れ、右手にあるストリップ小屋の看板の前で少しだけ歩みを遅くしてから、胡散臭さげな路地に迷い込む。まるで小学校の教室のような硬い木の椅子に腰をかけて珈琲をすする。先ほどのレコード店で見かけたアルバムが推薦盤として飾られている。ターンテーブルの前で、うつ向き加減にレコードを選んでいる髪の毛の長い痩せた彼と、僕もいつか音楽の話が出来るようになるだろうか?

後ろの席から、小さな音で、しかし粘りのあるビートでリズムを刻んでいる足音が聞こえる。こつっ、こつっ、こつ。この街は学校ではない。でも、僕はこの街で、大人に成る前のちょっとした掟を学んだような気がする。

これはまだ渋谷に、変な名前の通りやパルコさえ無かった時代の話。百軒店の路地にあったBYGには、一度しか足を運ばなかった。

東京に在住した事のない僕は、まるで季節労働者のように数週間、数カ月、新宿の南口にあった一泊500円のベッド・ハウスや、友人宅に居候しながら東京を過ごした。日長一日、ジャズ喫茶やロック喫茶でレイモンド・クノーやポール・ニザンを読んでいた。たまに池袋のキドアイラック・ホールや、ゴダールの映画の自主上映会にも足を運んだような記憶もあるのだが、それが現実だったのか夢想だったのか定かではない。

が、ふっと、あのBYGの店の奥のビリアード台の光景が頭をよぎる。きっと彼等とも、何処かですれ違っていたのだろう。

---------------------------------------

90年代のムーンライダーズのアルバムの中で、一番素直に楽しめたのが、この『B.Y.G. HIGH SCHOOL B1』だ。すえたような部室の臭いがたまらなく嬉しい。

楽器を持って練習場に使っている地下室に集まる。最初は少しばかり気取って落ちついた素振りをみせるが、そんなポーズも半時間も経てば何処かに消しとんでしまう。足を踏みならす、顔を見合わせればいつもの顔が、いつものようにはにかんで笑っている。翌朝、足首の疲れと妙に張った肩が、ストラップのせいだと判るのは歳をとったせいではない。バンド仲間という永遠のタイムマシンに乗ったからなのだ。次回は豹皮模様のストラップに真っ赤なシールドで驚かせてやろうか、あいつのダサいアレンジをもう少しマシなのに変えてやろうか。そんな事を考えながら珈琲カップを持つ指先が、じんと痛い。

これは回想ではない。回想に沈み込んだ郷愁のアルバムではない。体験しなかった過去を再構築する壮大な儀式なのだ。

恋愛や、人生や、生活にいきる、これだけが男の生きる道では無い。モースト・プライオリティを忘れてはいないか。バンド達よ、立ち上がれ、地下室に集まれ、プラグを繋げ、プレイ・ラウド。

次の練習日は、いつだい?

PS.レーベル移籍(残留?)の噂もあるムーンライダーズ。実は心密かに移籍を願っている。移籍第一弾は勿論、『ハイスクール・ベイスメント<2>』に決まっているよな。

96/06/08 *久田 頼


[Back to Moon-dex]