『イスタンブール・マンボ』ムーン・ライダーズ

ムーンライダーズってのは、音楽の影響の受け方もすげぇ屈折してる。

かなりディープなアメリカのロック(バッファロー・スプリングフィールドとかグレイトフル・デッド、ニュー・ライダース、バーズ、そしてザ・バンド etc)の影響を受けながら、その呪術から逃れるようにジェネシス、プロコル・ハルムといったプログレ・オリエンテッドなバンド、そしてこっそりカフェ・ジャックスやセイラーやパイロットといった英国B級バンドのエッセンスを自分達の音楽に加えていく。

これは、はちみつぱいでのカントリー・ロック〜米国南部派〜ザ・バンドといったサウンドから、欧州経由の無国籍サウンドに変貌していくクラウン/パナム時代へと見ていけば納得出来ると思う。

歪んだデラシネのような無国籍と、米国流ソフィスティケイテッドな音楽が、砂ぼこりの舞うカフェでお茶を飲んでいるようなアルバムが、この『イスタンブール・マンボ』だ。

77年と言えば、ラリー・カールトン、ジョー・サンプル、ウィリー・ウィークスといったジャズ/フュージョン系のスタジオ・ミュージシャンを配した、ちょっとソウルフルで洗練されたロック、ボズ・スキャッグス、マイケル・フランクス、ホルヘ・カルデローンといったアーティストの音楽、俗にシティ・ミュージックと呼ばれた音楽がもてはやされていた。(この音楽の動きが、フュージョン・ブーム、AORへと受け継がれていく。と、同時にそれに反発するリスナーも現れてくる)。

このアルバムでも、フュージョン的な音色、変拍子を使ったプログレ的なアプローチも見られるが、ライダーズの事、どこまで真面目なのか、アイロニカルにぺろっと舌を出しているのか、まるで判断がつきがたい。

泥臭さを捨て去りながらも、異国への望郷を持ち続ける。つまり、ジョルジュ・アルマーニの新品のコートを羽織って、場末のキャフェで泥々のターキッシュ・コーヒーをすする感覚だろうか?

改めて聞き直すとかなり古くさい感触も否めないこの『イスタンブール・マンボ』は、逆に言えばそれだけ時代の風を切った新しいサウンドだった、とも言える。タイトルのよさと、ジャケット・デザインでゴマカされてしまうが、かなり雑然としたアルバムでもある。

気持ちのいい16ビートに乗っていつになくソウルフルな「ジェラシー」、ハース・マルティネス(ザ・バンドのロビー・ロバートソンに見いだされた怪人。ノスタルジックでお洒落でそれでいて何処かイガラっぽい唄を聞かせてくれる)の影響をもろ受けた「週末の恋人」。

佐藤奈々子(初期の佐野元春のコ・ライター&パートナー、ソロ・シンガー〜SPY、写真家、CMナレイター、ライダースの作詞も手助けている)にも唄われる「女友達」。脳天気にハリウッド・バビロンしている「ビューティコンテスト」。

人称がどこか女性に片寄りがちで、シンセサイザーを多用し始めながらも懐かしいサウンドを作り上げたのが、A面(1)〜5))の、いわば《口紅》サイド。

そして、「Beep BeepBe オーライ」から始まるB面の《イスタンブール》サイドへとつながっていく。

もともと『イスタンブール・マンボ』のコンセプトは、江利チエミとのセッションから生まれてきたそうだ。「ウスクダラ」「イスタンブール・マンボ」は、共にこの江利セッションでも取り上げた曲(歌詞は違うものになっている)。

江利チエミ+ムーンライダースの共演アルバムだが、理由は知らないが完成を待たずにオクラになってしまっている。が、「ウスクダラ」のみ『渡邊祐の発掘王2』に収録されている。要チェック。

このターム”イスタンブール”には、ロビン・ラムリーを中心に結成され後にフィル・コリンズも参加したブランドXの「モロッカン・ロール」と、相呼されているのは言うまでもない。

しかしこれは、ひょう窃とか、盗用といったものではなく、イスタンブールの裏道で同じプリントのシャツを着たフォーリナーに出逢ったってしまったようなものだろう。

このアルバムももう一つの特徴は、シンセサイザー(MOOG III、KORG、CS−60、Roland Stringsetc)を大胆に導入した事、そして、鈴木博文のソング・ライティングの比重が高くなった事だろうか。

そして、クラウン時代の傑作中の傑作『ヌーベル・ヴァーグ』へと連なっていくのだった。

91/05/24 03:07 *久田 頼


[Back to Moon-dex]