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名前 Yoshida Kingo 
ちょっと変わった名前です。今まで自分と同じ名前(漢字)をみたのは1度しかありません。同じ発音、似た発音は何度かありますが。
年齢と近況 うんじゅううん才・・・大台にのってしまいました
1999年
「早こんなトシになってしまって」とよく思います。気持ちだけは若くと思っていても最近は気持ちにも「老い」を感じはじめました。模型飛行機をやっているので若いかなと思っていましたが、最近それも減退気味です。気持ちをもっと若く持とうと叫びました。ゲーテのように「もっと光を!」と。そうしたら、どこからか光がさしてきました。(この一文は訳がわからないでしょう。分かる人は同じ・・・の悩みです。)
2000年
今年は仕事場も変わって心機一転、実は単身赴任の身になってしまいました。・・・と言っても車で大体1時間ちょっとで行けるので単身赴任という感じはしません。 近いのでついつい自宅に帰ってしまいます。周りからは単身赴任はうらやましいと言われますが、私は生憎それだけの甲斐もないのでせっせと自宅通いの身の上です。お陰で、買ったばかりの車をあっという間に乗りつぶしそうな勢いで走行距離がのびます。ただ今年はそういう身の上だからなのかよく分かりませんが、とっても元気です。70km先の仕事場から帰ってきてその足で40kmある飛行場まで通ってしまう元気もあるのです。取りあえず元気はとてもよく、5年は若返りました。環境が変わるということはたまにはいいことなのかも・・・。
2002年
自分でいろいろ課題をつくって実行しようとしたのですが、なかなか達成できません。計画の軌道修正、修正の日々です。「あーっ、こんなはずでは・・・」と思っていたのですが、最近特に思うことは、「時間がない」ということです。時が経つのが早いのは、自分の仕事が遅いせいなのかとも思います。・・・・ガ・ン・バ・ロ・ウッ!。
2003年4月
夢にまで見た、単身赴任終了です。「よーしっ!朝寝坊するぞー」と勇んだけれども、悲しいかな、朝5時30分起きは習慣になってしまいました。(オジンの早起きそのものです)5時30分頃には目がパチッと開いてしまうのです。まぁ、仕事もできるし、朝からバタバタしなくてすむし、まさにゆとりのある生活ですかね。お陰さまで飛行機にも専念できそうです。ウ・レ・シッ!この喜びをしばし味わおう!
2004年4月
今年は、仕事は今まで通りということで、それ以外、あるいはそのために仕事をせっせとやっているのではないかと時々思う時がありますが(不謹慎なのですぐ否定しますが)、趣味の世界が大変充実してきました。偶然がいろいろ重なり、結果Uコンのサークルに入れてもらうことができ、今はRC・UCの両刀遣いで、せっせと片道40Kmを毎週通っています。(今までだったら、月1・2回行けばよかったところ・・・・毎週なのです。)気持ちが大変元気です。その元気をまずは仕事に・・・とにかく仕事第一にして、その後で、ゆっくり・じっくり趣味を楽しもう、と思う今日この頃です。
趣味
★模型飛行機(現在は特にラジコンF3A、でも本当はスケール機)
オークションでキットとかエンジンを衝動買いしてしまうので困っている!
祝 2004年オールジャパン本選出場!
・・・・と自分で自分をほめてしまいました。
長年の悲願であったオールジャパンの本選に出場できることになりました。思い起こせば・・・・・今までは本選に行きたいとは思いつつも、思いと行動が一致せず、結局予選の時に、「あ〜あ後1ヶ月あればなぁ」と毎年同じような言い訳と後悔をしていました。しかし、P-05になった時、今年は何かうまくいきそう・・・という予感がピーンとしました。そこでお決まりの「よし今年こそ頑張るぞ!」と毎年のように勇んだのでありますが、なぜか1月からずっとその気持ちが持続してしまったのであります。その理由のひとつは、明らかにUコンであります。2月にUコンのサークルに入れてもらってから、午前中Uコン、午後ラジコン・・と二足のわらじをはいて、ほとんど毎週飛行場に顔を出すようになった訳です。F3Aは、4月からはさらに加速して、去年までであれば、半年ぐらいで16リットル缶を焚くペースでしたが、今年は結構早いペースで焚き、特に、4月からは予選の7月まで16リットル缶を2缶焚いてしまいました。早い話、質より量で飛ばしました。結果、F3Aのツボが少しだけ分かりかけてきて、本選出場と相成りました。
★音楽(ベンチャーズ、ビートルズから交響曲・オペラまでみんな大好き!)
現在 ベンチャーズ同好会メンバーを募集中!
★パソコンおたく (パソコンで作曲、パソコンで演奏、仲間とメール、パソコンでシミュレーション)
★庭木の世話が好きになってきました。(年のせいなのか・・・・でも盆栽の趣味はない)

飛行機・実機
飛行機が好きだけれど、実機のあのGが嫌でしかたがありません。昔は飛行機に乗るときはうれしくてうれしくて仕方ありませんでした。特にジャンボあたりは少々の風にもユレもせず、安定感があるので安心して乗り、飛行機の各部の動きそのものを楽しみながら乗っていました。フラップあたりの席に乗ろうものなら、飛んでいる間中ずうーっと窓の外を眺め、着陸する時などはフラップがせり出してくるのを食い入るように眺めていました。しかし、ある時、小さなYS11に、こともあろうに冬の風の強い日に乗ったものだから・・・・。これまたすごかった。長島スパーランドのホワイトサイクロンどころではありません。(と言っても、怖くてそれに乗ったことがないけど。)50m以上ストンと落ちたかと思うと今度は突然50m上がりというその繰り返し。胃袋が脳天にきて、目から飛び出しそうになり、手と足は脂汗でベタベタ、呼吸困難・・・うー死ぬー!と心の中で何回叫んだことか。こういう時の時間は1分間と言えども、とても長いもの。それが、離陸の10分、着陸の20分間・・・これぞ、まさしく地獄の3丁目で、三途の川が向こうにみえたくらいでした。これ以後、旅客機は極力乗らないようにしていますが、どうしても乗らなければいけない時は、いい方法をみつけました。それば息を止めて乗るのです。(3半器官の働きが多少鈍るようです)もちろん苦しくなったらすぐ息をすって、またすぐ止めるのです。(シャックリを止める方法です!)
将来は、スミソニアン博物館、オシコシショーなど見に行きたいと思っています。(しかし、それには飛行機に乗らなければならないウーッ!)
模型飛行機
小学校の4年生の時、何気なく本屋に行って(おそらく少年サンデーを買いに行ったのでは?)偶然見つけたのが航空ファン、その後、模型とラジオ、模型と工作とかの雑誌をみつけ、それがきっかけでUコンを始めました。OS099を買ってもらいましたが、私より父の方が真剣になっていたようです。日曜日など朝から晩までエンジンをかけていましたが、「プリプリ」まではいっても一向にかかりません。仕方なく、模型屋さんにもって行き、かけてもらうと一発始動です。まったく不思議でした。マフラーのない時代だったのでやかましかったこと。しかし、あの頃のヒマシ油の燃料の臭いはたまらなくいい臭いでした。そのころの私はまさに飛行機づけで、机の引き出しの中は全部プラモで埋まっていました。机の上は滑走路でした。犬の散歩、お使いなどの時は机の上から発進。いつもブーンと飛行機片手に出かけました。そのくらい飛行機に狂っていました。それでも、飛行機関係に進もうと思わなかったのが不思議です。しかし、今でも空港に行くと胸が「キュン」と締め付けられ、この道に入っていればなぁと思う気持ちも一方にあります。
もともと実機が好きなので当然スケールが大好きです。現在もスケール機(スタンドオフ)は4機、その他未完成の状態で2機あります。しかし、スケール機は作っている時は楽しいのですが、飛ばすと1回で飽き、お蔵入りしてしまうのです。ですからできるだけスタントのできる機種(複葉機などはあまり・・・どうしてもの第2次大戦機レシプロ機)を選ぶのですが、それでもすぐお蔵入りしてしまう。で、今は専らF3A専門?でやっています。近い将来の目標はオールジャパンの本選出場(ここだけの秘密、しかし、何時のことやら・・・)。・・・・2004年、今年取りあえず念願叶いました。遠い将来は、大型で、すごく精密なF4C機(もちろん第2次大戦機、できれば日本機)をつくって、是非スケール機大会に出たいと勝手に夢を描いています。
音楽 
ピアノ
小学校3年の時に、バッハの伝記(バッハがお兄さんの所に引き取られ、月の光で楽譜を写した。まるで蛍雪の功を地でいった作曲家)に感動して、ピアノを習い始めました。やり始めたはいいけど、何がいやといっても、小学校での学芸会や教室での帰りの会の時に歌の伴奏をオルガンやピアノで弾くわけですが、その頃は男がピアノを弾いていること自体が珍しく、女みたい・・・というので、他の学級の人たちか゛教室の窓からのぞき込んだりするので、恥ずかしく、ただひたすら真っ赤な顔をして弾いていたのをいまでも覚えています。いやだと言ってやめればよかったのだけど、自己主張ができなく、何故かそのままやっていました。そういうこともあってか、それ以降の私の音楽人生は何かわけのわからないものとなったのでした。女みたいとか思われるのが嫌で、とにかくピアノは適当にマイペースになってしまいました?・・・・ウッ!もっとしっかりやっとけばよかった?人生変わっていたかも?
ポピュラー
ポピュラーのほうでは、小学校5年の時にラジオ(9500万人のポピュラーリクエストタイム・・・これが分かる人はトシです。)で聴いたビートルズに衝撃をうけ、気づいた時は、ほうきをギターよろしく抱えて、ロックのリズムでシャウトしておりました。ましてやビートルズが来日した時は武道館に行こうとは思いませんでしたが、「ウッソーッ」とただテレビをみて信じられず驚くばかりでした。しかし、今もって分からないのが、その時、なぜドリフが前座だったのか・・・・フムーッ?不思議です。中学1年生の時には、ビートルズ、ベンチャーズ、加山雄三とランチャーズ、ブルージーンズと一気にその熱がピークに達し、ひたすらグループサウンズにのめり込んでいました。加山雄三の若大将シリーズもよく観ました。特に「エレキの若大将」は最高でした。それがこうじて、友達とエレキバンドを組み、高校の時は文化祭にでました。
クラシック
クラシックのほうでは、高校1年の時には、ドボルザークの第9交響曲「新世界から」の特に4楽章に感動し、学校から帰ってはリール式のテープレコーダーをまわして、チキン肌になりながら陶酔しきって聴いておりました。その後はオーケストラにいたく感動を覚え、友達の影響も大きく、やがてマーラー、ブルックナーの交響作品にのめり込んでいったのであります。
ということで、私の音楽生活は、クラシックにポピュラーにと、あっちへいったりこっちに来たりで大忙しです。また、大学生の頃は民謡にも興味が出てきて、もう音楽のチャンコ鍋のようでした。
吹奏楽
部活では吹奏楽しましたが、サンサーンスの交響曲やリストやシベリウスの交響詩などをレパートリーとして、チキン肌になって指揮しておりました。実に至福のひとときでした。最近は切り売りばかりしていて、あまり勉強していないので、音楽の泉が枯渇してきました。自分にムチ打つように、できるだけ機会を見つけて演奏をするように心がけております。去年、突然来岐したジャズのトミー・フラナガントリオの生演奏を聴く機会があり、もう完璧に演奏に酔ってしまいました。本物はやっぱりすばらしいです。ウーッ!ジャズもやってみたいが、センス・リズム感はないし・・・・。
パソコン 
パソコン環境
富士通FMV SIV205 FMV BIBLO 36X(ノート)
EPSON PM-750C YAMAHA CD-R
EPSON GT-7000 FMV BIBLO NE65/650
SONY Handycam PC110 プロサイド社製800
パソコン環境
何だかんだと、パソコンが4台になってしまった。結局一番古いFMV SIV205はお蔵入りしてしまった。・・・で動いているのは、飛行機のシミュレーション用に買ったプロサイドの800MB、仕事用のビブロ、もう一台のビブロは故障したとき用の予備として持っているけど結局使っていない。(2002)
プロサイドの800はラジコンのシミュレーションをやっている。2002年の暮れからはじめたトルクロールが2003年のはじめに少しずつものになってきている。ムムッ・・・実際に試してみたいなという気がする。
庭木いじり
ようやく春の兆しを感じ始めました。先週の休みの日も、カイズカの肥やしをやったり、雪の重みで倒れそうになっていた木に支柱を立ててやったりで、筋肉痛で手が動かなくなってしまいました。(99年)
おかしなもので、気持ちが元気になると庭木いじりどころではないという感じですね。2001年は芝の手入れのみになるでしょう。(草引きが大変) ・・・予測通り、芝のいい加減な手入れのみでついに、庭木の剪定は人任せになってしまいました。(2002)
庭木いじりは気が向けば雑草をとったり、芝刈り機ではなく、草刈り機が芝とも雑草ともつかない庭手入れをしています。半分以上楽しみではなく義務感です。生け垣の剪定は完璧にシルバーさんにお任せになりました。1万円で結構上手にやってもらえるので渡しとしては大変ありがたくなってきました。(2003)
4人家族で、子どもが2人います。2人とも、飛行機には何の興味も示しません。私の教育が悪かった?ようです。ただひたすらサッカーに狂っています。妻もグランパスのファンでサッカー好きなので、私一人のけ者になっています。
それからもう1人(犬)の家族は柴犬のチロです。親は純粋だったようですが、どうもどっちかに混じりがあったようです。純粋の柴ではないようです。柴らしくないこの顔。まあかわいいのでそんな血統のことなどどうでもいいのですが。しかし、散歩は時々面倒になる時がありますね。以前は子どもと一緒に散歩に運動を兼ねて行っていたけど、ここ1年ぐらい前から面倒になって子どもだけで散歩させています。それはそうと、チロはなぜか2重まきシッポです。(見たい人は写真をクリック)
チロが今病気です。フィラリアです。月1回は病院で腹にたまった水を抜きにいきます。薬も一杯飲んでいます。発病してから1年たちました。治ることはないということですが、取りあえず1年元気で過ごしました。今満8才です。(H.12)
チロは元気になりました。何が良かったのかわかりません。フィラリアだと思っていたら・・・。実は薬をやめたら良くなったのです。薬の副作用なのか体全身がかゆいようです。朝から晩まで・・・果ては散歩の時も何回も座り込んでえっさえっさとかくのです。そのせいで、全身毛が抜けてとてもひどい状態になりました。医者に見せると、またそれを止める薬を出されそうだったので、もう薬をやめようということで、朝夕全部で10錠くらい飲んでいた薬をピタッとやめたら、とても元気になりました。なおったのは、まぁ薬も効いたのかもしれませんが、まぁ良かったです。 (H13.8)
折角よくなったと思って喜んでいたのに・・・・遂に来るときが来ました チロが9月27日死んでしまいました。柿畑の隅っこにお墓をつくってやりました。思い出す度に辛いですね。9年生き、完全に情が移っていました。今まで飼った犬の中で一番長かったかなと思います。最期の方は本当に元気がなく、どうしたのかなと、しゃべってどうしてほしいのか言ってくれるといいのに、と思っていたのですが。・・・・・合掌!(H13.9.27)