大会主題  自然を愛し 科学の知を築き,生かす児童の育成
研究副題  体験を軸として,科学の有用性を実感する理科学習
T はじめに
 愛知は目本列島のほぼ中央に位置し,高速道路,鉄道,港,空港をはじめとした主要な交通網が縦横に整備された一大拠点となっている。さらに,東京,大阪の中間に位置し,ともに日本の三大都市圏を形成している。この立地を生かし,工業,商業,農業がバランス良く発達し,日本経済の原動力として機能している。
 また,愛知は古来より,織田信長,豊臣秀吉,徳川家康など戦国時代の武将のふるさととして多くの人材を輩出しており,日本文化の形成にも寄与してきた。
 このように愛知は地理に恵まれるとともに,歴史や文化に育まれてきた地域と言える。
 一方,愛知は中世から近代にかけて,日本の「ものづくり」の一大拠点となっている。ものづくりの原点は絶え間ない「工夫」である。愛知は,からくり人形や,尾張の縞木綿,瀬戸・常滑の窯業,西尾の鋳物などの伝統を引き継ぎ,多様なものづくりの技を堅持し,社会環境の変化に対応する産業技術を蓄積,進化させてきた。
 このように,県内各地が長い時間をかけ,固有の技術を磨き,工夫を重ね,多様な技術が地域に根付いてきていると言える。
 現在の自動車産業,航空宇宙産業を中心とする高度な生産システムも,この多様な技術蓄積をべ一スに開花したとも言え,この持続に加えさらには新たな世代を育成する教育の一層の充実が必要である。
 この中で,愛知の理科教育では,これまでに問題解決を重視した指導とそれを支える教材開発の研究を長年続けてきた。
 平成元年度に開催した第22回全国小学校理科研究大会愛知大会では,「一人一人の児童が,興味・関心を強めて積極的に対象に働きかけ,問題解決の能力を身に付けていく指導」を追究した。その中で,学習して得た認識を生活の場に当てはめて見たり考えたりして自然への理解を深め,新たな問題を見付け解決しようと試みる児童の姿を公開した。
 その姿を通して,体験の積み重ねが自然を大切にする態度となり技能を伴った実践力となることを研究成果として発表した。
 そして,その後も実践を継続し,新学習指導要領の完全実施を目前にした平成22年には,愛知県小中学校理科教育研究協議会発表会を開催した。以来,全県下で,研究内容の交流を継続してきている。
 また,現在では,現行の学習指導要領での,言語活動の充実に注目した教育実践が展開されている。この,言語活動の充実を前提としつつ,「事象にどのように関わらせることが今後の理科教育では大切なのか」について愛知大会では強調したい。
 そして,これまでの取り組みの経過と成果を今回の第46回全国小学校理科研究大会の愛知大会で提案することにより,全国の理科教育のさらなる発展と向上を目指して,ともに学び合っていきたい。

U 大会主題
 「知識基盤社会の時代を切り拓く人間を育てる理科教育」
 この21世紀は,新しい知識・情報などが社会活動の基盤として重要性を増す「知識基盤社会」であると言われている。学習指導要領解説では,「知識基盤社会」を,新しい知識・情報・技術があらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す時代であると定義付け,知識基盤社会の特質として次の4つを挙げている。
 ○知識に国境がなくグローバル化が一層進む。
 ○知識は日進月歩であり,競争と技術革新が絶え間なく生まれる。
 ○知識の進展は,旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く,幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる。
 ○性別や年齢を問わず参画することが促進される。
 「知識基盤社会」においては,「生きる力」を育むという理念はますます重要であり,「自ら問題を見い出し解決しようとする主体性」「新しい知識を形成していくための思考力」などが求められる。
 学習指導要領の中核をなす「知識基盤社会」をキーワードに,これからの時代を切り拓いていく人間を育てることを目指し,平成21年度の東京大会から提案されている内容を引き継ぎ,大会主題を「知識基盤社会の時代を切り拓く人間を育てる理科教育」とした。

V 愛知大会研究主題
 「自然を愛し科学の知を築き,生かす児童の育成」

1 大会主題を受けて
 「知識基盤社会の時代を切り拓く」ためには,どのような力を備えることが必要なのであろうか。
 技術革新が絶え間なく生まれる社会では,自ら問題を見い出し解決しようとする態度や能力が大切になってくる。そのためには,小学校の理科学習では,なによりも自然の事物・現象に親しみや愛着をもつことを目標にしたい。
 理科学習において,自然を科学としてとらえ直していく活動を通して,児童が自然の巧みさや面白さを知るとともに,それらをうまく生かすことで人間の営みがより豊かになっていることに気付くことが必要である。このような理科学習を通して,自然を対象とする学びに意義を感じた児童は,疑問や気付きから自ら問題を見い出すとともに,身近な自然の事物・現象に関わり続けようとする主体性を身に付けていく。そして,このような児童は,競争と技術革新が絶え間なく生まれる社会の中でも,主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与できる人間へと成長していけると考える。
 また,パラダイムの転換が行われる社会では,新しい知識を構築するための思考力が大切になってくる。小学校の理科学習では,体験的な活動を軸として,生活経験から得られた素朴な概念を整理された知識へ高めたり,新たな知識や概念を創造したりできることをねらっている。児童は得られた知識を整理し,新たな概念を構築していく。その過程で,柔軟な思考力が身に付く。そして将来,パラダイム転換の問題に直面したときに,既知であれ未知であれ,ふさわしい知識を選択し,見通しをもってそれを解決し,乗り越えていくことができるようになる。つまり,身に付けた知識を生かすことができる人間に成長していけると考える。

2 愛知大会研究主題について
 愛知大会研究主題で育成を目指す児童の姿について提案する。
「自然を愛し」
 愛知県は,大都会と豊かな自然とが混在し,また,ものづくりのさかんな地域でもあり,児童の周りには,理科の学習対象となる事物・現象やそれらを活用したものが多様に存在する。そして,児童は日々の生活の中で,それらを使っていたり,それらに関わっていたりしている。しかし,児童はそれらを理科の学習対象として意識したり,それらに自ら目を向けたり,主体的に関わったりすることが十分にできていない現状がある。
 理科の学習は,自然の事物・現象との出会いから始まる。その出会いを出発点として,児童は,自然から問題を見出し,自然を見っめ直すことで問題を解決していく。それらの過程において,学習内容である科学が,身近な生活に生かされていることを知ったり,自分の生活を豊かにするために役立つことに気付くことで,自然の事物・現象に興味・関心をもち続けることができ,自然を愛する心情が育まれるのではないだろうか。
 「自然を愛し」とは,理科学習の対象としての事物・現象に興味・関心をもち,新たな問題に直面した際にその解決を図ろうと,自然の事象とさらに関わり続けようとする心情であり,態度である。

「科学の知を築き,生かす」
 児童は,自ら問題を見出し,その解決に向けた意図的な活動に仲間とともに取り組むことで,素朴な見方や考え方を科学の言葉を使って説明できる科学的な見方や考え方にまで深めていく。そして,獲得した知をより豊かな生活のために活用できるものへと高めていく。これら一連の学習を,認知的な側面から「知を築き,生かす」とし,知識基盤社会の時代を切り拓くために必要であるととらえた。
 ここでいう「知」とは,与えられた単なる知識ではなく,問題解決の過程を通して築かれる「既知と関係性をもった必然性のある知識」ととらえる。あえて「科学の知」と使うのはこの「知」が問題解決の過程を通して,科学的な言葉で説明することができるようになったことを意図するからである。
 「築き」とは,児童が今までもっていた知識と学習によって獲得した知識を整理・統合して,応用したり適用したりできるものへと,新しく創造したり,創り変えて更新したりすることである。このような創造や更新には,順序性はなく絶え間なく繰り返し行われることから,創造したり更新したりすることを「築く」と表現する。
 「生かす」とは,「科学の知」を基にして身近な自然や生活に働き掛けることである。児童は,体験をきっかけとした問題解決から,「科学の知」が身近な自然や生活と関わりがあることを認識する。さらに,身近な自然や生活と関わる中で,科学的な見方や考え方を用いることや,築かれた「科学の知」で説明できることで,学んだことの有用性を感じる。この経験を通して得た成就感や感動は,身近な自然や生活に「科学の知」を基にして,積極的に働きかける姿として現れる。
 以上のことから,平成25年度の愛知大会では研究主題を「自然を愛し科学の知を築き,生かす児童の育成」とし,「事物・現象に関わり続けようとする心情をもち,創造・更新した科学の知を基にして自然や生活に積極的に働き掛ける」児童の姿を追い求めることとした。「愛」と「知」によって未来を切り拓くことを願って。

W 愛知大会研究副題
 「体験を軸として,科学の有用性を実感する理科学習」
 愛知県のこれまでの実践では,平成21年から,問題解決を通して実感を伴った理解を図る体験活動を取り入れて実践を行ってきた。その結果,児童の実感を伴った理解を図る上で一定の成果をあげることができた。しかし,実践後の児童の実態を調べてみると,自然の事物から問題を見出し,その問題を主体的に解決しようとするものの,科学の知を身の回りの生活に生かそうとする姿にはたどり着いていないことが分かった。
 そこで,この解消に向けて着目したキーワードが,「有用性の実感」である。平成20年1月の中央教育審議会答申の中で,「理科を学ぶことの意義や有用性を実感する機会をもたせ,科学への関心を高める観点から,実社会・実生活との関連を重視する内容を充実する方向で改善を図る。また,持続可能な社会の構築が求められている状況に鑑み,理科についても,環境教育の充実を図る方向で改善する。」と,有用性の実感について言及している。(→平成24年度学習状況調査の分析結果に合わせて変更していく。)
 副題にある「科学の有用性」とは,身に付けた科学の知が人の生活や身近な自然と関わっていたり,役立っていたりすることである。これまでの多くの取り組みでは,答申(または全国学力・学習状況調査の分析結果)に述べられているように,児童が科学の有用性を実感できていないと指摘されている。これにより,理科で学習したことを,理科室や野外という状況を離れ,生活の中で見直したり,規則性などを適用させてみたりするような学習指導の充実が求められている。
 これら科学の有用性を児童が実感するのは,問題解決の過程で身に付けた科学の知を用いることで,自然現象が説明できるようになったり,生活をよりよいものへと高めることができたりしたときである。このように,科学の有用性を理科学習において実感することができれば,目指す児童像に近付くと考えた。
 また,「有用性の実感」を考えた場合,教材を身近な自然を取り入れたものにしたり,児童が活用できる地域素材や社会施設などを学習対象にしたりするなど,児童が直接関わることが有効であると考えた。
 そこで,もう一つのキーワードとして着目したのが「体験」である。身近な自然や身の回りの自然素材に直接働き掛けることで,児童は,関わり続けようとする心情をもち,築いた知を基にして,自然や生活に積極的に働き掛けることができると考えたからである。
 さらに,有用性を実感するための「体験」の内容について考える。児童の周囲には,現在多くの情報があふれている。このような現状の中,情報に触れることで,知っているような錯覚に陥り,「体験」で得た事実に基づいて判断しようとしない児童の姿が見られる。そこで,「体験」で得たデータの意味や価値を子ども自身が判断しながら追究する,言わぱ「自分事」の問題解決となるようにしていく。このような内容の「体験」を指導に組み込むことは,事象から直接学ぶ理科学習にとっては必要不可欠であると考える。
 「体験を軸とする」とは,体験を取り入れることを基盤に,取り入れる体験の教材化を図り,その効果的な位置付けを吟味して各単元を構成する,という教師側の意図を表したものである。
 こうした体験を軸とした理科学習を通して,「科学の有用性」を実感した児童は,「分かれば分かるほど自然ってすごい」「この現象はそういうことだったんだ」「身近な製品にも使われているんだ」「賢く利用しているね」などと,理科学習は自分たちの生活と深く関わり,将来にわたって必要な学びであるとの思いをもつことができる。そうすることで,主題である,「自然を愛し,科学の知を築き,生かす児童」に追ることができると考えた。

X 研究内容について
1 科学の有用性を実感するための「体験」
 科学の有用性とは,身に付けた科学的な概念(科学の知)が人の生活や身近な自然と関わっていたり,役立っていたりすることととらえている。このような科学の有用性を児童が実感することができるようにするための「体験」の具体を,どのように構想していくのかについて述べる。
 まず,「体験」を通して「知」が築かれる児童の思考の過程に注目した。そして「体験」については,科学の知を築くという認知面に加え,自然や生活に積極的に働き掛けたり,関わり続けようとする心情面の高まりにも焦点を当てることにした。心情面と認知面を絡めた学習の実現により,児童の記億は,エピソードに支えられた確実なものとなるからである。
 このようにして築かれた「知」こそ,身近な事象や生活の中で生かすことができるものとなり,身に付けた「知」が人の生活や身近な自然と関わっていたり,役立っていたりするという科学の有用性を実感することにつながると考える。
 そこで,科学の有用性を実感するための体験については,「自然のしくみは,こうだったんだ」などの事物・現象の性質や働きや規則性などについての認知的な側面と,「自然って,すごいね」などの心情的な側面の両面の児童の姿に注目する。そして,問題解決を続け科学の知を築いていく中で,児童の心情が揺り動かされ,「分かれば分かるほど自然ってすごい」「この現象はそういうことだったんだ」「身近な製品にも使われているんだ」「賢く利用しているね」などと,科学の有用性を実感していく児童の姿を目指していく。

2 体験を軸とするために
 有用性を実感する体験を軸とするために,まず,取り入れる体験の教材化を図り,次にその効果的な位置付けを吟味して各単元を構成していく。本研究では,効果的な体験を構想し教材化すること,体験を効果的に位置付けることの有効性を踏まえ,「体験の教材化」と「体験の位置付け」について,その効果的な在り方について探ることとし,それぞれにおける視点を次のように提案する。
(1) 体験の教材化の視点
 事物・現象の性質や働き,規則性などの認知的な側面はもちろんのこと,「どうしてそうなるんだろう」「やっぱりそうなんだ」などと,心情的な側面についても科学の有用性を実感できることを念頭に体験の教材化を行う。そのために,学習したことが人の生活や身近な自然と関わっていたり,役立っていたりすることを児童が意識できるような体験を構想する。そこで,教材化を図る際の「体験の教材化の視点」を@〜Dのように考える 
 @ 地域素材や身近な素材と直接触れ合う体験
 A 科学の知を生かしたものづくり体験
 B 社会施設や企業と連携・活用した体験
 C 環境学習など,複数の単元を相互に関係付ける体験
 D エネルギーなど,系統性を意識した体験

@ 地域素材や身近な素材と直接触れ合う体験
 児童にとっていつも接している地域の自然や素材を地域素材,児童の日常生活に身近に関連させることができる素材を身近な素材ととらえ,それらと直接触れ合う体験の教材化を図る。
 児童が日々生活する地域や日常の生活には,科学的な側面から見ていくと,その巧みさや面白さに気付き,それらをうまく生かすことで人の営みが豊かになる素材が埋もれている。
 例えば,児童の生活の場に都市型の河川があれば,護岸工事と蛇行や堤防と氾濫原などの様子が観察できる。5年「流水の働き」では,護岸工事をした蛇行した河川に実際に出かけ,河川の様子を調べる体験が考えられる。曲がった河川の外回りは鉄板やコンクリート壁で補強されていることや,内回りの砂州は広場になっており,その中には東屋が建てられていることに目を向けさせる。この様子を防災の視点から見つめ,問題を解決するために流水模型をつくり実際に大量の水を流す実験をする。そうすれぱ,防災に科学の知が生かされていることが実感できる体験となる。また,児童の生活の場に和菓子屋があれぱ,和菓子職人の「あめづくり」の場に立ち会う体験が考えられる。5年「物の溶け方」の問題解決の過程で身に付けた科学の知を生かし,砂糖が湯に溶ける時に見せる性質を巧みに使った「あめづくり」を体験として取り入れることができる。
 さらに,4年「季節と生き物」の学習を通して「生物には生育に適した温度がある」という科学の知が築かれたことを生かして,身近に見られる食品と関連した酵母菌やヨーグルト菌などの生物の働きに目を向けさせたり,腐敗と冷蔵の関係を調べる体験をさせたりすることも考えられる。また,自然界で菌類が果たす役割を視点に,生物のつながりの基盤を支えている菌類の様子を調べる体験を発展的に取り入れることにより,「人の生活は多くの菌類の働きをうまく利用している」という科学の知と生活のつながりに目を向けさせることもできる。
 このように地域素材や身近な素材という視点から教材化し,直接触れ合う体験として単元に位置付ける。これにより,理科で学んだことが日常の生活に生かされていたり,地域の自然と結びついていたりすることを実感し,科学の有用性を感じることができる。そこで,「あっ、理科で習ったことが身近な自然の中にあるんだ」と改めて発見したり「やっぱりそうなんだ!身近な生活の中にも,ちゃんと科学が生かされているんだ」と納得したりするような,科学の有用性を実感する児童の姿を目指し,体験を構想する。

A 科学の知を生かしたものづくり体験
 科学の有用性を実感するための「体験」を教材化する視点として,ものづくり体験の教材化を図る。ここでいうものづくり体験は,理科の学習を通して築いた科学の知を使って試行的にものをつくったり,現在あるものを改良して新しいものをつくったりすることである。
 ものづくり体験には,ものをつくりながら自然の事象・現象の性質や働き,規則性などを確かめたり,当てはめたりして科学の知が生かされていることに児童の目を向けさせることができる良さがある。
 例えぱ,3年「磁石の性質」では,磁石の性質をつかって,リニアカーを作り,実際に走らせながら改良する体験を行う。同極がしりぞけ合い,異極が引き合う性質を活用し,並べた磁石のレールの上を浮上し移動する装置を作るなど,科学の知を生かしたものづくりを行う。
 この他にも6年「電気を利用した物」では,電気をつくること,ためること,光や熱,音,力などに変換できることを生かし,今ある物をより便利に改良するためのものづくりを体験させる。ここでは,ペルチェ素子を使って,小型冷蔵庫をつくり,ものの温度を下げるために電気が実際に利用できることを体験する。
 ものづくり体験を通して,児童は「理科の学習で学んだことを使って,便利なものがつくれるぞ」「学んだ規則性が,身の回りの道具に使われているなんてすごい」との思いをもつ。
 このように科学の知を活用したものづくりをすることによって,身の回りの生活と科学の知が結びついていることに気づき,科学の有用性を実感できると考える。

B 社会施設や企業と連携・活用した体験
 体験の教材化の一つとして,質の高いさまざまな展示物や学芸員の専門一性を生かした体験ができる,社会施設である「科学館」との連携や活用を考えた。科学館の展示物を使った学習や学芸員との連携により,学んだ科学の知を身の回りのことに広げることで,身の回りのことが説明できたり,身の回りで生かされていることを知ったりすることで,科学の有用性を感じることができると考えた。
 例えば,3年「ものの重さを調べよう」において,「体積が同じでも重さの違うものがあること」を比較によりとらえた児童が,科学館で,「14種類の材料でできた立方体」や「自転車の重さ比べ」の展示物に触れることにより,学校で学んだことが身の回りのことに当てはまることや,生活に生かされていることを知ることができる。それにより,「やっぱりこれもそうなんだ」「こんなところに生かされているんだ」ということを実感することで,科学の有用性を感じることができる。
 また,5年「生命のつながり(4)−人のたんじょう−」において,一通り学習を終えた後に,科学館の展示物「生命のサイクル」を見学したり,疑問に思ったことを学芸員に解説してもらったりすることで,学校で学んだことを,より深く理解するとともに,自分に当てはめて考えることができるようにする。それにより,「人間の命は巧みなつくりと働きに支えられているんだ。すごい」というように,自然の仕組みの巧みさや生命のすばらしさを実感し,科学の有用性を感じることができる。
 このように,社会施設との連携や活用により,学校での学習を身の回りのことに広げていくことで,「理科で勉強したことは他にも当てはまるんだ」「理科の勉強をして,自然のすぱらしさが分かった」などと,学校の学習だけではとらえることができない科学の有用性を感じることができる。

C 環境学習など,複数の単元を相互に関係付ける体験
 環境学習を柱として複数の単元を相互に関係付ける体験の教材化を図る。これにより,各単元の学習によって築いた科学の知が身近な環境と密接に関わっていることに気付くとともに,科学の知を活用して身近な環境に関わらせることができると考える。
 また,体験の中心となる環境学習で扱う体験の内容を,例えば「地域を流れる川」などと定めてから,それまでの学習で身に付けた概念を基に川に関わらせるように体験を構成する。つまり,「これまでに学習したことを生かして川を見つめ,関わろう」などと働きかけ,身に付けた概念が,川と関わる体験で活用できることを意識させる。
 例えぱ,6年「水溶液の性質」では,水溶液は酸性,中性,アルカリ性があることなどを学習する。このことを生かして「川の水質検査」を行う体験をする。さらに「土地のつくりと変化」で身に付けた土地のでき方での学習内容を基に,東日本大地震発生時の津波による川の水位の変動を示すデータから,防災のためには「堤防の高さをどれぐらいまで高めることが必要か」について調べる体験も構想する。
 さらに,5年で行った,物の溶け方の学習を基にした「川に溶けている物」を調べる体験を構想する。また,6年の3月では「生物と環境」で行う,生物と水の関わり,食べ物による生物同士の関係を調べる学習を行う。この学習では,「川の水質とそこに住む生物との関係」「川の中での生態系」を調べる体験を構想する。
 このように,環境学習を柱にし,これまでに身に付けた科学の知が身近な環境と関わっていることに目を向けたり,科学の知を活用して身近な環境を考えたりする体験を構想する。これにより,理科で学習したことは,身近な環境を調べたり,考えたりするために生かすことができるという科学の有用性を実感することができる。さらに,「理科で学習した物の性質や生き物についての知識は,
身の回りの環境の様子を探るために役立つ」というような,科学の有用性を実感する児童の姿を目指すことができる。

D エネルギーなど,系統性を意識した体験
 エネルギー領域に着目し,学年間の系統性を意識した体験の教材化を図る。エネルギー領域の単元については,3〜6年の各学年に位置付いているため,各単元で築いた科学の知を,学年を越えてつながりのある概念として形成することができる。そして,エネルギーに関する科学の知が生活の中で活用されていることに児童の意識を常に向けることができると考える。
 また,体験の中心となる内容を,例えぱ「車作り」などと定めてから,その単元で学習して身に付けたエネルギーに関する科学の知を基に車を走らせることに児童の目を向けさせる。さらに,「車を○○のエネルギーを使って走らせよう」などと,各単元で扱うエネルギーに関する科学の知を活用すると車を走らせることができるという体験を通して,物を動かすために各単元で身に付けたエネルギーに関する科学の知が活用できることを意識させる。
 例えば,4年「空気と水の性質」では,空気は押し縮めることができ,元に戻ろうとする性質があることや,水は押し縮めることができないことなどを学習する。このことを生かしてペットボトルカーを作り,それを走らせる。また,「金属・水・空気と温度」の学習では,学習したことを生かして,水蒸気カーを作り,走らせる体験ができる。これらの体験は,3年で行った,ゴムや板の弾性のエネルギーを活用して走らせた車の学習での体験とつながり,5年での,電流の働きを活用したモーターカー作りの学習へと系統的につながっていく。
 このように身に付けたエネルギーに関する科学の知に関わる体験を系統的に各学年に構想する。これにより,エネルギーに関する科学の知が身近な生活の中で常に活用されているという科学の有用性を実感することができる。さらに,「エネルギーは物を動かすために生活の中で,いつも活用されている」というような,科学の有用性を実感する児童の姿を目指すことができる。

(2) 体験の位置付けの視点
 教材化した体験を,単元に,どのように位置付けることが効果的なのかについての考え方を明らかにする。事象の変化と児童の思考活動との関係に注目し,最適だと思われるタイミングで体験を行うことが効果的である場合もある。また,問題把握から活用・応用に至るまでの,問題解決の場面に応じて体験を位置付ける場合もある。さらに,複数の単元内で関連した体験をさせることで,単元の指導内容の関連性を基にした体験の位置付けをすることも期待できる。
 実生活や身近な自然との関わりがより明確となり,教材化した体験によって科学の有用性を実感できるように,「体験の位置づけの視点」として次の@〜Bを考え,体験を単元に効果的に位置付ける。
 @ 事象と児童の関係に応じた位置付け
 A 問題解決の場面に応じた位置付け
 B 指導内容のつながりに応じた位置付け

@ 事象と児童の関係に応じた位置付け
 事象によって,常に変化する事象もあれば,変化が緩やかなものもある。事象の変化に合わせて,繰り返し関わる,一定の期間をおいて関わるというように体験を位置付ける。また,事象によっては,その事象を扱う体験から得られる児童の意識の変化に合わせて,繰り返しあるいは一定の期間をおいてから次の体験を計画した方が良い場合もある。このように,事象と児童の関係に応じて体験を位置付ける。
 例えば,6年「土地のつくりと変化」では,学区の露頭の観察から学習を始めていく。ここでは,事象に触れる体験から得られた児童の意識の変化に合わせ,繰り返し体験を位置付ける。最初の観察で児童は地層を構成する物として「砂,礫」などに出合う。そして,その粒の大きさの違いに注目した上で,地層の広がりを観察する。これにより,児童は「地層は奥まで続いている」という事実に気付く。さらに,ボーリング資料を基に地層が何層にも重なっていることに着目して調べ「私たちの住んでいる土地は,長い期間にわたる流れる水の働きの中で,繰り返し作られてきた」という概念を形成する。このように,何度も学区の露頭や資料に触れる体験を位置付けることにより,土地のでき方について学習した内容が自分の足下の土地と結びついていることに目を向けることができると考える。
 例えば,4年「季節と生物」では,春から夏にかけての身近な動物や植物の観察や実験を通して「気温が高くなるほど生き物の活動や成長が活発になる」という概念を形成する。そこで,気温の変化と生き物の活動の様子を関係付けて比較できるようにするために,季節の進行に合わせて一定の期間をおき,変化の様子が顕著に表れた時に体験を位置付ける。そして,さらに観察対象を継続して観察し,秋から冬にかけて生き物が変化する様子から,「このまま気温が低くなるとどうなるか」という新たな問題をもたせる。そこで,気温と生物の変化の様子を観察する体験を行い,学習したことが身近な自然に関わっていることを再認識し,生き物の生活の様子は,気温との関係で説明できるようになると考える。

A 問題解決の場面に応じた位置付け
 問題解決のどの場面に体験を位置付けるのが効果的であるのかということに着目し体験の位置づけの視点を考える。問題把握の場面で身近な自然から学習問題を設定するような体験をしたり,問題解決の場面で自作の器具を使つて調べる体験をしたり,活用・適用の場面で身近な自然に当てはめたりするなど,体験の具体に合わせて,問題解決の場面に応じて体験を位置付ける。
 例えぱ,4年「電池のはたらき」では,光電池が日常生活の様々な場面で活用されていることに気付かせることにより,科学の有用性を実感させたい。そこで,活用・適用の場面として,単元の最後に,近隣にある科学館の学芸員から光電池の様々な利用に関わる話を聞いたり,実際に活用されている場面を見学したりする。それにより,学習内容と学芸員の話,見学したことが結びつき,光電池が生活に生かされていることに目を向けることができると考える。
 また,4年「天気と気温」の問題把握の場面において,学校と学校の近くにある川の気温の違いを調べるという体験を位置付ける。これにより,児童は,気温の違いは水の有無に関係があるのではないかという問題をもつことができる。継続観察とモデル実験により,問題を解決できた児童は,川の水が蒸散し気温上昇が抑えられる事実から,川の近くの場所での気温変化についての理解を深めることができると考える。

B 指導内容のつながりに応じた位置付け
 複数の単元で扱う指導内容につながりをもたせた指導を構想する場合がある。この場合,単元を越えて,共通した体験を各単元に位置付けたり,ある単元で学習した内容と関連させた体験を新たに別の単元内に位置付けたりする。このように,単元を越えて,つながりのある概念を構築することを通して科学の有用性を実感することを狙い,各単元で扱う指導内容のつながりに応じて,単元を越えて共通したり関連したりする体験を位置付ける。
 例えば,エネルギー領域の学習では,「車を作り走らせる体験」を共通した体験として,学年を越えて複数の単元に位置付ける。4年「電気の働き」では,乾電池のつなぎ方や,光電池の働きにについて学習する。この内容を生かして,車を作り走らせる体験を単元の終末に位置付ける。この体験は,3年で行ったゴムや板の弾性のエネルギーを活用して車を作り走らせた体験からつながり,5年での,電流の働きを活用したモーターカーを作り走らせる体験へとつながっていく。このように,エネルギー領域の単元の終末に共通する「車を作り走らせる体験」を位置付けることにより,身近な生活の中では,学習した様々なエネルギーにっいての考え方が活用されていることに児童の目を向けさせることができると考える。
 例えば,環境学習については,6年で複数の単元に「環境を調べる体験」を関連した体験として位置付ける。「土地のつくりと変化」の学習では,地震の津波による川の水位変化の記録を基に,学区を流れる川の周辺の地形を防災という視点から調べる体験を位置付ける。この体験は,「水溶液の性質」の学習で身に付けた,水溶液の液性を基にした川の水質検査をする体験,「生物と環境」の学習での,川の水と生態系を調査する体験と関連させて位置付ける。このように,複数の単元に「環境を調べる体験」を位置付けることにより,環境を調べたり考えたりするために,学習した内容は役立つことに児童の目を向けさせることができると考える。