隊長は、おばあちゃん子だったので、今までにも何回かお金を借りたことがある。
しかし、オバーに少しお金を借りただけで「みなこさん(嫁さんだ)、アキがまたお金をせびりに来たえ〜」と言いふらすのは、なんとかして欲しいものだ。
今回は、その中でも一番多くお金を借りた時の話なのだ。
隊長は、家族でモトクロスをやっている。
45才にもなっているのにバリバリの現役で(本人は、そう思っている)その上、長男と次男もレースをやっている。
動くバイクだけでも、’04CRF250,’05CRF250,’06CRF250,’04CR85,’05KX65と5台もある。
その他に、部品取りのバイクもあるから、倉庫の中は大変だ。
オカーは、倉庫を見るたびに、こんなオンボロバイクは、捨ててこいと怒っている。
いったい、いくらバイクに掛けたかは怖いので、計算したこともない。
中古で買ったものも多いが、レースの費用なども考えると凄いことになっていると思う。
隊長は、酒もたばこも賭事もやらない、すごくまじめな生活を細々と続けている。
しかし、これを人に自慢すると、横からかあちゃんが真剣な顔で言う。「みんなやっている方がよっぽど、経済的よね!」
「そのとーり!」隊長んは、おどけて相づちを打つが、顔は引きつっている。悲しい現実だ。
でも、後悔は全然していないのだ。やりたいことを家族で出来る、こんなしあわせはないと思っているからだ。
かあちゃん、しあわせはお金では買えないのだよ!
もちろん、隊長家は共働きだ。(しかも、かあちゃんの方が収入はだいぶ多い)
しかし、大きなものを買うときは、それでも足りないことがある。
おなかの大きなかあちゃんにとって、「小さな子を連れてのレース転戦は、大変だと思い」キャンピングカーを買ったときのことだ。
(隊長家は、長い間、キャンピングカーに牽引という形でレースを転戦していた)
バイクやレースの費用だけで精一杯なのだから、お金はない。(もちろん貯金もない)しかし、隊長には名案があった。
オバーが、金を貯め込んでいるのを知っていたのだ。
隊長は、おばあちゃん子で、このオバーに育てられたようなものだったので、オバーの性格は、よく把握していた。
隊長は提案した。(その時、オバー85歳)
「オバーの定期預金を解約して350万かしてくれ、そうすれば、オバーが死ぬまで毎月5万ずつ返すから」
そして追い打ちをかけるように言った。
「定期なんて持っていても、どうせ使わないだろ、それより毎月5万ずつ、現金でもらえた方が好きなことに使えるぞ、
もうそう長くないんだから、貯め込んでもしょうがないよ」
こういうときの隊長は、口が上手いのだ。
「そうだなー、わしもそう長くないしなー」オバーも納得してくれた。
そして、車を下取りに出し、オバーの定期を解約して、隊長は一円も現金を持ち出すことなくキャンピングカーを手に入れた。
かあちゃんも喜んでくれた。 「完璧だ、俺はなんて天才なんだ!」隊長は勝ち誇っていた。
オバーも毎月、5万ずつもらえて喜んでいた。隊長の提案で、みんながしあわせになったのだった。
しかし、ここで隊長の人の良さが出てしまった。
当初は、6年で返す予定が、あまりに早く死んでは夢見が悪いと思い、ボーナスなどに多めに返して4年で350万を返してしまったのだった。
それからも、当然のようにオバーは月初めになると手を出すのだ。
そして言うのだ。 「もう、死ぬのを忘れたえー」
まさにその通りで、毎年元気になっていくオバーを見て、隊長は自然の神秘を思い知らされていたのだった。
かあちゃんは言った。「サラ金に借りた方が安かったじゃない?」
「そのとーり!」隊長は、おどけて相づちを打つが、顔は引きつっていた。
そんなオバーが、93才になったときに、急に腹痛を訴えて、救急車で市民病院に運ばれた。
腹膜炎ということで、緊急手術しなければ助からないだろーということだった。
しかし、こんな高齢では、手術に耐えられるかどうかも分からないと医者は言っていた。
隊長は、オバーに聞いた。「どうする?手術するか、薬で痛みだけ取ってもらうか?」
オバーは、しっかりとした口調で言った。「手術するでー」
手術が終わり、集中治療室で、人工呼吸器を付けているオバーは小さく見えた。
意識が戻ったオバーに隊長は手を握って言った。「オバーは、まだ死なんぞ」
苦しそうにしているオバーを見て、もう少しなら5万ずつ払ってもいいと思ったのだった。
その2週間後に、オバーは元気になって退院した。それまでの市民病院の手術の記録(88歳)を大幅に更新して。
「あの時に、おしがオバーはまだ死なんて言ってくれたら、死なん気がした」。
だいぶ痩せたが、元気になったオバーを見たら、「まあいいか!」って気になった。
オバーは、毎朝、散歩をする。
この前、早朝からオートバイの整備をする隊長に、会うなり言った。
「おしは、お気楽でいいなー」
何で、俺が、100歳のオバーに朝一番でこんな事を言われるのだ。
隊長は、休みの日でもなかなか出来ない整備を仕事前にしていたのだ。
「あ〜あ、死ぬのを忘れたえー」あくびをしながら立ち去るオバーを見て、半分妖怪になりかけていると感じた一瞬だった。
そして、あんな事(まだ死なんぞ)を言わなければ良かったと、ちょっと後悔する隊長であった。