実験だー(5)

小学校1年生の頃、アーム筆入れが発売された。

隊長ぐらいの年頃なら知らない人はいないと思うが、とにかくこの筆入れのコマーシャルのインパクトは凄かった。

なんてたって「象が踏んでも壊れない!」がキャッチコピーであり、実際にコマーシャルの中でも象がアーム筆入れの上を歩いていた。

なんでそこまで筆入れに強度を求める必要があるのか?とか、そもそも小学校には象なんていない!なんて事を言うヤツは一人もいなかった。

このコマーシャルは、「壊せるものなら壊してみろ!」という全国の小学生に対する挑戦状だったのだ。

もちろん、この挑戦を隊長は受けた。

しかし、肝心要のアーム筆入れがなかった。

だいたい、小学校1年に入学する時にほとんどの子は、筆入れを買って貰う。

なにもアーム筆入れではなくても、普通の筆入れでも何年か持つものだ。

象に踏ませてまで強度を追求するあまり、アーム筆入れはいかにも丈夫そうな無骨な格好でとても形を見て買いたくなるのもではなかった。

そう思うと益々アーム筆入れの存在理由が分からない。

しかし、このコマーシャルは大成功した。

アーム筆入れは飛ぶように売れたそうだ。

そして、ついに隊長のクラスでもアーム筆入れを買って貰った子が出た。

のぶちゃんだ。

のぶちゃんちは、ちょっとこじゃれていて、ちょっとお金持ちだった。

のぶちゃんが、アーム筆入れを初めて持ってきた時は、大変だった。

みんながのぶちゃんを取り囲み、口々に「すげー、すげー、すげー!」とはやしたてた。

のぶちゃんも心なしか、鼻の穴が広がって自慢気だ。

しかし、みんなは禁断の言葉を出せずに困っていた。

本当に象が踏んでも壊れないか?実験したいのだ。

しかし、この実験にはもう一つの結果が待っていることをみんなは知っていた。

もちろん、象なんて小学校にいるはずはないが、強度実験ならいくらでも出来る。

そして、もし俺たちが象に勝ってしまったら、即ち筆箱が壊れると言うことも・・

買って貰ったばかりの筆箱を壊すかもしれないこと、またその後ののぶちゃんの身の上を考えれば誰も禁断の言葉を言い出せずにいた。

しかし、のぶちゃんの大きくなった花の穴を見ているうちに、とうとう隊長は我慢しきれなくなって叫んだ。

「実験だー!俺たちが勝つか、象が勝つかだ〜!」

誰かのこの一言を待っていた友だちたちはもう止まらなかった。

「やろうぜー、のぶちゃん!」「象に負けて悔しくないんか〜!」

今考えると、象はただ筆箱を踏んで歩いただけだ。

しかし、きっと全国の小学生たちにも同じように叫んでいたであろう。

始めは、少し戸惑っていたのぶちゃんだったが「のぶちゃん、のぶちゃん、やろうぜ、実験だ!」と口々に言われて

もうどうすることも出来なくなった。

きっと、新興宗教や悪徳商品販売なんかはこうやっているんだろうな〜。

「やるわ、おれ」

ついにのぶちゃんが決断した。

「おー!」凄い歓声が上がった。

のぶちゃんは、さっきまでの不安な表情がいっきに消えて挑戦者の顔になっていた。

「よし、まずオレが机の上からジャンピングドロップを食らわしてやる!」

やはり言い出しっぺの隊長がやるしかない。

机の上に載るとアーム筆入れめがけて飛び降りた。

「ガッツン!」凄い音がした。「グオオオオオー」とのたうち回る隊長。

しかし、誰も隊長のことなんか心配せずにアーム筆入れを覗き込んでいた。

割れてないどころか、傷ひとつついてなかった。

「すげー、すげー、すげー、すげー!」と言う声が、教室にこだました。

「オレにもやらせてくれ」「次はオレだ!」

次々にジャンピングドロップをする仲間たち。

その数々の挑戦をものともしないアーム筆入れ。

「象が踏んでも壊れない!」というキャッチコピーはダテではなかった。

「オレもやる」ついにのぶちゃんまでもジャンピングドロップだ。

「しょうがない!」隊長は、そう言うと机を運んできた。

「この机の脚に敷こう!」そして、隊長が乗って跳ねてみた。

アーム筆入れはびくともしなかった。

「もっと乗れ!」という合図で二人の友だちが机の上に乗った。

これで3人が机に乗ったことになる。のぶちゃんの表情に不安がよぎった。

「よし、みんなでジャンプだ!」隊長の合図でみんながジャンプした。

「壊れてな〜い」「すげ〜、すげ〜、すげ〜、すげ〜、すげ〜!」

のぶちゃんの顔には、勝者の笑みが出ていた。

「負けたのか、オレたちは、象に負けてしまったのか!」

誰もがそう感じ始めた時、隊長は動いた。

アーム筆入れを下敷きにした机の回りに、いくつも机を敷きみんなに命令した。

「みんな、回りの机に乗っていっきに真ん中の机に乗ろう!」

「おー!」みんなの心に一筋の光が見えたのか、心がひとつになるのを感じた。

いったい何人が机の上に乗ったのだろう。

そして、次々と真ん中の机に飛び乗っていった。

「く・る・し・い〜〜〜〜」一番下の隊長が呻いた。

その時「ピッッ」と小さな音がした。

「もっと乗れ〜〜〜〜〜〜!」隊長は、根性で呻いた。

「バキッ!」今度は、はっきりと誰にも聞こえた。

「あ〜!」というのぶちゃんの情けない声は「キャッホー、ヤッター!」いう隊長たちの声にかき消された。

みんなは象に勝った!という満足感に浸っていた。

教室中が燃えていた。そしてひとつになっていた。素晴らしい瞬間だった。

アーム筆入れを持って泣きそうな顔になっているのぶちゃんに気づくものは、もはや誰もいなかった気がした。

次の日、のぶちゃんは、アーム筆入れのような無骨ではない、しゃれこけたかっこいい筆入れを持ってきていたのだった。

ホント、罪作りなコマーシャルだった。