[鎖骨だ〜]('08/2)

 今回も父ちゃんの不幸自慢だ。
’06年の7月には、髄膜炎で生まれて初めての入院、2ヶ月以上もバイクに乗れなかった。
20歳でハスラー50に乗り始めてから、こんなにバイクに乗らなかったのは26年間で初めてだった。
’07年の6月にも太ももを痛めて二月近くバイクに乗れなかった。
しかも、この太もも、ちゃんと歩けるようになるのに3ヶ月、小走りが出来るようになったのは、’08年の1月という有様だった。
ホント、年をとると直りが悪い。
しかし、父ちゃんの不幸はそれだけでは済まなかった。
というより、今までは単なる前兆に過ぎなかったのだ。

あ〜、今考えても恐ろしい。
あれは、’07年9月の最終日曜日、いつもの河川敷でタカと練習していた時のことだ。
(高三のショウゴは、模試があったので来ていなかった)

台風が去った後の河川敷は、所々に砂が溜まってフカフカしていた。
しかし、この日の父ちゃんは調子が良かった。
ハンドルがとられてヨタヨタ走るタカを、インからアウトから抜きまくり「この根性なしが・・!」と喜んでいた。
「こういう砂地は、ビビらずにアクセル開けていくしかないんだ、ワハハ・・」
コースのあちこちに父ちゃんの勝利の雄叫びがこだましていた。
すでに普通のコースでは、タカに太刀打ち出来なくなっていた父ちゃんにとっては、至福のひとときだった。

ふてくされているタカは、「もう、あと一回乗ったら帰る」とすねている。
しょうがない!それでは、最後の至福の時を過ごそうぞ〜

父ちゃんは、タカを先に行かせ、後を追った。
「ほ〜〜〜ら、もう追いついてしまったぞ、いいんか?タカ、抜いちゃうぞ〜〜〜
父ちゃんは、笑顔になってアクセルを開け続けた。

コースの三分の一くらいの所に単独のジャンプがあった。
ここは、4速で飛べるくらいスピードが乗るところだ。
いつもなら全然難しくないジャンプだったが、この日は、着地地点が砂でフカフカしていた。
父ちゃんは、毎回同じ所に着地して安定していたが、タカは、こわごわ飛んでいる感じだった。

よし、ここで勝負だ!
ここでいっきに追いつき、次のコーナーでインを取る。
すでに父ちゃんの頭の中では、インを刺されて負け犬の目になっているタカの顔が浮かんだ。
「オリャリャリャリャ〜〜〜」と空中に飛び出せば、タカのリアタイヤがせまってきた。

次の瞬間だった。
父ちゃんの着地点が僅かにずれたと思った瞬間、凄まじ勢いで肩から地面に叩き付けられた。
肩を打った瞬間に「折れた!」と感じた。
と次の瞬間、赤い物体がこれまた凄い勢いで縦回転しながら父ちゃんを襲ってきた。
「ガツン!!」これまた凄いショックだった。
肩も痛かったが、CRFが背中にぶつかってきたのも痛かった。
タカは、そんな父ちゃんの悲劇を知らずに、抜かれまいと必死に走り去っていった。

コース場に横たわる父ちゃんとCRF。
脳しんとうさえ起こさなければ、ライダーは、足が折れていようが、肩が砕けようが5秒間は動ける。
息も出来なかった父ちゃんだが、何とか後ろから来るライダーを止めようとジャンプの方に動いた。
幸いこの時は、父ちゃんとタカしか走っていなかったので、ジャンプの上でうずくまっていた。

頭の中では、ショウゴが80時代に鎖骨を折った光景が蘇っていた。
医者に肩をグイッと広げられた時には、ショウゴの目から大粒の涙が流れた。
ショウゴも痛かっただろうが、父ちゃんも心が痛かったぞ。

しかし、今は、心どころか体中が痛い!
鎖骨の部分を触れば、途中から骨がなくなっている。

「アキ、どうした?」
タカが心配そうにやってきた。
何とか車の所まで連れてきてもらい、母ちゃんに電話をしたがつながらない。
そうだ、母ちゃんは、研修会に行っていたのだ。

親戚のマリちゃんに迎えに来てもらい、市民病院の救急に入った。
この河川敷で救急車何ぞを呼んだら、すぐにコースが閉鎖されてしまうからだ。
肩をおさえて苦しそうにしている父ちゃんに若い看護婦(士)さんが寄ってきて聞く。

「今日はどうしました?」
「バイクで転んで、鎖骨が折れてしまいました。肋骨も痛いので、折れているかも・・」
「そうですか、では、飲んでいる薬はありますか?アレルギーはありますか?」
父ちゃんは、苦しみながらも見苦しい姿を見せないように頑張った。

30分も待った頃だろうか、やっと、若い研修医のような兄ちゃんがやってきた。
「今日はどうしました?」
「バイクで転んで、鎖骨が折れてしまいました。肋骨も痛いので、折れているかも・・」
「そうですか、では、飲んでいる薬はありますか?アレルギーはありますか?」
また、同じやりとりをする父ちゃんと医者。

そして、やっとレントゲン撮影。
苦しみながら何とかやり遂げた。これで直してもらえる。
肩をグイッと広げれば出来上がりだ。(これが痛いのだが・・)
早く楽にしてくれ〜。

その時、奥の部屋が騒がしいのに気づいた。
「○○さん、○○さん、分かりますか?」
医者の大きな声が聞こえた。
「見ただけでも10箇所以上は骨折をしています!」
ガチャガチャと器具が行き来する音、医者や看護師がドタバタと走り回る音も聞こえた。

後からマリちゃんに聞いたところでは、どうやら飛び降り自殺をした人がちょうど運び込まれたようだった。
レントゲン撮影も終わり、診察室で肩を押さえながらひとり待つ父ちゃん。
しかし、誰も来ない。
早く楽にしてくれ〜〜。

一時間も経った頃だろうか、やっと、医者が来てくれたが、さっきとは違うまた研修医ような兄ちゃんだった。
「今日はどうしました?」
「バイクで転んで、鎖骨が折れてしまいました。肋骨も痛いので、折れているかも・・」
「そうですか、では、飲んでいる薬はありますか?アレルギーはありますか?」
あれ?何回か同じ事を言った気が・・。
しこたま頭も打っているので、痛みでボーとしてきた。

レントゲン写真を見て医者が一言。
「鎖骨が折れていますね」
だ〜か〜ら〜、最初から鎖骨が折れているって言ってるのに・・、と心の中で声がする・・。
レントゲン写真を見ると、肋骨にも二箇所ヒビが入っている。
しかし、若い医者は気づいていなかった。
もういい!肋骨は、慣れている。
早く、鎖骨を何とかして楽にしてくれ。

この激しい痛みは、骨が重なって神経や血管を圧迫しているからだろう。
早く、グイッと鎖骨を伸ばしてくれ〜。
「もうちょっと待っていて下さい」医者はそう言うとまたまたどこかに消えていった。
すでに、病院に入ってから2時間以上が経っていた。

またまた30分以上、じっと待っているとまたまた違う兄ちゃんがやってきた。
タカのことが心配になってきたが、あいつはとうの昔に待合室の椅子でヨダレを垂らして寝ていると言うことだった。
父親が、苦しんでいる時になんて息子だ!

医者がやっと鎖骨バンドを付けてくれた。
「このバンドを少しずつ締めますが痛いですよ」
もういい、この痛みから解放されるんなら何でもしてくれ!
医者が、力を入れてバンドを締めると肩がグイッと動くのが分かった。
「イテテッテテテッテテテテテ!!!」
父ちゃんのうめき声が診察室に響いた。
「う〜う〜う〜〜〜」奥の部屋からも不気味な声が響いている。

診察が終わったのは、ゆうに3時間以上経ってからだった。
動かないのは、左手だけだったので、次の日からは、何とか車にも乗れたし、仕事も出来た。
しかし、母ちゃんを始め保育園の先生達からは、「もう年だからやめたら?」
「次は死ぬわよ」「何かに取り憑かれているんじゃない?」と散々言われた。
果ては、細木数子のように「地獄に堕ちるわよ」と言う先生まで・・。

肩を始め体中が痛い父ちゃんだったが、母ちゃんや先生達の言葉が一番痛いのだった。