【全日本挑戦3戦目】
父ちゃんの全日本挑戦3戦目は、最終戦のHARPだった。
今回は、家族と共に東京に住んでいる例のゆうきちも応援に来てくれている。
無様な走りは出来ないと、朝の車検から気合いが入りまくっていた。
気合いが入りまくる理由は、もう一つあった。
プロジェクト・サイエンスの中村さんと**君も来ているからだ。
**君は、中部選手権のNB,NAと一緒に上がってきた
30過ぎのオジンライダーだ。
(モトクロスの世界では30過ぎると年寄りなのだ)
それも、5人の子持ちだ。(噂では、「掛川の種馬」と呼ばれているらしい)
バイクもボロいし、新品のタイヤも履いたことがないと言っていた。
そんな**君が、気合いを入れてやってきている。
負けるわけにはいかないのだ。
今年の目標は、なんとしてもラストチャンスに残ることだ。
今までは、予選突破どころかラストチャンスさえいけなかったのだ。
全日本用に新設されたコースは、豪快なものだった。
中でも、第2コーナーを曲がってからの2連は、
IBでも飛べるかどうかの距離がある。
助走区間が荒れてきたら難しいだろうと思っていた。
案の定、撒いた水が乾ききらない練習走行では、
250でもIBは、飛んでいなかった。
そして、IB125の予選が始まった。
125は5組もある。 **君は4組目だ。
父ちゃんは、この2連のところでみんなの走りを偵察していた。
「なんて事だ!」
練習走行では、ほとんど飛んでいなかったくせに、
半分近くの奴らがこの2連を飛んでいくではないか!!
そして、1クラスに一人か二人、失敗して吹っ飛んでいくではないか。
担架で運ばれていくやつもいる。
着地に失敗してカエルさんのようになって倒れ込んでいるやつもいる。
「なんて恐ろしいところなんだ、全日本は!」
そして、4組目の予選が始まった。
**君は、相変わらずスタートが悪く、 中段より後ろのポジションで2連にやってきた。
前半の子たちはやはり飛んでいった。
そして**君が近づいてきた。 アクセルはワイドオープンだ。
次の瞬間、**君は遥か頭上を飛んでいた。
オンボロCRで、5人の子持ちで、30過ぎの**君が空を飛んでいる。
父ちゃんは思わず叫んだ。 「すごいぞ、たねうまー」
着地で、リヤを引っかけたが、 何とか持ち直し走り去っていく姿を見て、父ちゃんは感激していた。
そして、2周目も3周目も4周目も見事に飛んでいった。
こうなったら、父ちゃんも飛ぶしかないと決心した。
父ちゃんは、何たって2000年CRだ。 子どもも3人しかいない。
38歳だが、頭は20歳で止まっている。
幸い荒れていないとっておきのラインも見つけておいた。
後はビビらずにアクセルさえ開ければ飛べるだろう。
いよいよIB250の予選の時間が近づいてきた。
少し時間があったので、もう一度あの2連のところに来た。
ちょうど、IA250の予選をやっていたときだった。
「なんてこった!」
父ちゃんのとっておきの秘密のラインが、 IAのやつらにすっかり削り取られているではないか。
そして、荒れていようが関係なくアクセルを開けて軽く飛んでいるではないか。
「なんて奴らだ、人間じゃないな」
しかし、ビビらなければいけるはずだと考え直した。
いよいよ、予選が始まった。
スタートはベリだった。 2連は、1周目なので、半分くらいの子たちは飛んでいなかった。
父ちゃんも仕方なくアクセルを戻した。
何台か転倒している子を抜いて、2周目の2連のところまで来た。
「いくぞー」父ちゃんは叫びながらアクセルを開けた。
しかし、飛ぶ直前に恐くなって、戻してしまった。
その横を、凄い勢いで飛んでいく子がいた。
それは、まるで空に向かって飛んでいるようだった。
「あんなに飛ばなければ二つ目の山に届かないのか。」
そして、結局最後まで飛べなかった。
しかし、転倒者が多かったこともあり、父ちゃんはラストチャンスに残れた。
まずは、目標をクリヤした。 残る目標は一つしかない!
そして、ラストチャンスが始まった。 「今度こそ飛ぶぞ。」
またもやスタートはベリだった。 そして、1周目2周目3周目と飛べずにいた。
ラスト1周の頃には、父ちゃんの回りには誰もいなかった。父ちゃんはダントツのベリだったのだ。
「今なら、失敗しても誰かに突っ込まれることもない、
カエルさんのようになってもスタッフがすぐに助けてくれるだろう」
父ちゃんは、決心してアクセルを思いっきり開けた。
しかし、直前でまたしてもアクセルを戻してしまった。
パドックに帰ってきたら、 中村さんや**くんを始めみんなが温かく迎えてくれた。
「ラストチャンスに残っただけでも立派だよ」と言ってくれる人もいた。
「無理をして怪我をしたらしょうがないよ」と言ってくれる人もいた。
父ちゃんも、「まあ、今回はラストチャンスを走れたのだから良いか」
と思い直してパドックに帰ってきた。
今回の**君との勝負は、素直に負けを認めよう。
根性でも子どもの数でも、きっとアレもかなわなかった。
土曜日はラストチャンスまで走った割には疲れていなかった。
そして日曜日のレースを見て、豊橋に帰って来た。
月曜日の朝は、筋肉痛で目覚めた。 その時だ。
言い得ぬ悔しさが沸き上がってきたのだ。
「なんで、飛ばなかったんだ、なんで自分を信じられなかったんだ」
「次を見ていろ、たねうまー」
年をとって分かったことがひとつある。
「疲れと感情は後からやってくる。」