'09全日本最終戦だ〜!('09/12,30)
 

 中部最終戦が終わった週の金曜日夜。
保育園の事務所ではいつものように「すんませ〜ん、明日は全日本なんで早く帰らしてもらいます〜〜」とペコペコと頭を下げつつも
ニタニタ笑いながら帰って行く父ちゃんの姿があった。
「ちゃんと生きて帰ってきてよ!」というみなこ先生(母ちゃん:主任先生)の声と
「もういいかげんにショウちゃんだけにしたら?」という事務員のまりちゃんの声もいつもの通りだ。

そんな会話を聞きつけて、延長保育に残っている園児や児童クラブの子たちが近づいてくる。
「園長先生、今日はもう帰っちゃうの?」
「おう、明日がレースだからな、ちょっと遠いから今から行くんだ」
隊長ってホントに速いの?」と児童クラブの子が聞いてくる。
当たり前じゃないか、俺を誰だと思っている?日本一ジャンプする園長と呼ばれているんだ!」と胸を張る父ちゃん。
「すげ〜〜〜」という子ども達の歓喜の声。
ますますニタニタする父ちゃん。
園長先生は、もう子どもにしか威張れないからね〜〜〜」と後ろからみなこ先生の声がする。
そんないつもの会話を後にして家路に急ぐ父ちゃんであった。

家に着けばショウゴが暗い中、準備をセコセコとやっていた。
「遅いじゃないか!」と不満げなショウゴに
オレはお前のようなのんきな大学生ではないんだ、仕事に命をかけている立派な園長なんだ!」と胸を張る。
「どうせ、母ちゃんにイヤミを10個くらい言われながらヘコヘコと出てきたんだろ?」とショウゴ。
「こいつ、見抜いている!」と内心思いながらも「急がなくては、朝までに着けんぞ!」と話を変える父ちゃん。
いいな〜、オレも行きたいな〜〜」とうらめしそうに見送るタカを残して仙台にレッツゴー!

SUGOサーキットについたのは、やはり土曜日の明け方。
数年前ならこんな時間に着けば、この第3パドックでさえ車を止める場所を探すのに苦労したはずなのに今回もガラガラ。
今年は、招待選手の外人ライダーもいない。
少し寂しいが仕方がない、久々にフリースタイルもあるようだし、中部の子達も頑張っているし、この最終戦を楽しもうぞ〜〜と
ウキウキとバイクを降ろす父ちゃんであった。

車の中でウトウトとしていると外でゴソゴソと動き回る気配が・・。
見れば、チーム監督の中村さんやチームメイトの長野の怪人とタカシの父ちゃん、シンの父ちゃんがすでに準備を始めていた。
今回は、タカシの母ちゃんも来ているぞ。
シンは、まだ怪我が治らないので来ていないが、その代わりにシンの母ちゃんとじいちゃんまでいるではないか!
じいさん、惚けてきたから一人で家においとけんのよ、迷惑かけるかもしれんがごめんね」とシンの父ちゃんは言うが、
いつのもパドックよりワイワイガヤガヤとなんか朝から楽しいぞ!

そうこうしているうちにライダーのタカシやショウゴが起きてきた。
父ちゃんや長野の怪人も一応ライダーだが、もう年寄りなので誰も期待していない・・。
でも練習走行が始まればこんな年寄りでも燃えてくる。
特にこのSUGOのコースは走っていて気持ちが良い。
さすがは、世界選手権をやっていたコースだな。

そして、IB2予選。
スタートバーの前から第1コーナーまでは、深く掘り起こしてある。
いつもよりアクセルを開けていかないとパワーが食われてしまいスピードに乗れないぞ!と冷静に判断してスタート。
判断は冷静であったが、技術がともわなく、早くアクセルを開けすぎてホイールスピン。
あっという間に出遅れる父ちゃん。

しかし、ここから「ウリャリャリャリャ〜〜〜!」と頑張る。
そんな頑張る父ちゃんの前2台がぶつかるのが見える。「何をしているんだ〜〜君たちは〜〜〜!
いつもよりアクセルを開けている父ちゃんのライン上に2台のバイクと二人のライダーが横たわる。
絶対に避けられない!

こういう時、ライダーには、二つのやり方がある。
アクセルを開けてフロントを浮かせながら横になっているバイクを乗り越えるやり方と
間に合わないのが分かっていてもブレーキをかけ続けるやり方だ。
父ちゃんも昔は、「こんなとこで転んでたまるか〜〜!」と無意識にアクセルを開けて突っ込んでいたような気がする。
しかし、いつしか迷うことなくブレーキを掛けるようになってしまった。

フルブレーキを掛けながらもとっさに父ちゃんは転んでいるライダーを捜した。
幸い父ちゃんのライン上は、バイクのタイヤあたりだ。
でも、リヤだけではなくフロントブレーキも思いっきり握っているので、フロントフォークが沈み込んだままの前傾でバイクにぶつかっていく。

賢明なみなさんはもうお気づきだろう。
こういう時は間違いなく前転だ。
ぶつかった瞬間には空を飛んでいた。
一回転しながら地面に叩きつけられたが、掘り起こしてあったので意外と痛くなかった。

急いで転んでいるバイクに駆け寄る。
コースの上の方で見ていた中村さんによると「5歩ぐらい走ってバイクに到着していましたから
5メートルぐらいは仮面ライダーのように飛んでいましたよ」と言うことだった。
さすがは、元IAライダーでもあり、仮面ライダーのショッカー役でバイクを操っていたこともある人だ!と感心したぞ。

絡んでいるバイクを起こしてキックをすれば、すでにベリ。
転倒した二人を始め、みんな父ちゃんを置いてけぼりにしてさっさと行ってしまった。
その後の一人旅は寂しかったが、一生懸命に走ったぞ。

トボトボとパドックに戻っていく途中、シンのじいちゃんが見知らぬテントの中で若いお姉ちゃん達に囲まれてニコニコしていた。
「おじいちゃん、どこから来たの?おもしろ〜い!」とか言われている。
パドックに着けばシンの母ちゃんが「おじいちゃん、見かけませんでした?」と聞いてくる。
「向こうのテントの中で楽しそうに話していましたよ」と言えば、「目を離すとすぐに徘徊しちゃうのよ〜」と困り顔。

予選結果は、タカシは両クラスとも余裕で決勝進出、ショウゴは、両クラスともスタートで出られずに予選落ち、
長野の怪人と父ちゃんは、“箸にも棒にもかからぬ”といったところであった。

土曜日の夕食は楽しかったぞ。
スーパーで買った焼き肉やら野菜やらをみんなで焼きながら食べた。
いつもは、男ばかりのパドックだが、今回は、タカシ母ちゃんにシン母ちゃん、そして愉快なじいちゃんまでいる。
「うちのじいちゃん、今はこんなんだけど、昔は腕の良い家具職人だったんよ」とシンの父ちゃんが言えば、
その横でじいちゃんも嬉しそうに頷いている。

タカシ母ちゃんとシン母ちゃんも仲良く話しをしている。
よく聞けば旦那の悪口を言い合って笑ってる。
うちの母ちゃんも連れてくれば良かったと思ったぞ。
そうすれば”とんでもない夫を持った妻の会”を結成して大盛り上がりだったのにな〜。
(きっとうちの母ちゃんが一番言うと思うぞ!)

そんな中でタカシやショウゴも楽しそうにご飯を食べている。
時たま、酔っぱらったチーム監督の中村さんに説教を垂れられているが・・。

こんな風景を見ながら考えてしまった。
モトクロス場のパドックではよく見かける風景だが、今の日本では珍しくなってしまったように感じるぞ。
ちょっと前の日本では、こうやって子ども達は成長していったと思う。
家族を始め近所の人や地域の人、お節介ばあさんに雷オヤジ。
いろいろな人たちに見守られながら、子ども達は成長していったと思う。
そこには、親以外の価値観や生き方があった。
親を中心としつつもいろいろな価値観や生き方に接していって、自分なりの人間性を模索できたのではないかと思う。
今の子ども達に足らないのは、こういう事ではないかと感じた父ちゃんだったのだ。

日曜日のIA・IB決勝レースも見応えがあった。
ショウゴと声がかれるまで応援してしまったぞ。
売店の“ジャンボハンバーガー”もうまかったぞ。(今回は半額券がプログラムに付いていて大変お得だった!)
久々に見たフリースタイルも凄かった!

(140 緊急提言だ〜!)では、全日本が面白くなくなった!なんて生意気なことを書いてしまったが、
やっぱりモトクロスは最高ですわ!
でも、やっている人だけが満足していてもしょうがないので、
バイクをあまり知らない人が来ても一日十分楽しめるように考えていかないといけないと思うぞ。
モトクロスは素晴らしいスポーツでやっている人たちも気持ちの良いやつが多い。
ただ、どうしても身内が多いので、身内の理論で成り立っているところもある気がする。
全日本最終戦を見て、もっとたくさんの人たちにモトクロスってスポーツを知って欲しいと切に思う父ちゃんだったのだ。

今年も一年間、ありがとうございました!
それでは、良いお年を!!

PS(1)
今回、シンのじいちゃんを見て幸せだと感じたぞ。
父ちゃんもやがて惚けてくるだろう。
「いまでも十分に惚けているわよ!」←母ちゃんの声。
子ども達よ、もし父ちゃんが惚けてもきっとバイクの乗り方だけは覚えていると思うので、バイクをいつもそばに置いておいてくれ。
そして、たまには全日本に連れてきてくれ。
あっちこっちのテントを徘徊すると思うが、そんな時はみなさんも「おじいちゃん、どこから来たの?おもしろ〜い!」と優しく接してくださいね。

PS(2)
父ちゃんがパドックを徘徊?していたらアッキーが声を掛けてくれた。
「ブログ見てますよ、函館でもみんな読んでいますからまた書いてくださいね!」
お〜、なんてありがたいお言葉!
アッキー、ありがとう!!

このアッキー、加賀くんのメカをやったりとモトクロス業界の名物男なのだが、
その昔は、中部選手権で一緒に走ったこともあるのだ。(初代美杉ボーイ!という噂もある。参照「21:美杉ボーイ」)
当時は、北海道から出てきて美杉のコースの近くに家を借り、全日本を転戦していた。
“美杉三男”や“なやっち”とモトクロス合宿スクールをやっていたこともあり(泊まるのは主にアッキーの家)
中部地方のモトクロス少年達は、美杉の秘蔵っ子、IAタカシを始め、みんなあの“魔界の巣窟(そうくつ)”と恐れられたアッキーの家で大人になっていったのだ。

みんなそれぞれの事情で別れてもこうやって全日本で出会う人も多い。
それがまた全日本のひとつの楽しみなのだ。