【ゆうきち(2)】
あの裕吉がついに豊橋にやってきた。
両親が離婚したために越してきてしまったのだ。
川原で走っているときに、草むらに突っ込んだ時、人が心配して駆けつけてみれば、
草むらで野糞をした挙句、草で尻を拭いて悠然としていたあの裕吉だ。
そんな裕吉が、毎日豊橋にいると思うだけで父ちゃんは寿命が縮む思いだった。
裕吉は、今までは月に1度、母親の仕事の都合でやってきては、天気が良いとバイクに乗っていた。
しかし、ここ半年ぐらいは2,3ヶ月に1回という感じでバイクにもほとんど乗っていなかったのだ。
もちろん、あの裕吉だ、バイクの乗り方なんかとっくに忘れているに決まっている。
「久々にバイクに乗ってやるか」
中学1年になったばかりの裕吉は、生意気に言った。
「もう、お前はトライアル・タカより遅いはずだ、ひょっとしたらナホにも負けるかもしれん」
父ちゃんも、負けずに言い返した。
「クラッチとかチェンジを覚えているか?」
「なに、それ?」
予定通りの答えだった。
裕吉の頭は、そんなもんだ。
クラッチの使い方を教えたら「思い出した、思い出した」と裕吉はボロボロのKX80に乗って
意気揚揚とコースに出て行ったが、案の定、あのトライアル・タカにも抜かれていた。
いつも兄ちゃんに抜かれまくっているタカも、今日は誇らしげだ。
一度抜くと、裕吉を先に行かしては、また抜いては喜んでいた。
30分くらい走った頃だろうか、裕吉がやってきて聞いた。
「アキニー(父ちゃんのことだ)ブレーキってどれ?」
まさかブレーキまで忘れていたとは思わなかった。
裕吉、ひとこと、言わせてもらうぞ。
「裕吉、やっぱりお前はアホだ」
PS
ブレーキを思い出した裕吉は、すぐにタカを抜き返した。
一時の夢を味わったタカであった。