お金だー!
今回は、お金についてだ。
レースをやるとお金がかかる。これは、みんなもイヤというほど分かっていると思う。
父ちゃん一家は、父ちゃんがバリバリの現役で、(本人はそう思っている)
その上、子どもが二人レースをやっている。
3番目の長女も乗りたいと言い出した。 動くバイクだけでも、CR250,KX80,KX65,XR70,PW50,JR50と6台もある。
その他に、部品取りのバイクもあるから、倉庫の中は大変だ。
オカーは、倉庫を見るたびに、こんなオンボロバイクは、捨ててこいと怒っている。
いったい、いくらバイクに掛けたかは怖いので、計算したことはない。
中古で買ったものも多いが、レースの費用なども考えると凄いことになっていると思う。
父ちゃんは、酒もたばこも賭事も女もやらない。すごくまじめな生活を細々と続けている。
しかし、これを人に自慢すると、横からかあちゃんが真剣な顔で言う。「みんなやっている方がよっぽど、経済的よね!」
「そのとーり!」父ちゃんは、おどけて相づちを打つが、顔は引きつっていた。
悲しい現実だ。
でも、後悔は全然していないのだ。やりたいことを家族で出来る、そんなしあわせはないと思っているからだ。
かあちゃん、しあわせはお金では買えないのだよ!
もちろん、父ちゃんちは共働きだ。(しかも、かあちゃんの方が収入はだいぶ多い)
しかし、大きなものを買うときは、それでも足りないことがある。
おなかの大きな、かあちゃんにとって、小さな子を連れてのレース転戦は、大変だと思いキャンピングカーを買ったときのことだ。
(父ちゃんちは、長い間、キャンピングカーに牽引という形でレースを転戦していた)
バイクやレースの費用だけで精一杯なのだから、お金はない。(もちろん貯金もない)
しかし、父ちゃんには名案があった。
大ババが、金を貯め込んでいるのを知っていたのだ。
父ちゃんは、おばあちゃん子で、この大ババに育てられたようなものだったので、大ババの性格は、よく把握していた。
父ちゃんは提案した。(その時、大ババ85歳)
「オバーの定期預金を解約して350万かしてくれ、そうすれば、オバーが死ぬまで毎月5万ずつ返すから」
そして追い打ちをかけるように言った。
「定期なんて持っていても、どうせ使わないだろ、それより毎月5万ずつ、現金でもらえた方が好きなことに使えるぞ、
もうそう長くないんだから、貯め込んでもしょうがないよ」
こういうときの父ちゃんは、口が上手いのだ。
「そうだなー、わしもそう長くないしなー」大ババも納得してくれた。
そして、車を下取りに出し、大ババの定期を解約して、父ちゃんは一円も現金を持ち出すことなくキャンピングカーを手に入れた。
かあちゃんも喜んでくれた。 「完璧だ、俺はなんて天才なんだ!」父ちゃんは勝ち誇っていた。
大ババも毎月、5万ずつもらえて喜んでいた。
父ちゃんの提案で、みんながしあわせになったのだった。
しかし、ここで父ちゃんの人の良さが出てしまった。
当初は、6年で返す予定が、あまりに早く死んでは夢見が悪いと思い、ボーナスなどに多めに返して4年で350万返してしまったのだった。
それからも、当然のように大ババは月初めになると手を出すのだ。
そして言うのだ。 「もう、死ぬのを忘れたえー」
まさにその通りで、毎年元気になっていく大ババを見て、父ちゃんは自然の神秘を思い知らされていたのだった。
かあちゃんは言った。「サラ金に借りた方が安かったじゃない?」
「そのとーり!」父ちゃんは、おどけて相づちを打つが、顔は引きつっていた。
そんな大ババが、93になったときに、急に腹痛を訴えて、救急車で市民病院に運ばれた。
腹膜炎ということで、緊急手術しなければ助からないだろーということだった。
しかし、こんな高齢では、手術に耐えられるかどうかも分からないと医者は言っていた。
父ちゃんは、大ババに聞いた。「オバー、どうする、手術するか、薬で痛みだけ取ってもらうか?」
大ババは、しっかりとした口調で言った。「手術するでー」
手術が終わり、集中治療室で、人工呼吸器を付けている大ババは小さく見えた。
意識が戻った大ババに父ちゃんは手を握って言った。「オバーは、まだ死なんぞ」
苦しそうにしている大ババを見て、父ちゃんは、もう少しなら5万ずつ払ってもいいと思ったのだった。
その2週間後に、大ババは元気になって退院した。それまでの市民病院の手術の記録(88歳)を大幅に更新して。
「あの時に、おしがオバーはまだ死なんて言ってくれたら、死なん気がした」。
だいぶ痩せたが、元気になった大ババを見たら、「まあいいか!」って気になった。
大ババは、毎朝、散歩をする。
この前、早朝からオートバイの整備をする父ちゃんに、会うなり言った。
「おしは、お気楽でいいなー」
何で、父ちゃんが、93歳の大ババに朝一番でこんな事を言われるのだ。
父ちゃんは、休みの日でもなかなか出来ない整備を仕事前にしていたのだ。
「あ〜あ、死ぬのを忘れたえー」あくびをしながら立ち去る大ババを見て、
半分妖怪になりかけていると感じた。
そして、あんな事(まだ死なんぞ)を言わなければ良かったと、ちょっと後悔する父ちゃんであった。