ゆうちき(3)(2004/1)

 
 中学生になった時、両親が離婚したために豊橋に引っ越したゆうきちは、
いつしかレースにもついてくるようになってしまった。

スポーツランドダイイチでの中部戦のことだった。
些細なことで父ちゃんは母ちゃんと喧嘩をした。
何で喧嘩をしたのか覚えていないくらい些細なことなのだが、
母ちゃんは、父ちゃんが謝らないと言って「ここから歩いて帰る!」と怒り出してしまった。
子どものレースや自分のことで忙しい父ちゃんは、母ちゃんの相手をしている暇はなかった。
それがまたいっそう母ちゃんの怒りに火を付けてしまったのだが、何せ次は自分のIB250クラスの番だ。
こっちはすでに戦闘モードなのだ。

自分の荷物を持って帰ろうとする母ちゃんに、子どもたちはただオロオロするばかり。
父ちゃんは、自分のレースのことで頭がいっぱい。
そろそろ、前のクラスのレースも終盤に掛かってきた時に、ついに母ちゃんは山道を降りていってしまった。
その時、それまで自分には全く関係ないという感じで遊んでいたゆうきちが突如
「アキニー、謝れ、早く連れに行って謝れ!」と真剣な顔で詰め寄ってきた。

「何でオレが謝らなきゃいけないんだ!」
怒りモードと戦闘モードがごちゃごちゃになっている父ちゃんは、もう人間ではなかった。
ゆうきちの言葉を無視して父ちゃんは、黙々と準備をしていた。
「アキニー謝れ、すぐに連れに行け!」ゆうきちは尚もしつこく食い下がった。
いつもいい加減で自分のことしか考えていないゆうきちが、あまりに真剣に言うのでちょっとビックリしてしまった。

「今なら間に合うで、早く追いかけろ!」
ゆうきちに背中を押されて父ちゃんは、被りかけたヘルメットを脱いでしまった。
「オレも一緒に謝ってやるで、早く!」オロオロしているゆうきちを見ながら
ひょっとして、こんな場面を何回か経験していたのか?と思った。
そして、山道をひたすら走った。しかし、なかなか母ちゃんの姿は見えない。
いつもはのんびり動いているくせに、こういう時はやけに素早い母ちゃんなのだ。
やっとその姿を見つけて一刻も早くレースに帰りたい父ちゃんは「母ちゃん、オレが悪かった、早く帰ってくれ!」と叫んだ。「本当に反省している?」
自分には非がないと思っていた父ちゃんは、母ちゃんの言葉にまた怒りが沸いてきたのだが
「アキニーは反省しているぞー」というゆうきちの大声で拍子抜けしてしまった。

「とにかく早く帰ってきてくれ」
そういうと父ちゃんは、山道をまた走った。
しかも帰りは登り道だった。ブーツにフル装備で山道を走るのは辛かった。
ヘトヘトになってパドックにたどり着いてみればすでにみんなは集まっていた。
「このオヤジは、レースでも遅いが集合も遅い!」という冷たい視線を感じた。
しかし、ここは気持ちを切り替えてレースに集中だ。
こういう気持ちの切り替えが早いのが自慢なのだ。だいたい何で母ちゃんを怒らせてしまったのかさえもう忘れている。

5秒前のボードが出た時には、今までのことはすべて頭から吹き飛んでいた。
スタートはまあまあだった。第1コーナーには、良い感じで入っていけた。さすがは年の功だ!
だてに年は取ってはいないのだ。若いヤツらには真似の出来ない芸当だ。
しかし、ここで父ちゃんは大切なことを思い出したのだった。

フル装備で山道を駆け上がった父ちゃんに、すでに力は残っていなかったのだった。