バカチン!(2004/4)
はっきり言って父ちゃんは、家庭では甲斐性なしだ。
父ちゃんより大分給料の高い母ちゃんに養って貰っているようなものだ。
そんな現実を知っているので、子どもたちもどうしても父ちゃんをバカにする。
ある時など、一番下の長女に「このバカチン!」とバカにされ、次男には「このボケチン!
」とコケにされ、
母ちゃんには「このフニャチン!」と嘲笑われた時がある。
長男のショウゴは「年寄りはねぎらってやらねばいけない、もう、オレより遅いし・・、みんな弱いものいじめは止めるんだ」
などと言いたいことを言っている。
でも、何を言われようと気にはしないのだ。
ラムソンジャンプをどう飛ぼうかと悩んでいる父ちゃんには、そんなことはどうでも良いことだったのだ。
ただ、こんな甲斐性なしの上にバカチンでボケチンでフニャチンの父ちゃんだって怒る時があるのだ。
普段のこまごまとした日常生活の出来事は、母ちゃんがこれまたこまごまと叱っているのだが
(もちろん父ちゃんも一緒に叱られている)子どもたちがあまりに目に余る行動をしているとその時こそ父ちゃんの出番なのだ。
父ちゃんの怒りは“大地の怒り”なのだ。
いつもはヘラヘラしているので、園児の親たちにも穏やかな園長先生と思われているのだが、
子どもの頃はメチャクチャ“短気で怒りんぼ”だったのだ。もう一生分怒ってしまったという感じなのだ。
もちろん子どもたちは、そんな怒りんぼの父ちゃんを知らないのだが、父ちゃんがワナワナと震え出すと急におとなしくなって
しまうのだ。
やはり、“大地の怒り”を感じるせいか?
子どもというものは、環境で育つ生き物なので、いつも怒られている子は怒られ慣れてしまい、どんどん酷い叱り方をしなけれ
ば言う事を聞かなくなってしまう。
保育園でもこういう子がいて、先生たちに少しぐらい叱られても屁のカッパという子がいる。
確かに、その親の叱り方を見ると先生たちが叱るくらいは蚊が鳴いているようなものだ。
しかし、やはりそこはプロだ。「押してもダメなら引いてみな!」だ。
こういう叱られ慣れている子は、あまり褒められた事がないので、褒められたりおだてられるとコロッといってしまう。
「豚もおだてりゃ木に登る」なのだ。
もう、そんなに露骨に褒めたら本人がバカにされていると思うのではないかと心配してしまうくらい褒めて褒めて褒め殺してし
まう。
すると、目をキラキラさせて頑張っている。かわいい子どもたちなのだ。
だから、父ちゃん一家にも、せっかくゴロゴロしているがしっかり者のかあちゃんとバカチンでボケチンでフニャチンの父ちゃ
んがいるので、
上手く役割を分担しながら子育てをしていこうと思う。
やはり、両方とも怖いとか、両方とも甘いというのも問題だからだ。
子どもは、自然と今自分が必要としているところに向かっていく。
甘えたい時には、甘えられる人。叱られたい時には叱られたい人。
(子どもは、叱られたくて、自分を見て欲しくて悪いことをすることもあるのだ)
だから、子どもの回りにはいろいろな人がいた方が良い。すべて一人でやろうとすると大変だ。
祖父母を始め近所の人、友達・・子どもはいろいろな価値観を持ったいろいろの人たちに見守られながら育つのが自然なのだ。
親だけで子育ては出来ないし、するものでもない。
だから、父ちゃんは今日もバカチンでボケチンのフニャチンで良いのだ。
これが父ちゃんの役目なのだ!