ゆうきち
父ちゃんちは、父ちゃん、長男(ショウゴ)、次男(タカヒロ)と3人がレースに出ている。
この3人のバイクを運ぶだけで一仕事だ。
多度チャンピョンシップでは、子どもたちが2クラスにエントリーするので、5台のバイクを積んでいくこともある。
積み卸しだけで、どうかなりそうだ。
しかし、レースにはほとんど出ないが、実はもう一人バイクに乗るやつがいるのだ。
(かあちゃんは、ちょっと前までKX80に載っていたが、子どもが乗るようになったらやめてしまった)
それは、ゆうきち(11歳)だ。ゆうきちは、東京の親戚の子なのだ。
親の仕事の都合で、毎月第4土・日曜日に豊橋に来るのだ。そして、バイクの練習に父ちゃんたちと一緒について来る。
ゆうきちはバイクが大好きだ。
だがどんなにがんばっても、月にこの日しかバイク(KX60)に乗れない。
親がバイクに興味がないのと、やはり東京では無理だからだ。
月に一度きりなので、来たときには、半分は乗り方を忘れている。
クラッチを切らずに、発信しようとして、どうしてエンストするのか悩んでいる。
その日に雨など降ったものなら、すっかり乗り方を忘れてしまう。
だから、来たときは、それはもう一生懸命に乗る。
うちの子たちは、好きなときだけに乗っているので、いつも練習に行っても、それほど長くは乗らない。
飽きると、漫画なんか読み出したり、探検とかに行ってしまう。
(まあ、それでも良いと父ちゃんは思っているのだが・・)
だが、ゆうきちが来たときは、話が別なのだ。
ゆうきちは遅いくせに、少しでもショウゴの後を追いかける。
ちょっとでもついていける時間が長くなると全身で喜んでいる。
年下に負けるのがイヤだとかという気持ちは全然ないのだ。
だから、ゆうきちが来ると、子どもたちはいつにもましてバイクに乗ることを楽しんでいる。
タカも、ゆうきちについていこうとがんばっている。
このタカは、ちょーマイペースなやつで、速く走ろうとかの気がないやつなのだ。
いつまでも、トコトコとXR70で走っている。
遅くなるからと、コーナーの手前でもブレーキを使わなかったショウゴとはだいぶ違う。
トライアルの方があっているのかなーとも思うが、うちはモトクロス派なのだからしょうがない。
そんなトライアル・タカまでがんばってしまうのだから、子ども同士というのは不思議なものだ。
親がどうこう言うより、良きライバルであり、良き友達がいる方がよほど効果があるというのも頷ける。
また、このゆうきち、何事にも全くこだわらないやつのだ。
良い面で言えば、年下に負けてもようが、お古のブーツ、ヘルメットでも気にしないおおらかさがある。
転ぼうが吹っ飛ぼうがすぐに忘れて、挑戦する根性もある。
悪い面で言えば、バイクを倒そうが、気にしない、そしてどこか抜けている。
飛べないジャンプでも勢いで行ってしまう(どこか切れている?)無鉄砲さがある。
挙げ句の果てに反対回りまですることがある。一回、どじかってやった(すごく叱る)。
下手くそなくせに、車がいっぱい止めてある方にバイクでに行き、案の定、人の車にぶつけてくる。
しかし、本人は平気で「こんな所に車があるのがいけない」と思っている。
いい人だから良かったが、父ちゃんは、平謝りだったぞ。
多度に練習に行ったとき、最後にキッズの子たちだけで模擬レースをやることになった。
めったにレースに出られないゆうきちは喜んだ、そして燃えていた。
父ちゃんは、レースの一通りの説明をして、「練習なんだから、無理するなよ」と言って
サイティングラップ(レース前のコースの下見)に行かせた。
その時に、バカに張り切って出ていくのを見て、ちょっと嫌な予感はした。
他の子どもたちが、スタートラインに着く中、ゆうきちだけは第一コーナーの方に行ってしまった。
もう、レースが始まっていると思っていたのだ。
「おたくの子ども行っちゃいましたよ」他のお父さんたちが呆れながら言った。
父ちゃんは、「あれはうちの子どもではないんですよ」とみんなに説明したかったが、
ヘラヘラしながら「すみません、慣れてないもんで」というのが精一杯だった。
その後、みんなの視線を感じながらイライラして待っていても、なかなか来ない。
聞けばコースの奥で転んでいるらしかった。
死ぬほど恥ずかしいとはまさにこのことだと思ったぞ。
父ちゃんは、「すみません、すみません」って謝りどうしだったぞ。
バイク(JR50)に乗り始めた頃は、危ないからと、ショウゴのブーツにヘルメット、ブレスガードと着けさしていた。
楽しそうに乗る姿は、微笑ましかったが、ちょっとした転倒で急に「ギャー」と泣き出したときには、びっくりして飛んでいった。
見ると、いつの間にかブーツを脱いで走っていて、マフラーで足首を火傷してしまっていた。
急いで、冷やして医者に連れていったが、今でもその傷は残っている。すまないことをしたと思っている。
この前のことだ、いつものように河原で練習していたら、いつまでたってもゆうきちが帰ってこない。
嫌な予感がして急いで走ってコースに見に行った。
コーナーの草むらに、KX60が突っ込んでそのままになっていた。
父ちゃんは焦った。
必死になってゆうきちを捜した。血の気が引いてくのが分かった。
「ゆうきち!」って呼ぶ声もかすれていた。
そんなとき、ゆうきちが悠々とモトクロスパンツを上げながら歩いてきた。
「どうしただ、怪我でもしたんか?」
父ちゃんはそう言うのがやっとだった。
「ウンコしとった」
何事もないようにゆうきちは言った。
「紙はどうした?」まだ、ドキドキしながら聞いたら
「草でふいた」と平然と答えやがった。
後で聞いたところでは、コーナーに突っ込んだら、ウンコがしたくなったのでバイクをそのままにして、
奥でウンコをしていたそうだ。
ゆうきち、一言、言わせてもらうぞ。
「おまえは、どんな時代になっても生きていけるよ」
子どもたちは、第4土、日が近づくと、「早くゆうきちこないかなー」と言っている。
でも、父ちゃんは、楽しみと同時に寿命も縮んでいく気がするのだった。