ゆかいな仲間たち

当園には毎年、新しいお友達(4ヶ月ぐらいから)が、64、5人入ってきます。

そのうち40人ぐらいが乳児さんで、24、5人が3歳児(年少さん)です。

この新しいお友達は、本当にみんな個性的です。

親御さんは、よく「個性的に育てたい、個性を大切にしたい」と言いますが、 子どもはもともとが個性的なのです。

(まわりに迷惑をかけるような個性もありますが)。 後はそれを伸ばしてやればいいだけです。

それを親御さんが考える個性的という「枠」にはめようとしたり、

先生たちが管理しやすいような集団生活の「枠」にはめたりするのが問題なのです。

でも、集団生活と個性は決して相反するものではありません。

3歳児で新たに入ってくる中に必ず3、4人のなかなか集団生活に適応できない子がいます。

最初の慣れの期間を過ぎても友達と遊ぶことが出来ないのです。

少しでも思い通りにならないと暴れたり、一言「貸してね」が言えなくて、 おもちゃを奪い取ったりしていざこざが絶えません。

給食の時間でも机に座って食べることが出来ません。 そうこうしているうちに、みんなとは離れて遊ぶようになってしまいます。

みんなも、あの子たちは少し変わっていると認識し始めてしまいます。

このような子は、愛着を込めて「ゆかいな仲間たち」と呼ばれています。

人間は、生まれてから2歳ぐらいまでは、 とにかく生きるために必要な周りの環境や情報を内に取り込み、

3歳ぐらいからこのため込んでいたものを表出して、 周りの反応を見たり、自分の能力を確かめ始めるというのを聞いたことがあります。

ですから、乳児さんの方が集団生活への対応が早いというのも納得できます。

使う単語の数も2歳から3歳で爆発的に増えるそうです。

ただ、この時に誰でも上手く自分を表現できるわけではありません。

4月は、僕たち事務所組にとっても大変忙しい時期です。

園長先生を初め、事務所の先生は総出で新しいお友達が入っているクラスの 応援に行きます。

僕も、毎日少しずつビデオを撮って、 「げんきっ子ビデオ1」の準備をします。

出勤してくるとすぐに各クラスに散らばっていく事務所の先生たちは実に楽しそうです。

主任先生も毎年、3歳児のクラスのいくのが待ち遠しいようです。

何年か前のことです。

主任先生が「今日えりちゃんに、おばちゃんきらいって!言われちゃった」 と嬉しそうに話してくれました。

机の上で遊んでいたので「あぶないよ」と言ったら言われたそうです。

他の先生に「おばあちゃんじゃなくて良かったね」とからかわれていました。

そういえば、入園説明会の時、 「おもちゃをそろそろ片づけようか」と言った園長先生に 「おばちゃん、あっちいって!」 と

言っておもちゃをぶつけたのもこのえりちゃんでした。

去年入ってきた年少さんにも4人、 なかなか集団生活に慣れることが出来ない子がいました。

こういう子たちは僕もすぐに覚えてしまいます。

だって、まず事務所に、いろいろな連絡をしに来る子は この「ゆかいな仲間たち」なのですから。

年中さんや年長さんになると、遊びに来たり、お掃除に来たりと よく来てくれるのですが年少さんにとっては大仕事です。

(当園の場合、1階が保育室で2階に乳児さんのお部屋と事務所があります)

先生たちは、なんとか自信をつけてもらいたくて簡単な用事を作っては この子たちに頼みます。

階段の隅で覗いている先生も心配そうです。

そして、3ヶ月、6ヶ月とたつうちに「ゆかいな仲間たち」は 一人二人と抜けていきます。

おもちゃを独り占めにしているより、 みんなで遊んだ方が楽しいことに気づいてくれるからです。

そうなれば他の子もすぐに仲良く遊んでくれます。

でも、去年は、運動会が終わった頃でも二人「ゆかいな仲間たち」から 脱却できない子たちがいました。

ひーくんとゆーくんです。

例年なら、この運動会をきっかけにして「ゆかいな仲間たち」は 解散することが多いのです。

ひーくんは、まず、登園するときにひとあばれします。

「せんせい、おはようございます。」 と言っているお友達の横で鞄を投げ捨て逃げ回っています。

お母さんは今にも泣き出しそうです。

先生はいつも 「お母さん、心配しないで、ちゃんと分かってやっているんですから」と慰めています。

そうなんです。ひーくんは分かってやっているのです。

ひーくんが2歳の頃、お母さんは何回も家を出ていってしまいました。 その間、ずっとおばあちゃんの所に預けられていました。

おばあちゃんとの登園の時、特にひどいのも甘えているからなんです。

「わしは、孫を3人見たがこの子だけはわからん」と嘆くおばあちゃんですが、 これがこの子なりのおばあちゃんへの愛情表現なのです。

先生は、ひーくんに対しては、悪いことをしたときにはしっかり叱っていました。

ある日、お母さんと手をつないで登園したひーくんはついに小さな声で 「おはよう」と言ったのです。

いつも叱り役の先生も体中で喜びを表現しています。 お部屋に行くまでに何人の先生に誉められたか分かりません。

そして、お昼になってひーくんは熱を出しました。 体調が悪かったようです。

次の日から、また元気に逃げ回っていました。

ゆーくんは、いつもひとりぼっちでいます。 すぐにお友達を叩くので、だんだんとみんなも近くに来なくなってしまいました。

何に対しても自信がもてなくて、どうして良いのか分からないようです。

お友達と喧嘩をしては、廊下の隅で泣いているゆーくんを見ると、 僕にはゆーくんが苦しんでいるように思えて仕方がありません。

「どうして僕はみんなと遊べないんだ、お友達を叩いてしまうんだろう。」

先生も、何とか自信をつけてもらうために、 ちょっとしたことが出来ても大げさなぐらいに誉めて誉めて誉め殺していますが、

なかなか上手くいきません。

よく「このゆかいな仲間たち」も個性の一つなのだからと 安易に認めてしまう保育者もいますが、僕はそう思いません。

お友達のおもちゃを奪い取ったり、叩くことが個性ですか?

給食の時間に走り回ったり、先生やおばあちゃんを困らせることが個性ですか?

「ゆかいな仲間たち」は自分を上手く表現する方法が分からなくて、 自信がもてないのだと思うのです。

どう自分の気持ちを表現して良いのかが分からなくて迷っているのだと思うのです。

分からなくて困って、そうすることでしか自分を表現することが出来ないでいると 思うのです。

もちろん落ち着きがない子やじっとしていることが苦手の子はいるでしょう。

でも「ゆかいな仲間たち」は、こういう子たちとは違うのです。 保育者がよく見てあげれば、その違いはすぐに分かるはずです。

今年、年中さんに上がった二人の「ゆかいな仲間たち」。

今では、ひーくんはクラスの人気者です。

もともと、行動力があり、なにもかも分かってやっていただけなのですから、

そんなことをしなくても先生もお母さんも、みんなもちゃんと自分を見ていてくれる、 認めていてくれると言うことが分かったようです。

「ばーちゃんを大切にしろよ」と僕が言うと 「分かってらい」と笑いながら友達の輪に入っていきました。

ゆー君は、昨日もお部屋の隅で泣いていました。

担任は持ち上がりなのですが、 お部屋が変わったので精神的に不安定になっているようです。

みんなでいつも応援しているぞ!

「がんばれゆーくん!年少さんのお遊戯会は、 練習の時はちっともやらなかったくせに、

本番になったらしっかり出来ていたんじゃないか。 かあちゃん泣いてたぞ。ちゃんとみんなの練習を見ていたんだな。

さっきまでは、お友達とも上手く遊べていたんじゃないか。 あと少しだよ、みんなゆーくんの笑顔を待っているんだから!」

「おばちゃん、きらい!」と言っていたえりちゃんは今年、小学校一年生になりました。

お別れ会の時、主任先生が「学校へ行っても園に遊びに来てね」と言った途端、 大きな目から涙をポタポタ流していました。

こんな瞬間があるから、 ギャーギャー泣き叫ぶ年少さんのお部屋に喜んで行くんだなと思いました。