僕たち保育者は、毎日子どもたちと接していると
「この子はこういう子だから」とか
「いつものことだから」と知らず知らずのうちに、その子のことを分かったつもりになってしまいます。
ある日の10時頃、事務所に主任先生が走り込んできました。
5分くらい前に子どもが一人いなくなったので、先生たちが探しているということでした。
とっさにひとりの子の顔が浮かびました。
3歳児のまーくんです。
3人兄弟の末っ子で、2歳の頃、兄ちゃんたちに砂場に埋められても、砂だらけになりながら喜んでいたやつです。
こいつは大物になるなと思ったものです。
もちろん今も先生たちを毎日困らせています。
「だれ?」 「まーくん」
僕は、自分の子どもを見る目の正しさを確信しました。
外を見ると、担任の先生の一人が自転車で走っていくのが見えました。
いくらあのまーくんであっても、3歳児が5,6分で歩いていける距離はしれています。
きっとすぐに見つかると思っていましたが、10分経っても15分経っても何の連絡もありません。
まーくんの家までは、子どもの足で20分ぐらいです。途中には大きな道路を横切らなければいけません。
「俺も行って来るわ」不安がよぎりました。
あのまーくんです。車が近づいてきても喜んでいるかもしれません。
だんだんみんなが焦りはじめた頃、 まーくんのお母さんが車に乗せてきたと連絡がありました。
園に帰ると担任の先生がまーくんをぎゅっと黙って抱きしめていました。
その後のことが気にかかり、給食をちょっと覗きにいきました。
みんなで楽しそうに食べている中で、二人の先生の背中が小さく見えました。
「だめ、食欲が湧かない」 「私、まだドキドキしてる」
そんな二人の近くでまーくんは元気に食べています。
「おれがな、道をあるいとったら、どでかいダンプがビューといったんだぞ!」
「へースゲー!」回りの子が感心しています。
「信号とこだって、ビューといったんだぞ」
「スゲー」
そのたびに二人の先生は「ハー」とため息をついていました。
そんなまーくんの姿を見て、 「さすがはまーくん、こいつならもう一回ぐらいやりそうだな」と思いました。
1週間ぐらいたって、偶然にまーくんのお母さんと会いました。
この給食の様子をはなすとペロッと舌を出して
「実は、あの日の朝、主人と大喧嘩をして、もう家を出てやるって言ったんですよ。
きっとあの子それを心配して私に会いに来たんだと思います。そんなこと気にする子じゃないと思っていたんですけど」と言いました。
「そーだったのか、まーくん!」
分かったつもりになっていたけど、 俺もまーくんを思いこみで見ていたんだなとめったに反省をしない僕も考えてしまいました。
その後、卒園まで、まーくんは二度と脱走をしませんでした。