保育園の役割って?

当園は、園児が250人いますが、そのうち64人が乳児さんです。

きっと、そんなに小さい時から、親と離れて集団の中へ入れられるのは かわいそうだとお思いの方もいると思います。

そのような方は、是非一度お近くの保育園を覗いてみてください。

そこには、きっと、友達と生き生きと遊んでいる子どもたちの姿が見られるでしょう。

言うまでもありませんがこの幼児期は、人間の成長にとって大変大切なものです。

脳の発達から考えて、人格形成の6割が3歳までに、 8割が6歳までに出来上がるという学者もいます。

(でも早期教育を奨めているわけではありません。)

それでは、この大切な幼児期にどのように過ごすことが 子どもの成長にとって良いのでしょうか?


1.保育園の役割とはいったい何なのでしょうか?

「本来、子どもの生活や発達は基本的に家庭が担うもので、 施設による教育(保育)は家庭教育を補助するものである」べきで、

「園というものは、どうしても行かせなければならない人たちが、 泣く泣く行かせているところ」と言う認識を持っている人も多いと思います。

私は、現在の保育園の立場を以下のように考えています。

現在の家庭環境や社会の変化を考えますと、家庭や社会が、 子どもにとって良い環境であった時代は過ぎてしまったのではないかと思います。

一人っ子が増えて、大人との関係を主として育つ子どもが多いのではないでしょうか?

親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃん、近所の人といった、 違う価値観を持った人たちと接する機会が多くあるでしょうか?

近所の子どもたちと異年齢を通じて遊ぶ機会があるでしょうか?

地域に見守られて、地域の一員として育っているでしょうか?

以前は、当たり前だったことが、今は経験しにくくなっているのではないでしょうか?

それらを少しでも補うのが保育園生活だと考えています。

けっして「保育に欠ける児童」をただ怪我をさせずに預かるのが保育園ではありません。

家庭環境は確かに大切です。 親とのふれあいも大切なのは言うまでもありません。

そして、いろいろな親御さんが、いろいろな事情の中で子育てをしていますが、 子どもを思う気持ちは一緒だと思います。

子どもと接している時間に長短はあると思いますが, それがそのまま愛情の大小にはなりません。

このことは、日々子どもたちと接している保母さんや実際、 子どもを預けている親御さんこそが一番よくわかっている事だと思います。



2.みなさんは「三歳までの育児神話」をどう思われますか?

やはり、三歳までは、お母さんの手で子どもを育てるべきなのでしょうか?

当園では、0歳児(4ヶ月頃)から預かっています。 3年保育の子どもより、4年以上の保育の方が断然多いくらいです。

兄弟でも、一人目は3年保育でも二人目以降は4年保育以上というのがパターンです。

では、そんなに小さな時から親と離れて過ごすことは、子どもに良くないのでしょうか?

子どもを犠牲にして親が自分の欲求を満たしているのでしょうか?

毎年3歳児として入園してくる子に、とんでもない子が何人かいます。 これは、先生や大人にとって扱いにくい子という意味ではありません。

子ども自身の育ちが、まるで出来ていないのです。 友達づきあいもぜんぜんできません。

少しでも自分の思いどおりに周りがならないと暴れ出す子もいます。

先生たちは、「もう一年早く預けてくれていたらね」と話し合っています。

2歳児ならもっと柔軟性があって、集団生活にも入っていけたのにと思うからです。

集団生活というとすぐ「一斉は良くない」とか「個性が育たない」という人がいますが、

人間は一生を人と人とのつき合いで生きていくものではないでしょうか?

「一人で遊ぶよりみんなで遊んだ方が楽しい」 こんな当たり前なことさえ、今の子どもたちには当てはまりません。

一人でおもちゃと遊んでいる方がいい、テレビゲームだって!

確かに世の中が便利になって、人に頼らなくても生きていけるようになりましたが、 そんな生き方が理想でしょうか?

精神学者の間では、 「母親が一人で密室保育をするよりも生後四ヶ月くらいから昼間は保育所に預け、

集団保育を経験する方が子どもの発達によい」と言う説が常識のようです。

なにも学者の意見だからでなく、日々子どもと接している私たち保育者は、 ずっとそう思っていました。

赤ちゃんにとって母親との関わり合いや信頼関係は大事ですが、

母親と一日中いることが本当に子どもにとって、いいことばかりなのでしょうか?

「子どもといるとおもしろくって、ちっとも飽きない」。 このように子育てを楽しんでいるお母さんも実際多いでしょう。

しかし、いろいろな子どもがいるようにいろいろなお母さんがいます。

一時でも、子どもと離れて過ごした方が、心に余裕が生まれて、

そのぶん、子どもと、いい関係になれる人は、 思っている以上に多いのではないでしょうか?

これは、母親が働いているいないに関わらずあることだと思うのです。



3.それは親の思い込みではありませんか?

どの親御さんも子どものことを考えていると思いますが、 それがそのまま子どもの成長にとって良いことばかりとは限りません。

親の思い込みや押しつけが子ども自身を苦しめることも少なくありません。

また、最近では、幼児虐待の問題もあります。

私は、「子どもにとっては、いろんな価値観を持った人と接する」というのが、 なにより大事なような気がします。

「親は子どものことには責任を持つ、子どものことは親が一番分かっている」。

これは、もっともなことだとは思いますが、 ともすると、自分だけの思い込みや価値観を子どもに押しつけてしまいがちです。

これは、当園でのできごとですが、 自他共に認める、子育てにに熱意を持っているお母さんがいました。

このお母さんは、「子どもの個性を尊重するとか、子どものため」が口癖でした。

子どもにとって良いこともたくさんしていましたが、 個性を伸ばすためには園服を着せるべきではないと言うのも持論でした。

当園では、無理に園服を着なくても良いのですが、それでもほとんどの子が着てきます。

このお母さんの熱意と裏腹に、その子はいつも自信なさそうにしているのでした。

クラス写真を撮るとき、その子の表情が曇っているのを先生が見つけました。

「園服、着たいの?」

「うん」。

この一言で、園服を着ている写真と園服なしの写真を撮ることにしました。

もちろん、その子のお母さんには、園服を着ていない写真を渡しました。

ところが、園服を着ている写真には、今まで見たこともないような、 その子の笑顔が映っていました。

今でもそのうれしそうな表情が忘れられません。

子どもは、本当にいろいろな面を持っていて、その成長過程もバラバラです。

ですから、子どもの周りにはいろいろな価値観を持っている人がいて、

そのいろいろな環境の中で今、自分が一番必要としているところに寄り添える、 そんな世界が子どもの周りにあればいいな、と思っています。

立派な親だけに育てられるより、多少癖があろうが、その子にとって甘えになろうが、

とにかくいろいろな人と接しながら育っていくのが、 その子の成長にとっては良いことだと思っています。

「天気が良く、適度な雨が降り良い栄養ばかり」より、

「時には、害虫がいたり、干ばつがあったり」する方が結局、 いろんな可能性を持った子に育つと思っています。

(もちろん、子どもの心に傷を作ってしまうようなものは別ですが。)

確かに、一人でいるのとは違い、 集団生活では、悲しいことや悔しいことなども経験するでしょう。

しかし、これは人間の成長に絶対に必要なものではないでしょうか!



4.最近よくマスメディアで「新一年生問題」というのを聞きます。

ここ何年間の新一年生が、おかしいという問題です。

授業中に廊下で遊んだり、友達に迷惑をかけても自分を主張するといったように 集団生活にまるで適応できない子が増えているそうです。

知り合いの小学校の先生にも聞いてみましたが、確かにその傾向はあるようです。

原因の一つとしては、家庭環境の変化があげられていますが、 保育園、幼稚園の保育の質の変化も指摘されています。

保育指針や幼稚園教育要領の大幅な改定によって、 より「子ども中心の保育」などを打ち出したのはよいのですが、

それを実践する先生たちが 「子ども中心の保育、子どもに寄り添う保育、個性を大切に」というような、 きれいな言葉を誤解して、

結局、放任になっているように思われます。

この放任も現在の保育の中で考えていかなければならない問題です。

集団生活と一人一人の個性。

一見すると相反するように思えますが、 普段の保育の中で、この二つの育ちを保証することは、

一斉保育であれ、自由保育であれ出来ることです。
保育園に勤めていると様々な家庭を見ることが

出来ます。 でも、まわりから見ている印象と子どもの育ちは一致しません。

きっと私たちが見えないところでいろんな要素が関わっていると思うのです。

周りからは、大変良くできた家族に見えても、 そのことが子どもにも良い環境とは断言できません。

こんな事を言うと反発される方もいると思いますが、 親の愛情が一番なのはもちろんなのですが、それだけでは子どもは育ちません。

また、専業主婦の間に子育てノイローゼや「社会から隔絶されているのよね」症候群が 広まっているとも思えます。

ですから、私は、お母さんたちに、こう言いたいのです。 「園に来て一緒に子育てを楽しみましょうよ!

子どもと一緒に、 もう一度人生を楽しみましょうよ!」と。


5.お子さんの入園は、親御さんの入園!

今年も入園式には、きれいに着飾った、お母さんやお父さん, 子どもたちがいっぱいおみえになりました。

園の門の正面に車を止めて、交通のジャマになったり、 子どもが出したおもちゃをそのままほったらかしにしてしまう親御さんも多くいます。

自分の子どもしか目に入っていない親御さんも多いようです。

ここ何年か、そのような親御さんの割合が多くなってはいますが、 私は全然心配はしていません。

この前卒園した子たちの親御さんも、お子さんが入園した時はそうでした。 でも、そんなことは今では少しもありません。

最後のお遊戯会では、違う学年の子たちにも声援を送ってくれました。 先生が片づけ忘れた遊具をそっと元の場所に置いてくれる人もいました。

卒園式に、いつも思うことがあります。

それは、入園式の時よりお母さん方がきれいになっていると言うことです。

別に化粧の仕方が上手くなったとか、単なる勘違いでもありません。

入園式が入っている3年、6年前の「げんきっ子ビデオ」

(ふだんの生活をビデオに撮り学年別に年3回無料ダビングをしています) を見ても確かです。

きれいになっているのです。 表情が良くなっているのです。

きっと子どもと共に経験したこの何年かが、お母さん方を人間的に成長させ、 それが表情にまであふれていると思うのです。

このような、親御さんと子どもたちの成長を間近に見ていけるのが 保育者の最大の喜びです。


6.保育園でのある出来事

しかし、保育園に入れればすべてが上手くいくとは断言できません。

先にも述べたような「子ども中心という名の放任保育」や 「子どものためと思いこんだ、いきすぎたしつけ」など、

保育園の中にもいろんな問題を抱えています。

参考にはならないと思いますが、当園で過去にあったことを書きます。

乳児さんのあるクラスで気になるクラスがありました。

そのクラスの担任の先生は、はじめてクラスのチーフになった先生でした。

乳児クラスなので何人かの先生で受け持ちます。(その時は3人の先生でした)

4月当初は、まだ園に慣れない子が多く泣いてしまうのも無理ありませんが、

5月になっても、まだ泣いてくる子がそのクラスには何人かいました。

また、そのクラスの前を通ると、子どもたちが例年と比べるとおとなしいし、 先生達の表情も硬く感じられました。

他の二人の先生は、1年目の先生と臨時の先生なので慣れないせいかなと 思っていたのですが、

ある時、そのクラスに用事があって行きました。

ちょうどチーフの先生が休みだったのですが、

私が見たものは、いつもより、のびのび働いている先生と、 ほのぼのとした表情の子どもたちでした。

そのころ、お母さん方の間でこんな事が噂になっているのを聞きました。

「○○組のチーフの先生が怖くて子どもが園に行きたがらないのよ。 ひどい叱り方をしているようだわ。」

何人かの気安く話せるお母さんに聞いてみたら、 確かにそういう話が出ているということでした。

その時、以前から、そのチーフの先生が「私が叱り役にならねば」と 言っていたことが頭に浮かびました。

はじめてのチーフという役に気負いすぎたのでしょうか?

とにかく一度話をしようと決心しました。

5時過ぎになってチーフの先生が一人になったところで部屋を訪ねました。

そこには、チーちゃんを膝に乗せて耳元で一生懸命にお話を読んでいる先生がいました。

チーちゃんは難聴で、まだはっきり言葉が言えません。 お母さんも仕事が忙しくお迎えも遅れがちです。

夕日が射し込む部屋の中をお話の声だけが響いていました。

その姿を見たとき、私は何も言うことが出来ませんでした。

ザリガニ・ミミズ・メダカなどいろいろな生き物が入ったカゴがありました。 カゴには、先生の子どもの名前が書いてあります。

子どもたちと散歩に行った時など、 子どもたちが興味を持った物をチーフの先生が捕まえてきては、みんなで育てています。

私は、お話を読む声を聞きながら部屋の前を通り過ぎてしまいました。

その後は、だんだんとクラスの雰囲気も良くなってきましたが、

今でもその時にその先生に 「子どもやお母さん達がどのように感じていたか」 を

話しておいた方が良かったのではないだろうかと思うこともあります。

実際に子どもを保育園に預けている親御さんの中にも 園に対する不信感を抱いている方もいると思います。

これは、保育園側の説明不足だったり、 また実際に問題がある場合も確かにありますが、

できるかぎり、園や先生と保護者が、 お互いに理解し合うように努力していかなければと思います。


7.信頼関係が一番大切!

先生と子どもの関係でもそうですが、園と保護者との間も、 信頼しあえることが一番大切だからです。

しかし、信頼関係はなにもせずに出来るものではありません。

お互いが尊重しあい、自分の責任を全うしながら築いていくものです。

せっかく、子どもという大切な架け橋で出会えた園と親御さんなのですから、

お互いに協力して「子育て」という最もやりがいのある大事業を 成し遂げるお手伝いが出来ればと願っています。

一人でも多くのお母さんが「子どもを産んでよかった」と思えるように、

一人でも多くの子どもたちが「生まれてきて良かった」と思えるように、

そうした努力をすることが私たち保育者の勤めだと思っています。

保育園と幼稚園という制度的な違いはありますが、 今は、その保育内容はほとんど差がありません。

(もちろん各園によっての差はあります。)

早期教育で有名な幼稚園以上に早期教育に力を入れている保育園もありますし、 通園バスのある保育園もたくさんあります。

幼稚園の中にも、お勉強的なことはせずに、 本来の子どもの遊びや養護を大切にしているところもあります。

いろいろな子どもがいるように、 そして一人の子どもにもいろいろな面があるように、

保育園・幼稚園という名だけではひとくくりにできない時代になっています。

今回は、保育園の立場から書かせていただきましたが、 しかし、今こそ、幼稚園、保育園にかかわらず、

園、先生、親御さん、そして地域の方が一緒になって 「子どもの成長には何が必要か?」を考えていかなければならない時だと思います。


最後に一言!

「園に来て一緒に子育てを楽しみましょうよ! 子どもと一緒に、もう一度人生を楽しみましょう!」