【保育園恋愛事情】 (2001/1)

この頃は、男性保育士も増えてきました。(当園にもいます)

「いよいよ保育園も社内恋愛の時代か?」という話ではありません。

何年か前のことです。

年長さんのお部屋の前を通った時に、ただならぬ雰囲気を感じました。

そこにはすごい顔をして怒っているサキちゃんに、 今にも泣き出しそうなシホちゃん、

そして、その間でボーとしているユキくんが見えました。

回りのお友達も心配そうに囲んでいます。 もう、絵に描いたようなただならぬ雰囲気です。

いつもなら少し様子を見てから声をかけるのですが、 思わず「どうしたの?」と聞いてしまいました。

(ちなみに、サキちゃんはハリキリ系、シホちゃんはシッカリ系、 ユキくんはジャニーズ系です)


サキちゃんがいかにも怒っているぞという顔で訴えます。

「ユキくんたらね、シホちゃんと結婚写真を撮っちゃったんだよ」 回りの女の子がうなずきます。

確かに、シホちゃんの手にはユキくんと楽しそうに写っている写真が握られています。

しかし僕には「???」 話が見えません。

まだ、この頃の子は話の要点を順序立てて伝えられるわけではないので 当たり前です。

僕などは今でも「主語がない」と叱られているくらいですから・・・。


「どうして、シホちゃんとユキくんが写真を撮っちゃいけないの?」と サキちゃんに聞いてみると

この世にこんな不条理はないという顔で 「だって、だって、ユキくんと私は結婚する約束をしたんだよ、もう出来ない!」

最後の言葉を言ったとき、サキちゃんの大きな目から一粒の涙がこぼれました。

ほとんどドラマの名場面です。 (保育園では、毎日が名場面ですけど・・)

どうやら、シホちゃんがユキくんの家に遊びに行ったときに お母さんが残っていたフィルムで撮ってくれたようです。(罪作りなお母さんです)

それを保育園に持ってきたところ 誰かが「あ、結婚写真みたいだ!」と言ってしまったからさあ大変。

それを聞いたサキちゃんは、大好きなユキくんと結婚の約束までしていたのにと 怒りを爆発させたのでした。

優柔不断なユキくんですから、サキちゃんに結婚を迫られて ついつい「うん」と言ってしまったのでしょう。

しかし、しっかり者で通っているシホちゃんもどうやらユキゆきくんのことを 密かに思っているらしいことがよけいに話をややこしくしています。


この女の戦いを聞きつけたともこ先生がやってきました。 さすが担任です。 手際よく子どもたちの言い分を聞き、だいたいのことは把握したようです。

「いい、サキちゃん、好きな人と必ず結婚できるわけじゃないのよ、 つらいときもあるの」 二人は手を取り合って見つめ合っています。

何か得体の知れない連帯感が漂い、その場は収まりました。


女の子は、年中さんや年長さんになると、だいぶ「おませさん」になるので 好きな子が出来てきます。

(男の子の頭の中は、○○レンジャーや虫のことでいっぱいなのですけど・・・)

でも、そのときに好きになる子というのが、 的を得ているというのか本質を見抜いているのです。

勉強が出来るとか将来性があるとか、容姿がよいとか年収とかに惑わされない分 本質を見抜く力があるのではないでしょうか。


年長さんのカナちゃんもそうでした。

何でも出来てかわいくて、しっかり者で評判のカナちゃんが選んだのは いつも鼻を垂らしていて笑うとよだれまで垂らす、いつもボーとしているユウイチでした。

カナちゃんは、鼻とよだれを垂らして遊んでいるユウイチに 甲斐甲斐しく鼻紙を持って拭いて回っていました。

その横には、格好良くて運動神経抜群のシンジがいるのにも関わらず、 ユウイチ一筋でした。

でも、ユウイチって鼻もよだれも垂らしていますが、やさしいんですよ。

誰でも困っていたら、ついつい気になって鼻を垂らした顔で覗き込みます。

言ってみれば「癒し系」なんです。 しっかりもののカナちゃんには、 かっこいいシンジよりもユウイチの方が似合っていると感じました。

さすがは、カナちゃん「人を見る目があるなー」と思ったものでした。


結婚写真で怒っていた、はりきりサキちゃんは、もう中学3年生です。

そろそろあの大きな目で見つめられる男の子がいるかもしれません。

しっかりカナちゃんは、高校生です。 先日、かっこよく決めまくった男の子の自転車の後ろに幸せそうに乗っていました。

その姿を見て、僕は心の中で叫ばずにはいられませんでした。

「ユウイチはどうしたんだー、今ではもう鼻もよだれも垂らしてないんだぞー」

遠ざかる二人にもう一度叫びました。(心の中ですけど)

「顔はカバさんみたいになっちゃったけど、環境に優しい男なんだぞー、 そんな格好だけの男のどこがいいだー、 そいつがタバコを道に捨てるのを見たことあるぞー」

道路に二人の影が長く伸びていました。

「ユウイチとは、お似合いのカップルだったのに・・」 人生、分からないものです。