Kodak 35


ファインダーを開いた状態 畳んだ状態

 イーストマンコダック社が初めて作った35ミリカメラがこのコダック35だ。以前、本で紹介されているのを見て、その武骨な外見と割り切ったスペックに魅力を感じて、ほしいと思っていた。ふつうの35ミリカメラと比べるとレンズ部分が妙に大きいと思われるだろうが、これは、コダックがそれまでに出していたブローニーフィルム用の蛇腹カメラのレンズおよびシャッター部分をほとんどそのまま流用して35ミリのボディーに取り付けたためだ。ツギハギでつくったわりには、ちゃんとセルフコッキング(フィルムの巻き上げと連動して、シャッターがセットされる仕組み)になっていて、シャッターがセットされるとレンズ上の小窓が赤くなる。ボディー上面のボタンはレリースではなく巻き上げストッパーの解除ボタン。レンズ周りのレバーでレリースしてから、このボタンを押して巻き上げる。これらの仕組みにより、二重露出や露出せずに巻き上げるというミスが防がれている。たいへん論理的だ。ファインダーは、ふだんは折り畳んであって、使うときに持ち上げるタイプ。カメラを首からぶらさげて山歩きなどすると、ファインダーがすぐに汗で曇ってしまうのだが、このカメラではそういうことがない。意外とアウトドア向きだ。ボディーはベークライト(合成樹脂)製でそのままむきだしになっている。革などを貼っていないので、傷んだり黴びたりする心配がない。このベークライトが肉厚でずっしりとしていい感じだ。両端が丸くなったボディーの形は初期のライカに似ている。

裏蓋&底をはずしたところ

 裏蓋は、底と一体となってはずれるタイプだからフィルムの装填が楽にできる。このあたり、ロシア製のFED−2というカメラに雰囲気が似ている。革を貼らずに素材むき出しというのも同じだ。時期的にはFED−2の方が後なので、こちらが真似をしたのかもしれない。着脱用のダイヤル部分の表示が、閉まっているときには「open」、開いているときには「lock」という文字だけが見えるようになっているところが、さりげなく気が利いている。中を見ると、ピカピカにメッキされたフィルム圧板がめだつ。現代のカメラではふつう黒塗りなのだが、このころのコダックはなぜかピカピカが好きだ。ラベルのデザインもいい時代を感じさせる。フィルム巻き上げ部分のギヤは、これまたピカピカのステンレス製で頑丈このうえない。どうしたって壊れようがないという感じ。フィルムが入っているときには、巻き上げにともなってスプロケットギヤ(フィルムの両端の穴にかみ合う歯車)が回され、その力がレンズ部分に伝えられてシャッターがセットされるのだが、空シャッターを切るにはこのギヤを指で回さないといけない。回転が重いところにギヤが尖っていて大変指が痛い。フィルムとは丈夫な物だなと思う。



裏蓋開閉ダイヤル いい雰囲気のラベル ステンレス製の重厚なギヤ列
手前に突き出しているピンが押されると、
フィルム圧板が前方に押し出される

 裏蓋についてもう一つおもしろいことは、フィルム圧板のところに仕掛けがあって、蓋を閉じた時にはフィルムを強く押さえるが、蓋を開けるとともにその圧力が弱まるような仕組みになっている。それまでのブローニーフィルムでは、フィルムが黒い裏紙と一緒に巻かれているが、35ミリではフィルムがハダカで移動する。その辺にずいぶん気を使って、少しでもフィルムに傷がつかないようにする工夫ではないかと思う。あまり実利はないようにも思うが、設計者の心遣いがうれしい。



いい名前がついたシャッター

 裏蓋についてずいぶん話が長くなってしまったが、本来このカメラが気になった理由は、そのシャッターの「名前」だった。スズキさんやホンダさん、ミズノさんなら、自分の名前のついた品物にはことかかないだろうが、私の場合にはあまりないので、これはかなり注目に値する。この名前のシャッターは、これ以前の蛇腹カメラにも使われている。もちろん本来はコダックという名前にちなんだシャッター名だ。それではそもそも「コダック」という名前は何に由来するのかを調べてみたところ、別に意味はなく、創業者ジョージ・イーストマンが響きがいいからという理由で作った造語なのだそうだ。きわめて静かかつ手応えのないシャッターだが一応ちゃんと動いている。セルフタイマーは残念ながら不動。


Kodak Anastigmat
Special 50mm f3.5
左が被写体、右がフィルム

 レンズは、Kodak Anastigmat Special 50mm f3.5というもの。EYで始まる製造番号から1940年製であることがわかる。60年の歳月を経た結果、内部に若干曇りを生じていたが簡単な掃除できれいになった。コーティングはされていないがすっきりとした写りだ。左の構成図は、コダックのパンフレットから取ったものだが、一見してテッサーと似ている。違うのは右側の後群貼り合わせレンズの順番が、テッサーでは逆に被写体側から凹凸の順になっているところだ。同じ時期に発売された、コダックの最高級機エクトラ用の交換レンズEktar 50mm f3.5も、資料によれば似た構成図になっている。高級機のレンズと似た設計かと思うと、また写りがよく見えてくるからいいかげんなものだ。同時期のレチナ用のEktar 50mm f3.5も似ているのかもしれない。


 本によれば、このバージョンのコダック35は1938年から1948年にかけて製造され、当時の売価40ドル。少し後から同じく米国のアーガス社が、連動距離計つきのアーガスCを25ドルで発売したので、コダックも急遽連動距離計を取り付けたモデルを出したりして苦戦したようだ。この距離計付きモデルの方が、オークションに出る数は少し多いようだが、それでなくても大きいレンズ部分に、さらにゴデゴテと歯車やレバーを外付けし、ボディー上部に距離計を積み重ねたので、たいへん不格好だ。
 このコダック35のように距離計・露出計を持たないモデルは、故障する部分が少ないし安いので、現物を見ることができないネット上のオークションでも買いやすく、ついついその後いろいろな機種に手を出してしまった。現代のフィルムとプリント装置をもってすれば、写るんデスのように固定露出でも結構高画質のプリントが得られる。このような簡単なカメラが、今こそもっと使われてもいいと思う。



2000.6.28 記す


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