上高地から槍沢・涸沢

1998年5月連休

各地からの便りによれば今年のゴールデンウィークの山は大変雪が少ないようだった。今年は、立山から上高地に至るいわゆる「日本のオートルート」をたどってみたいと考えていたが、連休途中で天候が崩れそうだったし、体力的にもキツそうだったので、終点近くの双六岳周辺から槍ヶ岳にかけてというコースを考えていた。しかし、槍ヶ岳山荘のホームページに載せられた写真によると、双六岳は尾根筋がほとんど露出しており、それに対して同ページに載せられた槍沢の写真がたっぷりと雪に覆われていたので、方針を転換して上高地から槍沢往復とした。余裕があれば涸沢にもまわって適当なところを滑るという作戦である。


 

 沢渡まで自動車で行って仮眠をとり、朝シャトルバスで上高地に入った。板をザックにつけて歩き出すと、その重さが実感される。あまり考えずにバックルのついた滑降用のテレマークブーツ(さすがに皮製だが)を履いてきてしまったので、その重さ硬さと、すねの部分の高さがしだいに気になりだす。やっぱりエキストリーム(紐締めの革靴)にするべきだったか。

 道には雪はまったくない。ところどころ山桜が咲き、気持ちのよい春のハイキングである。槍沢の写真を見ていなければ、この先に本当に雪が待っているのか、自信が持てなかっただろう。靴が土ボコリで真っ白になるころ、横尾に着いて早々にここで一泊。槍平ロッジまで歩いておけば翌日は楽になるのだが、槍平ロッジが開いているのを知らなかったし、ひさびさに重いザックを背負って歩いたせいで、ここでもうバテていたというのが実のところ。

View of Yarisawa from Baba-daira

 翌日は曇り空の下、しだいに増えてくる雪を楽しみに歩いていく。槍平ロッジを過ぎ、樹林帯を抜けて河原に出るとそこからは雪の世界だった。そのすぐ先のババ平のテント場を過ぎたところで、シールを貼った板を履く。うーん、本当にスキーが出来そうだと、あらためて実感。(左図はババ平からみた槍沢)



Tengu-hara

 大曲がり(標高2100m位)のあたりまではクレバスが所々にあった。ときおり日が射すと暑いが、日差しに輝く雪や、右手の東鎌尾根の上にのぞく青空がきれいだ。標高2400mを越えたあたりからガスが濃くなってくる。竹竿で示されたルートを横目に見ながら、ジグザグにシール登高を続ける。雪は概ねザラメ状で、シールは効くものの、横方向にガサっとくずれることがあるので気を抜けない。(右図は標高2350m付近から見た天狗原。いつもはもっと雪に覆われているのでしょう。)



Top of Yarigatake

 斜面には微妙に勾配の緩急があり、登りながら見ると少し傾斜の緩いあたりが、まるで台地かテラスのように見える。あの平らなところまでと、励みにしながら登ってみると、そこには相変わらず斜面が続いているだけで、ちょっとがっかり、というのを繰り返しながら登っていく。なかなか近づかない殺生ヒュッテを見上げながら、やっとの思いで登りついた標高2850m付近は本当にかなり顕著なテラス状になっていた。さて最後の登りはどんな風かと眺めていると、ちょうどガスが吹き払われて斜面の全貌と槍の穂先が姿を現した(左図)。最後の150mほどの登りは大変きつかったが、意地でシールで登りきった。でもつぼ足で直登したほうがよっぽど速かっただろう。横尾を朝7時発、槍ヶ岳山荘午後3時15分頃着。



Uppermost part of Yarisawa

 槍の穂先はほとんど雪がなく、疲れた足にテレマークブーツでも、そう苦労せず登ることができた(右図は途中から見おろした槍沢最上部。真ん中少し右の赤い屋根が殺生ヒュッテ)。コルから穂先にかけてよく晴れているが、まわりはほとんど雲の中だ。穂高は厚い雲に覆われている。西鎌から双六方面がときおり見える。北鎌尾根を登ってきたパーティーが感慨深げにあたりを見回している。ブロッケン現象が見られた。槍のてっぺんでのんびりしていると、穂高のほうから次々に雲がおしよせてきて。まるで飛行機に乗っているようだ。槍ヶ岳山荘で一泊。天気予報によればメイストーム襲来の気配が濃厚とのこと。



Skiing in Yarisawa

 一夜明ければ、予想通り濃いガスと強風。幸い、西風なので槍沢に入ってしまえば風は感じない。気温が高いので雪は柔らかい。見通しは10m程度だが、おかげで高度感がなく、急斜面の割にはリラックスして滑れた。雨雲の中にいるという感じで、雨は降っていないものの、ウェアやストックがびっしょり濡れる。標高2300mぐらいまで下ると視界が開けた。そのかわり稜線を越えてきた強い風にときおり吹かれる。遠くからザーッという音が近づいてくると思ったら、アラレが吹き付ける。そんなこともあったが概ね快適な滑りを楽しむことが出来た(左図は証拠写真)。ババ平まで滑り込んでまた板を背負う。この下りでは、すねにブーツがあたるところが大変痛くなり、一歩ごとに苦労した。横尾で静養することにする。



Karasawa  メイストームをやり過ごして、またよく晴れた朝、横尾を発って涸沢に向かう。対岸の屏風岩の眺めを楽しみながら歩く。本谷橋あたりの雪渓で右岸にわたり夏道を辿っていく。雪渓手前のへつりの部分では、かなり崩壊が激しく、背負った板に気をつけながら慎重に歩く。前日には川まで落ちて怪我した人もいたらしい。雪渓自体も、クレバスがかなり発達していて不安定そうだ。すれ違った人の話では、数日前までは谷通しで涸沢までいけたそうだから、スキーにとってはずっと楽だったろう。しばらく歩いたところで、シール歩行に移る。(右図は涸沢へのトラバース。沢が割れている。)



Avalanche from Karasawadake

 涸沢からの、残雪をまとった穂高連峰の眺めは何といっても素晴らしい。涸沢ヒュッテでオデンを食べながら、鯉のぼりを見上げてゴールデンウィーク気分を満喫する。涸沢岳の真ん中あたりから雪崩の跡が走っていた(左図、左端がザイテングラート)。雪崩もさることながら大小さまざまの落石が点々としていて、緊張を誘う。中にはテーブル大の岩もあるが、こんなのはどれぐらいのスピードで落ちてくるのだろうか?不要の荷物をヒュッテに預けて、まずは白出のコル(穂高岳山荘の建っている鞍部)を目指す。ザイテングラートの右手、雪崩の跡との間を登って、上部でコルへとトラバースするコース取りが一般的なようだ。途中、アイゼン登高に切り替えて、板は引きずって歩く。雪の急斜面を登るときには、板のトップの穴に15cm位の細引きとカラビナをつけ、ザックの背負い紐に引っかけて、両脇から板を垂らしたような格好でのぼるのが私たちの好みだ。見かけは少しだらしないが、風が強いときにあおられにくいので気に入っている。足場が不安定でも着脱が容易だ。あえぎあえぎコルまでたどりつくと、小屋の人や県警の兄ちゃんがグリセード大会?をやっていた。忙中閑ありというところか。


Azukisawa

 どこを滑るかちょっと迷ったが、登路はつぼ足の跡でボコボコだし、左(涸沢岳の方)に寄れば雪崩と落石の跡がコワイしで、結局、小豆沢(コルから出ている沢)に挑戦することにする。最上部は横方向のクレバスが多数入っているし、傾斜はスゴイしで緊張したが、なんとかこなす。ここを登ってくる人がいるので、雪を浴びせないようにするのに一番気を使った。1/3ほどおりて奥穂直下を滑ると、大変いい気分。(右図は小豆沢最上部。真ん中左よりに涸沢ヒュッテとテント村が小さく見える。右手の真っ白い部分は、前穂北尾根の5・6のコルからの斜面。)



 翌朝は、涸沢岳と北穂高岳の鞍部に向かって少しのぼり、ミミ岩あたりから滑降を楽しんだ。ここは、スキーの人気ルートらしく傾斜もほどほどで落石も少なく安全そうだ。何といってもつぼ足の跡がないので登るのも滑るのも楽だ。なまじ空身での滑りを楽しんだので、ザックを背負っての涸沢からの帰りの滑りはちょっとギクシャクした。板を背負っての林道歩きはさらにつらく、上高地まで着いたときにはかなり疲れてました。めざそう、装備の軽量化。(特に板と靴)


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