豊橋の三大祭りと祭礼

豊橋の三大祭りを市の概覧等で読むと三大祭りは吉田神社の祇園祭、飽海神社の鬼祭り、豊橋市の商業祭の豊橋祭り、となっている。市民も豊橋祭りが(写真)市の代表祭りの一つと誤解している。これは大きな間違いで豊橋祭りは会議所などを中心とした商業祭で神社を中心とした氏子の祭礼ではありません。正しくは古人から呼ばてるように羽田神社の祭礼を選択しなければいけないのです。何故、三大祭りと呼ばれないかというと、羽田の祭礼は市の観光協会に加入していないから。奉賛会をつくり市内全域から協賛金を集める祇園祭、鬼祭りには潤沢な資金がありますが、祭礼の時に地元氏子の寄付だけで運営される羽田の祭礼は、とても体力がありません。

豊橋市は昔、吉田城下にある吉田神社とその隣の飽海神社、そして今の駅周辺から駅西の方に続く農村地帯にある羽田神社の部落が合併して出来た市ですから、歴史をたどればこの三つの祭礼が三大祭りと呼ばれるにふさわしい。

行政は、港まつり、手筒花火などの炎の祭典、豊橋祭りを行政の「三大祭り」と提唱すればいいのです。

 

豊橋祭りは市民総踊りが売り物。

子供の頃は市内の松葉公園で盆踊りの大きい程度の人出だったけど、徐々に参加団体も増えてきて、今では市道を埋め尽くして実行するようになった。
更に、市道では狭くて行列が長すぎるので今度は駅前の県道を使い、全面広場にして実施する事になった。でも通りを埋め尽くした市民を見て殿様気分を感じていた前市長はここまでで失脚、実際に見物したのは新市長。
総踊りも参加者に子供が増えたため、日曜日から土曜日の夜だけに変更になった。今回は日曜日には踊りコンテストを別に実施し、盛り上がりを図った。

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