第4回  教師力アップセミナー

平成23年10月10日(月)

小牧市立小牧中学校

                           講師     野口芳宏  先生

1 道徳の模擬授業「なぜ学校に来るのか」  10:00~12:00

 

 今日は「なぜ学校に来るのか」を道徳の模擬授業で行う。

 2年前、一橋大学出身である石原慎太郎東京都知事が、同期会を開いた。定年を迎えて大方は暇をしている。その同期会での話だ。

 一橋大学は、元東京高等商業学校で、世界に羽ばたく人を育てており、外国語は達者だ。退職すると、「ボランティアで英語指導」をと学校に申し出たら喜ばれた。

 いよいよ中学校へ入ると、校長から「一つだけお願いがある。叱らないでください」と言われたと仲間に言ったら、「お前もか!俺も言われたよ。」という声が出た。

 石原知事が気にした。

  「叱らない教育なんて成り立つのか?」

 

 今朝、インターネットで横浜の対教師暴力の記事をプリントアウトしてきた。横浜市教委によると、昨年度に起きた対教師暴力事件393件で過去最多だ。

    http://p-prince.at.webry.info/201010/article_1.html  

 同じ生徒が繰り返したり、感情が押さえ切れなかったり、注意された際にキレル。「叱られたた」ではなく、「注意された」だけだ。

 

  10数年昔、栃木県黒磯市(現・那須塩原市)で中学校の英語教師が刺されて殺された。日本で初めての生徒による対教師殺人だ。10分ほど遅れてきた子どもを、授業後に注意したら、ポケットからバタフライナイフを出して先生に向けた。その先生は気丈にひるまなかった。脅そうと思ったのに、反撃にあったので、逆上して滅多刺しにした。普段はおとなしい生徒で、注意されたときに感情が押さえ切れず、キレた。

 市教委は、指導主事をとSCを派遣して対応した。

 指導主事の中には、現場の苦しさに耐えきれず、指導主事に逃げた者がいる。指導力は疑問だ。

 SCの役割にも誤解がある。教師とSCのスタンスは違う。SCには指導的な役割は期待できない。あくまでも相談だ。教師の指導と、SCの助言の狭間で、子どもを混乱させることになりかねない。

 そこで採った改善のための方法は?

 「リーダーによるチーム作りとルールの徹底」だそうだ。こういうのを読むたびに、違うのではないかと思う。派遣で問題が解決するのか?チームワークで解決するか?私は疑問だ。

 そもそも学校に来る意味、理由をわかっていないのではないか?

 教員が団結しても効果が上がらないのでは?そこで、今日はなぜ学校に来るのかを取り上げて、授業の形で具体化する。

 

 それでは、生徒役(S)になってほしい。幼い考えでなくてよいので、今の気持ちで素直に考えてほしい。

 

Q「今日はどこにきた?」 

 私は手を挙げさせない。ノートに書かせる。手を挙げると積極的な子どもに限る。手を挙げなきゃ指されない、そういう消極的な授業態度を作るのがそもそもおかしい。

 改めて、「今日はどこにきた?ノートに書きなさい。」

 

 まだ書いてない人は?私は、全員参加、「常時全員参加」と言っている。常に一人残らず参加していなくてはならない。それが私の主張だ。

 「書かなくてもいいじゃない」ということから教師への反抗が始まる。

 

 隣近所で答え合わせをしてみましょう。

 

S「小牧中学校に来た。」それは抽象化に欠ける。(笑)誤答ではないが…。

 それでは「何のために学校へきた?」これなら少し違ってくる。

 答えはズバリと短く書く。雑物を捨てて、大切なことを書かせる。要約力を付けるにも有効だ。だらだら書くのはよくない。

 隣近所で情報交流をしましょう。

 今、机間巡視をしないが、いつもはしている。回って、答えを分類する。

 近くと違った人、手を挙げて。

 

 私は、常々「公的話法」で話せと言っている。「常より大きく、常よりゆっくり、常よりはっきり」、相手本意の話し方である。                    

  今時の大学生は、私的話法の固まり。(笑)

 あなたは公的話法でどうぞ。

S「部活動で体を動かすため、給食を食べるため。」

 無理に中学生になること無いんだよ。(笑)

 給食を食べるために来るというのはふざけているとは言わないけど、あまりにも部分的。もっと包括的に。

 

S「お隣さんと似ているところは、勉強するため、私は賢くなるため。もう一つは仲良くなるためと考えた。」

 

 すぐ板書する人がいる。それを反射的板書と読んでいる。それはだめ。「吟味板書」、これは板書すべきと吟味して書く。

 マイクの使い方について。多くは口に近づけ過ぎる。響いて、何言っているのかわからない。そのためには、体につけるとよい。決まった音量で、決まった音質で、動かない。大学での100人以上の授業では、公的話法で、マイクは身体につけて行う。今日はだんだん良くなっていくので、期待してほしい。

 

S「自分は、学習、勉強のため、学力と社会性の向上のため」なるほど

S「隣は、学習を身につける、私は人の役に立つ人間になるため」

 教師は、聞きながら分類する。

 今の発言を大きく2つに分けるとどうなる?

 簡単に言うと、今の先生の発言は

  A 個人、自分のため

  B 社会、集団のため

 とかく、Bを忘れがちだ。こうやって、分類してやること自体が一つの教育。分類すると違いがわかる。勉強するために来ている。

 勉強するというのはこの二つ。 

 「 頭、 心あるいは胸 」

 学校に来るとは、平たく言うとこういう事だ。

 大きく言うと3つある。「知 徳 体」いずれも大切。

 

 この3つの仲で、最も基礎になるのはどれですか?

 ノートに書いてみましょう。

  「A 知、 B 徳、 C 体」

 選択肢を示して選択させるのはいい方法だ。

 ある授業で、選択肢を示したら指導主事が「クイズ的」といった。わかっていない。(笑)

 クイズではない。責任のある選択をさせている。きわめて表面的な指摘だ。授業者も憤慨していた。

 (挙手の結果は A 1割、B 7割、C 2割 )

 

 これは、C。

 基礎は、体あってのもの。小学校から高校まで、体育はずっと必修なのはそのためだ。

 三角形で書けば、体育が一番下。

 今、体が問題になっている。「早寝、早起き、朝ご飯」と陰山さんが言ったが、体が狂うと、皆狂う。

 先生の帰りが遅いのは、ゆゆしき問題。健康な身体で子どもの前に立つことが教育の大前提だ。ここでいう体育とは、基礎的な体力のことで、スポーツではない。

 文句あるかな?ないね?(笑)

 

 体の上には?AかBか?まず必要なものは?

 質問を変えると、「知育と徳育、どっちが難しいか?」

 発問が揺れるな…。(笑)大事なものを上に置くとしたらAかBか。

 書かせていないとぶれる。書いてください。

 

 森 信三先生が挙手の三原則を言ってみえる。

 ① 手をまっすぐ、② 指先をそろえる、③ 素早く挙げる 

 これを教えると効率が上がる。

  (挙手の結果は A 1割、B 9割 )

 

 これは、徳。

 こうして、先生が結論を言うことは大事。

 学力が低くても社会の迷惑にはならない。しかし、徳力が低いと、逮捕される、拘束される、留置される、刑を与えられる。

 だから、体育が基礎で、知育が中間で、徳育が最も重い。

 

 道徳は、担任の考えを持って教えることが大事だ。担任道徳というが、個性を反映した授業をやりましょう。人によって違ってもいい。

 

 例えると、体育は船そのもの。知育を例えると、船の装置、装備、設備。

 それでは、徳育は、船で言うとどこになる?ノートに書きましょう。

 答えは二つでてくる。

 周囲と相談してみよう。こういう形態をグループ学習という。一斉学習に取り入れる一番の価値は何だ?

 私は、気晴らしだと思う。(笑)

 

 グループ学習をやって自分の考えを変えることはほとんどいない。自分の決めた答えに固執する。子どもは、人からなかなか学ばないものだ。

 おしゃべりすると、肩の力が抜けて雰囲気が和らぐ。時々入れると、子ども達がニコニコする。緊張と弛緩を時々入れる。

 

 ノートに書いて発表するときは、そのまま読ませる。短く、ズバッと言わせる。

S「船長」「船頭」

 どちらも船ではない。よく聞いていないとこういう答えが出る。(笑)

 聞いたことについて答えること。

S「船長は船の一部です」

 一部ではない。船長が降りても船はある。

S「レーダーと舵」両方大事。正解だ。ずばりいうと羅針盤と舵。

 漢字で書ける?今はひらがな時代だから。

 「舵」「梶」の両方「かじ」。かじを操ることを操舵という。

 どんなに設備が優れていても、操舵によって船がくるくる進む。

         

 こうやって、人間教育を総合的にやっていこうという構造になっている。

 

 世の中には、体力が無くなって、病気になって、本人には気の毒だが、社会の迷惑になることがある。しかし、徳育の低いのはもっと迷惑だ。

 一番大事なのは道徳ということになる。

 その授業が、残念ながら、一番軽んじられているのが日本の教育の問題だ。

 教育委員会の調査では、道徳実施率は100%となっているが、大学に来るとわかる。

「道徳の授業を受けていません。」という学生がたくさんいる。

 

 人間は社会的存在といわれている。一人では暮らせないという事実を子ども達に教えなくてはならない。人の世話にならないで生きているというのは大変な思い上がりだ。

 今、こうして話す立場だが、私が自分で考えたり作ったりしたことは一つもない。みんな人から教わった。ネクタイ、チョーク、みんな人様が作った。書いている文字、言葉、私が作ったのではない。2000年を越える歴史の中で磨かれた。様々な人の力のおかげである。こういった自己認識、支えられている、社会的存在であるということは教えなくてはならない。

 

 人間として、その社会に参加している参加の仕方が二つある。

 ① A 受動的参加 : 消費的参加

 ② B 能動的参加    生産的参加

  「Aは社会のおかげ」で、「Bは社会のために」という考え方だ。

 Aはどういう人たち?Bはどういう人たち?

 こうして、言葉に対して具体的事例を対応させていくことは大切だ。

 わかるとは、記号と経験を適合させていくこと。

 

 書いたところで、気晴らし(交流)を。(笑)

 今見せいているくつろいだ表情は、一斉授業ではなかなか見られない。

S「Aは消費者」

 そうやって書いた人? 消費者は立場だ。期待していた答えとは違う。期待はずれ。 私の言葉を違う意味でとられた。

S「こども」そう。乳児、幼児、児童、生徒。

S「Bが政治家、Aが国民」考えすぎだね。

 病人、老人、こういう人たちは、もっぱら受動的参加。

 言い換えると、「社会的弱者」という。こういう言葉をきちっと教えていく必要がある。言葉により整理できる。しかし、価値がないということではない。

 病人や老人は、これまで貢献してきた人のこと。子どもは、これから貢献する人のこと。排除とか軽視してはとんでもないことだ。

 

 それでは、能動的参加をしている人は、どういうひと?

 ノートに書く。形を与えること。

 能動的なメンバーは?

「就労者」「働いている人」同じだね。(笑)

「健康的な人」健康でも働いていない人もいるよ。

「仕事を持っている大人の人」働いている人のことだね。

 社会に能動的に、生産的に参加している人。社会の担い手、就労者という言葉はわかりやすい。

 それでは、Aの生活を成り立たせるのは何?

 これも異質な答えが出てくる。

 私たちが道徳の授業をする相手である子ども達が守らなくてはいけないものは?

 それを破ったら、受動的な生活、参加が成り立たないもの。

S「社会の規則」

S「感謝の心」これはちょっと高級だ。

S「所属しているところのルール」ルールだね

S「保護者の言うことを聞く」

 これらにつきる。社会的弱者の条件はルールを守ることだ。

 日本では「規範」といい、守ることを「遵法」という。英語では、コンプライアンス という。

 この「遵法」「規範の尊重」は、Aだけでなく、Bにも必要。人間が社会生活をしていく最も基礎になる。

 だから、学校に来るというのは簡単に言うと、規範を理解し、それを守るようにすることが一番大事。一番上に挙げている。ここを日本の教育が軽んじている。

 だから先生は忙しく家へ帰れない。悪循環だ。

 

 規範、遵法を忘れると、どういうことになるか?

 未成年の場合には、「少年院」。今では、何とか学園という。

 わたしは、少年院で授業を3回やった。頭は丸刈り。少年院は、凶悪犯しか入れない。

 少年院は鍵社会。教師に入ると鍵がガチャ。出てもガチャ。

 一旦入ると、出所するまで社会に出られない。全部カギの社会。私語は禁止。友達同士話をしてもいけないすごい社会だ。

 先生となら話していい。お金は与えない。

 結局、自由を拘束すると言うことだ。それまで自由にやっていたのを拘束する。心の教育をし直す。再教育だ。そして作業をさせる。畑を作る。働かせる。

 

 これだけやっても、出所させると6割は帰ってくる。こういう話をしてやった方がよい。

 なぜ戻ってくる?社会が受け入れてくれないからだ。

 最初からいい教育をやっている方が簡単だ。

 狂わせてから戻す方がはるかに難しい。

 世の中で決めたことを守りあって社会生活を守ることが大切だ。学校は、そのためにある。

 「何のために学校へ来るか」という授業を、1年に一回はやった方がいい。これを忘れると、先生に注意されたのに、感謝しなければならないのに反抗するとは根本が違う。

 人は、しばらく社会のお世話になり、やがて、能動的参加するようになり、働いた後で、また帰ってくる。

 子どもの時代には、能動的参加が出来るように勉強する。社会のために学ぶことが責任だ。徳育を望ましくしていくために、先生は一生懸命やっている。注意し、叱る。徳育を望ましくするために。

 次のどちらが正しいか?書いてほしい。

 

  A 絶対しからない B 叱るべき時には叱る

 

 Aとあげる人はまずいない。全員が、Bを選ぶ。

 ただ、そこで終わらないこと。「なぜだ?」これが大事。

 ここが確認されていないから、対教師暴力になる。これこそが望ましいという答えを文で書いて欲しい。互いに点検してみて欲しい。

 これだと思う答えがあったら推薦して欲しい。

 

S「社会的規範に照らし合わせて、自分自身の間違いに気づくことが出来なくなるから」

 

みなさん、採点してみましょう。

 

「自分の考えに似ているから100点を付けました」

「似ているが、ほぼいっしょ」

「100点」聡明な答え方。

異質な答えあるか?叱る意味。

「社会生活を送る上で、繰り返してはいけない間違いを繰り返さないように気づかせてくれるから」

 気づかせてもらうことはとても大事だ。叱られると言うことは、実は、自分の幸福な人生を約束させてくれるんだ。社会の規範を守れば、幸福な人生は約束されている。

 ここをしっかり教えていけば、校内暴力はかなり防げる。

 「叱ってくれてありがとうございました」を教えなくてはいけない。

 みんながルールを守れば、いい社会になる。社会を作る自分が、順法精神を守ることが大事。人間は社会生活をする動物なので、学校でこういう事を教えなくてはいけない。それが学校へ来る意味だ。

 「幸福な人生」という授業は無学年授業だ。1年に1回は確認する。

 

 なぜ学校に来るのか、という授業をした。このあと、質疑、感想、を交流したい。

 

(5分休憩)

 

 司会:みなさんから質問をいただきたい。

 司会が求めているのは質問。質問は一番出ない。「どなたからでも」というと雰囲気が沈む。あんまりないものだ。

 しかし、感想はみんな持っている。感想から行くのがいい。そうすると質問が出て来る。感想もどなたからでもというと出ない。だから、5分の前に4,5人は決めておく。

これがポイント。

 5人ぐらいがしゃべると、雰囲気が和らぐ。

 司会の「不慣れですが・・」もいらない。みんな不慣れ。

 指名した方がよい。

 

 今年、10年連続で野口先生にお願いしているので、よく出席されている方に聞いてみる。 

S「社会的ルールは大事だと思います。雑談で話していたことだが、たとえば戦前の教育、戦争に行かなくてはいけない。そういう思想に反対する人は逮捕される。社会のルールに従うことが幸福な人生になるのか。社会的ルールをどのように思えばいいのか。」

 

 私たち初等普通教育では基礎を教える。特殊な場合にはどうするかを考えると、基礎基本から遠ざかる。社会的ルールは守るべきというのが基礎基本。

 特殊な事情については、「難しいんだね。よく考えてごらん、先生も考えてみるね。」

でいい。

 私の考えは、戦時中は、赤紙に従うことが幸福。そういう社会。仕方がない。それを乗り越えて現代の社会が出来ている。その時代のルールを守るのが人生の幸福だ。

 

S「ルールといったとき、たとえば、電車に席をゆずるはルールではない。しかし、私たち教師はそうさせたい。後一歩という部分は扱わないのか?」

 席を譲るのはルールではない。いい子としてほめられる善行快感を経験すればいい子になる。逆に不善快感を求める子もいる。善行快感を思えさせることが大事なことだ。

 

S「席を譲る?俺はそんな年をとっていない!と不快感を与えることがある。そういうことについてはどう考えればいいのか?」

 いい経験したね。(笑)世の中にはいろんな人がいるんだよと教えればいい。

 私の大学はスクールバス。わたしは最後に行く。気の利いた学生はどうぞという。気持ちはありがたいが、座ってらっしゃいという。傷を付けない言葉で。

 

S「小4の担任だが、今日の話をどう授業でやったらいいのか。どうしたら子どもの中に落とし込めるか。例があれば教えてほしい」

 私が展開した模擬授業は、4年生には無理だな、と思う人は×。出来ると思う人は○。

判定して欲しい。

 ( 挙手の結果 ○ 7割、 × 3割

 私は大丈夫だと思う。4年生ぐらいから教えるべき。教えないから幼稚になる。抽象的な言葉を理解し、駆使するのが教養だ。

 日本の教育の最大の関心は学力。PISAで下がったのにショックを受け、少し上がって喜ぶ人がいる。

 これは、先ほどの話の装置、装備に力点が行きすぎだ。対処療法だ。

 文科省は、不動の部分を大切にしなければいけない。

 

 今の重点は、舵。これが国民を不安にしている。どっちに舵を取るか、その観点は次の2点。

  A 私益、利己  B 公益、利他

 

 Aは不幸になる。Bは幸福になる。

 もし死んでも、妻に、子に、教え子に与えた愛は残る。自分勝手は、結局不幸になる。

 人のために注いだことが、結局幸せな人生になる。ここが希薄になるから、校内暴力になる。

 

S「規範意識をつけるためには、言い続けると、押しつけがましい。子どもが考えない。子どもからそういう大切なものを大切に扱う気持ちを起こさせるには何に気をつけるか」

 基本的な教育観の違いがある。押しつけてはいけないと思っている?

 規範は教え込む。先輩が作ってきた社会の規範は守るべき何だ。詰め込むことが大事。押しつけてはいけないと言う考え方は、どうしてか?少年院は全部押しつけだ。甘やかしといって、最後は自由を奪うこと。

 学校は、自由を奪っていけないというか、その子の人生を誤らない。押しつけても入らない時はたたき込む。(笑)

 自信を持って子どもを導かなくてはいけない。

 私が幼い頃の先生は「まだわからないのか」と睨んだ。すぐに「わかりました」と答える。時間がかからない

 今は、「わからないのか?」「わからないわ~!」「わかった、わかった」(笑)

 おかしい。先生は常に上だ。

 舵を取るのは簡単。親の言うことを聞きなさい。先生の言うことを聞きなさい。あなたの幸福な人生を望んでいるのだから、間違ったことは絶対に言わない。「はい!」って聞きなさい。

 

S「今年から中学校の教員になった。小学校ではルールが曖昧だが、中学校では厳しく指導されるし、子どもはその理由を理解していない。靴下のワンポイントも疑問に思っている。本当に正しいルールなのか自分がわからない。」

 それは大切だ。ルールの意味、ルールの価値を理解していないといけない。ワンポイントのくつしたはいけない?それはポイントだな。(笑)

 制服は決まっていればいけない。警察官がリボンを付けていたらおかしい。それが決めたルール。ワンポイントぐらいはいいと認めたらツーポイントになる。

 私生活ならそれでいい。みんなで一斉美を決めているのだから、ルールの価値、ルールの意義をわからせないといけない。ただ押さえるのは良くない。

 今日の授業も、学校に来る意味の背後の意味を理解させる事にある。叱ることの意味を教えないから、「うるせぇー」になる。

 今日は若い人の質問があってうれしい。

 

 

 規範はたたき込むについて?

S「先生の話は千葉県まで話を聞きに行ったことがある。たたき込むは大賛成。戦前の教育も一部を除けば大賛成。修身も復活させてほしい」

 日本の天皇制はまた改めて考えてみたい。世界のどこの国に誇れるのを一つあげるとすればいろいろ悩んだが天皇制だと思う。日本の皇室はすばらしいと思う、理解しないとせっかくの価値に気づかない。

 皇室の話はここでやっていない?

 

S「私益と公益だとおもうが、親自身が私益を求める場合がある。親と教師が違うときは、そういうときはどうするか」

  親には自分の考えを伝える。

 聞くかどうか。子どもを教育する義務があるが、親には義務はない。経験上、おおかた受け入れられる。びくびくしないで、親に言うべき。

 (午前の部 終わり)