第49回小学校教育研究発表協議会
5月29日(水) 愛知教育大学附属名古屋小学校

以下の記録は、土井が参加しながらモバイルで記録したものです。当然、言葉足らずのもの、誤解があるかもしれませんが、学校や授業者には全く責任はありません。ご了承ください。

研究テーマ「明日にはばたく子の育ち」

公開授業
1時間目
6年1組「天皇を中心とした政治」
後藤健之教諭 の授業を参観した。
これまでの学習をふまえて
これまでの大仏の改修の歴史を振り返り
多くの人が大仏を守ってきたことを知り
自分も文化遺産を守っていこうという展開である。 

【土井の感想】
 本校の研究テーマに関する、社会科部会としての考えには基本的に賛成である。
「明日にはばたく子の育ち」として「自分の力で社会的事象に関わっていく中で身につけていく共に生きるための見方や考え方」とのとらえ、さらに育ちにつながる授業としてかかれていることは間違っていない。
 そこにはこう書かれている。
○ 出会う授業・・・社会的事象と自分たちの生活との関わりに気づき、社会的事象の持つ意味まで追求していけるような問いを見つける力
○ 追究する授業・・・自分の力で問いを解決していく中で、社会の人々の生活向上と安定のために努力している人々の考え方や生き方に迫っていく。
○ 決める授業・・・とらえてきた地域益や地球益を見直したり、社会のしくみやはたらきをとらえなおしたりしていくことで社会的事象と自分との関わりを決めていこうとする。

 これは、丹葉地区の資料集部会がやってきた精神と共通している部分がある。丹葉地区でも、「社会に働きかける」として、さまざまな働きかけをしてきた。 
 ただ、ネックは「歴史」だ。
 歴史と子供たちの時間的・空間的・心理的距離は大きい。
 その中で、どう自分との関わりを決めていこうとするのか、大変興味がある。
 
 今日は、「この大仏を自分たちは守っていきたい」という終わり方であったが、それでいいのであろうか。それが一つ疑問である。

第2時 国語
6年3組長縄伸一教諭

単元名「お兄さん・お姉さんに相談してごらん」
この単元で学習したいことを個別に確認した後、
「今日のはじめの考え」
「なかなか言えない子に、こんな聴き方をしたら話してくれるのではないかな」について思ったことを各自がプリントに書き始めた、
先生は机間指導。この時には教師の速読・視力の良さも大切な武器である。児童のスピードは速く、前時の学習がこの時間の基礎になっていることが伺われる。
「優しく聞く」「例を挙げて思い出させる」どんな例かな?「親子げんか」「自分の昔体験したこと」「友達」「例を挙げて自分の気持ちなんかを話す」「その子が納得し落ち津得るように話す」

今日のめあて
「悩みの聴き方について考えよう」短冊黒板を掲示すると、児童は一斉に「今日はきれい、何分で書いたの?」という声が聞こえる。ほほえましさから、日頃の良好な人間関係が伺われる。もう少し、先生もジョークで返してほしかった。

 ビデオを見て、こんな工夫をしているのではないかなという工夫を見つけてください。加木屋先生登場。教師同士の自作ビデオを児童は興味深そうに聞いている。
「どうかな、どっちを見るの?」

もう一度流します。
2回目視聴
児童はかなり書いている。
1,2分書いてください。

※ ビデオに集中していた子は真剣に書き始めた。もうすでに視聴中に書いてしまった子はやや退屈そうだ。いつ書くかの指示があってもよさそうだ。
 よく、1,2分といって4分も5分もやることがあるが、あれは授業に対する集中力をなくす。しっかり守った上で、延長するなら、児童の希望を聞いた上で延長した方がいい。

「発表です」
「敬語を使わないように普段のように話す」
「質問をたくさんしないで少しずつ聞く。」
「悩みの原因を聞いている」どうやって聞き出した?「やさしく」「相手のいったことをわかりやすくまとめて伝える」「自分の名前をいって」「自分の例」「相手の名前を君づけで質問する」「しゃべりやすいように」「相手に対して間をおかないで相づちを打つ」「どれくらい勉強してもなにを?」「余計なことは言わない」「話が詰まったときは話題を変えたり、違う聴き方で話す」「たとえばどんな聴き方?」「どんな勉強をしているの」その他
「相手の身振りで言いたいことを推測する」「またこんど」
なぜ「そうか」がいいの?
「通じている」「安心できる」
「安心させる」という紙を掲示

「うなづいている」、「またね」、「相手に考えさせる時間を与えている」
自分のことをわかってもらえる=共感

「どれくらい」「何を」はなぜいいの?
「相手のことがわかってくる」「どんどんでてくる、引っぱり出す」

「話を引き出す」という紙を貼る。
T まだあった
「もしよかったら ・・・してくれる?」

こちらのグループは
「言葉」です。

ではまとめの考え
「今日勉強して、悩みを聞くときに気をつけるとよいことはどんなことか書いてみよう」

児童はかなりのスピードで短時間に書いている。書き慣れている。
もっとも板書にまとめてあるので、何を書くかは誰でもわかる。ただ、それを自分の言葉で書くという作業は、確認・意識づけという意味ある行動だ。

「発表してもらえるかな」

「低学年の子に優しく例を出して聞く」「相手が応えられるように、自分の例を出しながら」
「安心させることができる環境の中で、言葉に気をつけて話を引き出してゆく」

【土井の感想】
 大変興味深い授業だった。いわば子供のためのカウンセリング講座である。カウンセリングをする立場に立つ授業というのは、これまで見たことがない。しかし、今後ぜひともやっておきたい学習である。
 その理由は、相手の話を聞く、相手のことを考えて話すという当たり前の指導が、これまでなされていなかった。「読み・書き」というのはあくまでも個人の問題だ。自分の世界だ。しかし、「話す・聞く」は相手がいることが前提であり、今後の共生社会を生きる子供たちの重要な生きる力だからだ。
 二つ目は、義務教育段階への心理学の導入だ。
 いつも言っているように、学校教育には、もっと心理学のテクニックを学ぶべきだ。テクニック以上に、心理学のベースにある「人間へのまなざし」を大切にするべきだ。カウンセリングはそのひとつの具現化であり、それを学ぶことは人間を学ぶことにつながる。今後の道徳や社会科、国語科、総合に有効だろう。 
 今日の授業では、一つのビデオから、自分でも思いもつかない発想をいくつも発言する児童の姿に日頃の授業の様子をかいま見た。
 よく基礎・基本を「読み・書き・そろばん」というが、「話す・聞く」は、それに劣らない基礎・基本だと思う。
 原稿を見ないで、自分で理解したことを自分の言葉で話せることは大切な能力だと思うが、現実に実践されていることは少ない。今回の研究紀要で、そのことが明記してあった国語部会はすばらしい 

研究発表協議会
社会科に出席した
テーマは、「単元や子供の実態に応じた指導方法の充実」

研究発表
後藤教諭

H11  単元に応じた指導方法
H12 児童の実態に応じた
H13 単元や子供の実態に応じた
H14 ねらい よりよい年間計画の策定

出会う授業 自分なりの問いを発見する

追究する授業 問いを追究し解決する
決める授業

実態把握の方法
 単元指導時における形成的評価
 単元前の実態をより細かくとらえる
子供の実態を見る視点

4年 火事は忘れた頃にやってくる
消防士のすごさを実感し、すごさが興味・関心を持続した。
5年 森が僕らを守っている
林業の厳しい現実、 問い合わせ、解決
決める授業では、森林ボランティアをしてみたい

天皇を中心とした政治
自分たちの生活を見直すことができたか

なぜこのような大仏をつくったのか

聖武天皇、民衆、

本時は決める授業 
 大仏造営を現代とのつながりからとらえ直す

Q 発問を変えた意図 
A どう思ったのだろう に変えた。よかった、悪かったは危険な問いだと思う。
Q 発問を変えた結果の子供たちの反応をどうとらえたか
A 一時迷ったが、よかったと思う
Q 今の自分から見た、当時の人の考え が混ざっていた。 
当時の人の立場にできるだけたたせることが大切なのではないか
A 今の自分の目から見て当時の人の気持ちにたっていた。
あのあたりからずれてきた。

Q 自分たちの生活との関わり といったものをどうとらえた
 
A どう自分とつなげていくかは難しい

Q 評価について、発言中心に進めるときの形成的評価をどうするか
A みんなの意見を聞いてどう思いましたか でノートに書かせる予定だった 
  発表できない子も記述できるようにしたい。
意 学級の把握があって指名したと思う。
人数を減らしてくれと言いたいが、今までの
ノートに書かせるのが本当に必要なのか、
評価のための作業にならないか。

自分との関わりが五月の授業に必要なのか

意 考える ということは書く ということ。 
  書くと意見を言わせやすい

A  出会う、追究する、決める というサイクルを繰り返して子供をのばしていこうと考えている。

意 自分に自信があったことは書かなくても言える。
  言いたい、認めてほしいということは言えるものだ。

T 調べが蓄積しているのであまり書かせなかった。

どのような立場で意見を言ったらよいのか。
歴史学習の中で自分との関わりについて考えられるのかな。

大切なもの、親しまれてきた、第三者的な意見が多い、一人もし私は・・・・という子がいたが

意 公民的分野ではしやすい。歴史ではとらえにくい。
   今日の中で、改修年表により、大切にしていきたいと考えていた。

歴史認識はあるが
地理認識はない
地理的な見方考え方はあるが
歴史的な見方考え方とは言わない
これは言葉の問題なのではないか、意味としてはほとんど同じではないか

指導・講評


演題 新教育課程の実施とこれからの授業−教科の基礎・基本と総合的な学習のあり方−有田和正先生

新しい教育課程が四月から実施された。
群馬県にある温泉で、駅を降りたら5,6台分もの人が1台のバスをめざしてきた。
私は待っていたのに、どんどん割り込みをされて、後ろの方になってしまった。「近頃の若い者は・・・」というが、近頃の67歳以上寄りはどうなっているのか?駅までは30分あるがきっぷを買っていない人がいる。
温泉に一回入った人は一〇年若返る、二回入った人は二〇年若返る。
「三回入ったら?」といったらすかさずガイドさんは「元に戻ります」
このガイドさんのよう間髪を入れずに切り返せるだろうか。授業でできるだろうか。
嘘を楽しんでいる。社会的嘘と、心理学者は呼んでいる、通知票に書くのは嘘でしょう。嘘も必要悪な時があるのです。絶対評価も七割ぐらいは嘘でしょう。教師は嘘がうまくないとできない商売です。

私の友人は
通知票をもらったら2だった。
「嘘でしょう」といったら、うそ、本当は1だった

この紀要も大半は嘘。何割が本当かは聞かない方がいい。
雪印のようなのは反社会的嘘。コマーシャルは非社会的嘘。
糾弾されることはない。・・日本では非・反社会的嘘が多すぎる。

今、教育界で五つの心配、一つの疑問をしている。

 これは名古屋の水ですが、おしっこだと思ってください。昔は糖尿病の検査はなめて調べた。インターンの学生に、「優秀な医者になるには鋭い観察力と勇気が必要です。」
 本物のおしっこを前に、「みんなもやってみてください。」学生は実行した。
 君たち30人は勇気は合格です。鋭い観察力は失格です。私がつっこんだのは人差し指、なめたのは中指。

一つ目は学力低下問題。基礎四教科の総授業時数3491時間
この4月からは、2941時間
マイナス1000時間
この31年間に基礎4教科の授業時間を1000時間カットしている。
4年は一年間に945時間、
すなわち6年間になるまでに全員が1年間不登校になる数字。でも学力低下しないと文科省は言っている。
保護者にアンケートをとっても低下すると言っている。
中学生も70時間の減。
1400円が塾の授業料。
保護者は98000円の支出増を迫られている。

98,000円を出せるか出せないか、経済格差を教育に持ち込んだのではないか、

3 私立と・公立の格差
私立は土曜日を休みにしない、慶応も休みにしていたら、よそが休まないと言ったらまたひっくりかえした。
中学校は817時間の差。これは大きな問題ではにか。

5 総合的な学習の戸惑いだ。保護者も戸惑っている。私もPTAに話す機会があるが、講演会を行っている。これまでにはなかった、今度は心配している。

それについて提案する。
一つの疑問が免許を持たない先生の登場。校長で全国で21人登場している。
非常勤講師は11000人いる。
それも悪い話ではないが、教員免許とはいったい何かが心配である。私の言っている学校は民間の支店長だった。先生方はいいと言っている。「教育内容がわからないから任せてくれる」でも視野が違う。
 
免許状をもらうと言うことはどういうことだ。何ができるんだ。ノンプロとプロはどこが違うのだ。

北海道へ行った。送ってもらったら無免許運転だった。帰りは免許を持っていたがそっちの方が下手だった。
授業はどうか。免許を持っていたら、プロと呼ばれる授業ができないといけない。みなさんもプロになってほしい。
では、プロはどこが違うのか。今後特集を組んでいきたい。

そうした心配とは別に、授業時数が減っても学力低下しない提案をしたい。
三年前に定年になったが、愛教大社会科教育学会で講演した。聖書のマタイ伝タラントのたとえが1ページでているが大商人が旅にでることになった。3人の番頭さんにお金を預けます。
私が帰るまでにお金を増やしてほしい。
優秀な番頭に5タラント、まあまあに2タラント、心配な番頭に1タラント渡した。
数年たって、Aは10たらんと、Bは4タラント、問題はC、1タラントのまま。「なんと言うことだ。」と言うと、「大切なものなのでしまっておきました。」と答えた。
「なんと言うことだ、銀行に預ければ0.00いくつの利子が付くかもしれないのに」、Cはリストラされてしまいました。
これが聖書にでてくるが、はっとした。私たちがこれまで育ててきたのはCのような子ではないのか。
教えた通りやるのが100点、優秀児、こうした子供を今まで育ててきた。Cのような子供を育てればよかった。しかし、2002年には、AやBのような子供を育てなければならない。
これからは、2や5を教えたら、子供が自らの力で、知識・学習技能で、倍増できる能力を育てなければならない。たとえ3割削減されても、倍増する力があればいいのではないか。そのためには、知識もさることながら、知識がないとものが見えない、知識は眼鏡、社会科のプロは社会科の知識があるから物が見える、知識は必要、それプラス知識を獲得できる技能、これを育てない限り倍増できない。