犬山市民大学講演要旨
記者の目から見た日本
平成19年1月13日(土)
  犬山市南部公民館
中日新聞社 常務取締役 小出宣昭
                                   記録 土井
この記録は、土井によるメモから作成したものです。従って、誤字脱字や主観的な解釈、誤解もあり得ます。文責はすべて土井にあり、主催者や講師には一切責任はありません。そのため、引用や転載はご遠慮ください。また、問題の箇所は修正しますのでお知らせください。  

自由とは何か?
 犬山はここ数年で2回講演をしている。何となく好きな土地だ。会場で石田さんの看板を見て、盛り上がっていると感じた。(笑)石田さんと僕とは東海中学・高校の僕が1年先輩。東海では1年の差は絶対。彼が県議の時もあいさつをしたが、終生僕が先輩でこっちが上。(笑)
 とはいえ、新聞社は中立を貫く。しかし、選挙に出ることはいいことだ。ここ32年間、愛知県知事選挙は事実上各党相乗り選挙だった。これは政治的談合である。談合をすると民間はたたかれるのに、政治的談合はたたかれない。それでは、市民にとっての選択肢がない。石田さんはそれをぶっ壊しただけでもすごい。知事選はまだ公的には始まっていないが、どちらも盛り上がってほしい。これが選挙というものだ。
 僕らが自由と言うが、「自由」って何か?それは選択肢があることだ。選択肢が与えられていることが自由主義国。私は3年ほどロンドンで過ごしたが、イギリスではどんなことでも選択肢を与える。学校でもそう。
 イギリスの学校では、11歳で小学校を卒業する。8月に公立中学校の学校宣伝大会が開かれる。ボローと言い、日本でいうと「区」みたいなもの。そこにある中学校が20から25ある。その中学校の校長が公民館に来て、(教育委員会というものがないので、)校長がカリキュラムの全権を握っている。教える内容は自由。その学校の個性を宣伝する。そこへ親子で言って、自分で入りたい学校を選択する。自分で決めるから自分の責任だ。日本では「我が校の生徒は、粒ぞろい」というが、イギリスでそんなことを言おうものならすぐクビだ。イギリスでは「粒違い」を育てる。
 上級学校を受ける試験では4科目の国家試験がある。その4科目は何を受けてもいい。文学、歴史もあれば、料理、大工仕事でもいい。数学と物理でもいい。いろいろある中で4科目を16歳で国家試験をクリアしないと上の大学へ行けない。だから、各学校は、それぞれの得意分野を宣伝する。
 それはちょうど、城の石垣みたいなもの。名古屋城の石垣は、いろんな石があって全体の石垣ができる。大きい石だけでは組むことができない。社会もいろんな人がいてこそ強い。粒違い、選択できる、得意技を選べる。これが自由だ。日常生活における自由は、イギリスの方が多い。
 去年の2月、久しぶりにイギリス、フランス、ドイツと出張があった。ロンドンを見て、公衆電話がずらりと並んでいるところを見た。携帯電話が広まったから公衆電話は減っていると思ったら、イギリスでは選択肢はつぶさない。市内でもあった。田舎町のバースでもあった。バースは、バスルームという風呂の発祥地であるが、ここでも田舎だが駅前に12機の公衆電話がある。これは、新しいものができても古いものを捨てないということだ。利用者の中にはお年寄りもいる。携帯をもっていない人もいる。
 イギリスは、世界初の産業革命をやった。18世紀から19世紀にかけて、近代社会を支える機械文明を成し遂げた最初の国である。その結論は、新しい文明は太陽の光と同じ。光が当たれば、必ず反対に陰ができる。携帯電話は太陽の光と同じで便利である。でも、何でもそうだが、慣れていない人が困ってしまう。それが使えない人のために公衆電話を残す。選択肢を持っている国こそ先進国だ。それが自由主義国。
 日本は、物差しを一本にしてしまう。公衆電話も切ってしまう。ついてこれない人、取り残される人が悪いという感がある。選択肢がない国になりつつある。これが第1点だ。だから、知事選挙も、選択肢があって当たり前だ。これまでがおかしい。現在の日本の姿、選択肢がなくなりつつあるのは一流国の姿ではない。なるべく古い物も残すべきだ。
 
小泉さんの政治とは
 第2番。小泉さんの政治について述べたい。日本の総理大臣を選ぶ仕組みは議院内閣制である。議会で首相を選ぶ。これは良く出来た制度だと思う。一方、アメリカは国民がリーダーを選ぶ大統領制。僕は個人的にはこれには反対だ。どうしてか?アメリカの大統領は、一旦決まったらクビにできない。とろい人を選ぶと、運命を共にしなければならない。これは、今のひとが悪いと言っているわけではない。(笑)再選されると8年間は運命を共にしなければならない。しかし、議院内閣制は、気に入らないとすぐクビにできる。平成では、竹下、海部、宇野、宮沢、細川、橋本、村山、羽田、小淵、森、小泉、安倍。18年間で12名の総理が誕生した。平均寿命は1.5年。宇野さんみたいに、3週間でやめた人もいる。18年間で12人という総理大臣だ。
 アメリカは、ブッシュの父、クリントン、ブッシュ息子でまだ3人。イギリスは、サッチャー、メイジャー、ブレアでやっぱり3人。しかし、日本は12人。短いことで悪い部分もあるが。小泉さん5年やった。と言うことは、残り13年を11人でやったことになる。
 小泉さんは、その間で何をやったのか?いいことは、自民党の中に敵を作ったことだと思う。小泉さんは石田さんと顔が似ている。田舎の小泉と言っていた。
 敵を作ったことが見事だ。派閥を事実上なくしてしまった。曲がりなりにも政策集団にした。これはプラスの面もある。
 悪い面もある。「改革なくして成長なし」とことあるごとに言い続けた。私は、この言葉は眉唾だと思っている。
 日本の経済成長の時代、政治的改革はほとんどなされていない。「改革」と「成長」は元来関係がない。日本の高度経済成長期のように、改革がなくても成長があった時代があった。「改革なくても成長あり」だ。「改革なくして成長なし」と言うなら、歴史的に証明すべきだった。これがワンフレーズポリティクス。たった一言で引っ張る。一般大衆には分かりやすい。だから小泉政治を劇場型という。
 小泉政治のいい部分もあったが、負の遺産は深刻だ。改革の方向は、すべてお金がからむ。財政が厳しいから、「市町村合併」、「郵政民営化」を行った。これらは、財政が厳しいという事実としては正しい。ジャーナリストとして突っ込みたいのは、バブル期は、儲かったということだ。確かに企業も儲かった。しかし、一番儲かったのは官だ。
企業のもうけの半分を官は税として持っていた。そのころでも財政バランスが崩れていた。そのころの税金でバランスをとっておけば、今は改革不要だった。あの時代に回復できたはずだ。その時に、そのことを見抜く政治家がいなかった。あの時の膨大の税金を一体何に使ったのか?
 ある時、新聞社で特別取材班をつくって、バブルの税金を探せという調査チームを作った。どこかに残っているはずだ。しかし見つからなかった。唯一見つかったのは、住専といわれた、住宅専門金融会社。ここに公的資金を注入した。あれがバブル時代に貯め込んでいた金だった。6400億円。それ以外がわからない。
 バブル時代は税収が増えすぎて困った。補正予算を組みまくる。岐阜県は処理しきれないので裏金に回した。だから燃やしたり…。(笑)そして、バブルが出発した。その時に正常な感覚を持っている人がリーダーにいれば、今でもできた。しかしいなかった。だから金がないと言っている。
 スリムにする、合併、それは悪くない。しかしその前に、自らの過ちを言うべきだった。あの時は失敗だったと言うべきだった。政府も、民間のリーダーのように責任をとるべきだった。
 
自由か、平等か
 そういう小泉改革とは何か。基本は“日本のアメリカ化”である。
 民主主義は、「自由」と「平等」という、二つの概念で成り立ている。イギリスも多民族国家である。小さな国だが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに分かれている。それでも面積は日本の6割ぐらいしかない。4つの民族が合体して連合王国をつくっている。世界ではじめて、多民族国家として統一した国がイギリスだ。今では、旧植民地の人もなだれ込んできた。万華鏡みたいな国だ。以前イギリスにいた時も、隣の家はギリシア人、そのとなりはフランス人、町内会を開くとオリンピックができるくらいだ。それが国際都市だ。それに比べると、東京は全然だ。国際都市とは、町内にいろんな国の人がいることをいうのである。それを拡大したのがアメリカだ。
 多民族国家になると平等にできない。風俗習慣が違う。民族的な能力も違う。だから平等にならない。その見返りとして自由が発達した。一定の条件を決めて自由に競争する。多民族国家は、平等が実現できない国。アメリカがそう。一昨年の水害の映像を覚えているだろうか。貧しかった。黒人が集中してすんでいる所はだいたい貧しい。その代償が自由なのである。
 日本はほとんど均一国家。平等性が強い。「出る杭は打たれる」というのは平等意識が強いからにほかならない。日本は、英米と全く対照的だ。自由が苦手なのである。小泉改革は、まさにアメリカ型にやった。
 市場原理主義。ホリエモンや村上ファンドが出てきた。民営化というのは「競争こそ正しい」と言うアメリカ型改革。刺激という点ではいい面もあった。しかし、全部換えよというのは無理があった。
 日本は平等が得意で自由が苦手。それでも世界2位まで来たではないか。
 日産はゴーンが来て、欧米型になった。欧米では、株主に対して責任を持つ。日産自動車の役員の平均年俸は2億円から4億円。トヨタは、どうも総合しても4千万から8千万らしい。日産とトヨタとどっちが強い?圧倒的にトヨタだ。利益だけで1兆2千億ある。儲かっているのに、平等性が崩れるから、役員の給与も押さえる。
 愛知万博の時、イタリアトヨタの従業員をチャーター機で下呂に泊め、万博を見せて帰した。そんな企業は世界中探してもない。これは日本的平等の発想である。その対極が日産だ。集団の体質が違う。多民族国家で発達した国とは企業体の遺伝子が違う。
 小泉さんはそれを変えようとした。そうは変わらないし、変えてはいけないと思う。
 「企業」とは、明治時代に入ってきた概念だ。当時はドイツ経営学で、ゲゼルシャフト(Gesellschaft)と言った。会社のことである。日本の当時の学者がこの言葉について調べた。「人格の一部分だけでつながった人間の集団」と解釈した。
 それに対するのはゲマインシャフト(Gemeinschaft)。全人格がつながった人間の集団を指す。労働者は労働を提供して給料をもらう。調べてみると、日本には当時そういうものはなかった。商店は丁稚に入ったら子どもも同然。のれん分けをする。家族みたいだ。「藩」も全人格的集団だった。家族ぐるみのつきあいで支えられている。
 学者は調べて、日本には人格の一部でつながった集団はなかった。唯一例外が「牢屋」。「会社というのは、牢屋みたいなもの」と理解した。会社の番人を「取締役」という。これはもともと、「牢屋の番人」ということ。 
 日本では、会社も全人格的集団になった。終身雇用性は家だ。警察でもそう。日本の企業は家。
 日本で労働組合を作った。労働組合は、本来横につながるものだが、日本では発達しない。ほとんどは企業内労働組合。イギリスはどうか。イギリスの当時は写真製版だったが、その職種だけで組合を作る。ストライキがあると、全新聞の写真が止まる。横の連帯だ。一方、日本は縦社会。家族的。それが悪いことと言われてきた。
 日本の経営者の責任は、従業員のためだ。欧米は、株主にだけ責任をもつ。これが決定的に違う。日本の企業、これを変えようと小泉内閣が言った。私は、これは違うと思う。たとえ経済競争に負けても、この企業体質は変えない方が価値がある。平等を崩して自由はない。日本のもつ良き平等性を残さなければならない。
 経済学で、「ローレンツ曲線」というのがある。
 ローレンツ曲線とは、世帯を所得の低い順番に並べ、横軸に世帯の累積比をとり、縦軸に所得の累積比をとって、世帯間の所得分布をグラフ化したものだ。もしも、社会に所得格差が存在せず、全ての世帯の所得が同額であるならば、例えば、人口の30%が30%の富を持つならば、ローレンツ曲線は45度の直線になる。所得や富の分布に偏りがある限り、ローレンツ曲線は下方に膨らんだ形になる。下への膨らみが大きいほど、不平等が強い。
 日本は、OECDでどの社会主義国より平等だった。日本の会社の多くは、社長と新入社員の給料は10倍以内。欧米は千倍でそれが当たり前。日本の差は少なく、それぐらい平等だ。しかし、小泉改革の流れで、崩れてきている。競争が進むと、淘汰ができる。そうすると、格差が広がる。
 生活保護の世帯は、10年前が58万世帯で、昨年は104万世帯。倍近く増えている。高齢者で恩給だけの生活者がかつては45%。昨年は65%。格差とはちょっと違うが、母子家庭が13年前78万世帯、昨年は122万世帯。
 格差を表す統計が具体的にある。勤労者世帯平均年収は765万円から730万円に減っている。それぐらい格差がある。小泉さんの規制緩和の影響である。 
 政治の役割は、人生をどうフォローするか。
 人生にはリスクがある。毎日リスクとの戦いだ。その中で病気で死ぬというのは全国民的リスク。これまではそこの部分は公的にカバーしようというのが伝統。国民皆保険。
今はそれが無駄だからということで、自己負担をふやしている。アメリカは強いので、
アメリカ人の15%は保険はない。その人たちは医者にもかかれない。
 日本は曲がりなりにも皆保険だ。それが無駄という思想、自己責任と言う考え方、これは絶対に許せない。
 耐震偽装もそうだ。これまで住の安全は政府が保証してきた。だからこそ官がやってきた。民営化によって民間がチェックできるようになり、居住に対するリスクが出てきた。住の安全という絶対的リスクを崩した。だからこの事件が出てきた。
 自由化というのは、社会のリスク管理に大きな影響を与える。安心ができなくなる自由。これがアメリカ化。
 それがいいことと続いていった。大きな改革の負の部分を背負って安部さんが続いた。
これからの政治は、「アメリカ型か、ヨーロッパ型か」の選択の問題である。
 ヨーロッパ型はソフトで、社会民主主義型。アメリカは効率優先の自由主義型。安倍政権はどうするか。
 安倍政権の言っていることは、今年中に解決できないことばかり並べて言っている。「美しい国」や拉致問題など、すぐに解決出来るとは思えない。まず、すぐにできることを言うべき。小泉改革のひずみはかなり充満している。
 ヨーロッパ型かアメリカ型か。この2つの選択肢しかない
 新しい政治の再編がくるかもしれない。
 
日本の情報化社会
 もう一つ現在の日本の姿。情報化社会について述べたい。
 情報は、私の仕事だ。しかし、正直言って、情報の96%はくずだ。本物は4〜5%
しかない。例えば、中日新聞には毎晩7千枚の写真が世界中から送られてくる。しかし、掲載できるのは80〜90枚。残りはくずになる。私たちの仕事は、7千枚から90枚を選択するのが仕事。この比率は、日常の情報とだいたい同じだ。
 「情報」は翻訳違い。日本では、「インフォメーション」を「情報」と訳した。これがそもそもおかしい。
 世界でもっとも大きな情報機関はCIAで、情報機関としては世界最大。このIは、インテリジェンス。これが情報。 ※ Central Intelligence Agencyアメリカ中央情報局
 007の属する英国軍事情報局第5課。MI5。このIもインテリジェンス。
 インフォメーションは単なる「資料」で、インテリジェンスが情報。写真の例で言うと、7千枚が資料、90枚が情報。
 だから、「氾濫する情報」ではなく、「氾濫する資料」というべきだ。私たちの仕事は、資料をまとめて、情報として整理することだ。
 くず情報に振り回される。それで一生終わる人もいる。
 ロンドンからバースに行く間、2時間あまりの電車の中で、みんな本を呼んでいる。日本みたいにメールをしている人は一人もいない。これには愕然とした。他の車両も同じだった。英国では多くの人が本を読む。これは、一歩でも前に進むと言うこと。
 日本ではメール。時間をつぶしている。自由な2時間を、本を読むか、携帯メールをするか。これが10年続くとどうなるか。それぐらい違う。
 携帯メールのように、どうでもいいくず情報に振り回される。それで人生がおわる。意味もないメールはやめようと言いたい。私はメールをやらないが…。(笑)
 情報と称する資料。くず情報に振り回される落とし穴の話をした。
 もう一つ。デジタル化。NHKまでデジタルとうるさい。しかし、あれも視聴者が望んだものではない。テレビ局が望んだものでもない。すべてアメリカの要請だ。
 インターネットが広まったのはいつ?人が近づくと電灯がつくセンサーがはやったのは?レーザー治療はいつから?
 答えは、すべてソ連が崩壊していからだ。冷戦が終結したからだ。これらのすべて軍事技術で、民間に開放した。
 センサーは番兵だった。インターネットもそう。米軍の軍事技術だった。インタ−ネットを使えばつかうほど、パソコンを買うだけで、ビル・ゲイツに1万円入る。インテル、サーバーも、データベースもみんなアメリカが特許を取っている。
 インターネットの普及で、アメリカに大量に富が入る。これにより財政赤字を克服した。これはしょうがない。アメリカ軍が発明したから。
 ただ、軍隊は健康な成人男子ばかりだ。しかし、一般人はいろいろいる。弱者もいる。
心の弱い人がインターネットばかりしていると…。そこまでは想定していない。
 デジタルは、時計でも0時59分から1時へ跳ぶ。しかし、アナログ時計は間がある。無限大の数字がある。情報は、間に無限大の数字があるの。
 最近パソコンの年賀状が増えた。700通来る年賀状で見るところは?手書きの部分だけだ。他は読まない。
 情報は、相手に伝わらなければ意味がない。肉筆が伝わる。
 戦場では、皆手紙を書いた。小さな子は字が書けないので、手に墨を塗り手形を押した。これがアナログ情報の局地。もらった方は、その手形だけで伝わった。心が動く情報は圧倒的にアナログだ。
 アナログで書いたものでも、デジタル化したらだめ。ラブレターをFAXで送ったらだめ。配達証明したってふられる。速達もだめ。葉書もダメ。ラブレターは普通郵便で封書で送るのが文化。情報の受け手は微妙な人間なのだから。
 去年、ある会で社長がしゃべれと言ったので、デジタルとアナログの話をした。
 中日新聞は売り上げが1700億円。トヨタは、純利益が1兆数千億。中日新聞の売り上げはトヨタに比べれば微々たるものだ。これを数字で言ったら伝わらない。
 しかし、アナログ的に言うと、たとえば、毎日ビルの屋上から100万円ばらまくとする。1年間で3億6千5百万円だ。中日新聞の売り上げは、毎日100万円ばらまいても450年かかる。それが1700億円。プロセスを訴えるのが伝わる情報だ。
 人生はプロセスをどう生きるか。プロセスはアナログ。デジタルは、生の次が死だ。(笑)
 昔は歩いて東京へ行った。東京へ行くと、誰もが賢くなって帰ってきた。行って帰ってくる間に、いろいろなものを見て、学ぶことができた。
 今は、新幹線で行けるので、たわけはたわけのままだ(笑)。プロセスが人を賢くする。デジタル文化には落とし穴がある。便利な分だけ損する部分がある。便利を追求する世界は正常ではない。
 花で考えてみよう。花は食料にならない、無駄の代表だ。でも、部屋に飾る。葬式でも花がないとだめ。それが人間社会だ。感性だ。この5年間、会社では言ってきた。「内にデジタル、外にアナログ」
 後輩の加藤局長が先日ある銀行へ行った。融資の話で、BOXに入れられた。テレビ場面で命令、チェックを要求された。頭に来て取引停止にした。
 これは最前線でデジタルを持ってきた銀行のミスだ。人間でいいではないか。即刻なおしていただきたい。人間なんだから、店まで行ったんだから、人が対応してほしかった。そうしないと企業はつぶれる。
 今日言いたかったことは、情報化のもとはデジタル文化。しかし、アナログの持つすごさを再評価したい。
 
日本の祖霊信仰
 そして、日本的な平等性。それは家族みたいなもの。ほとんどの家庭に仏壇がある。
 もともと仏教は墓がない。墓と仏壇があるのは日本ぐらい。それは、死んでも準構成員ということ。これが日本。この世とあの世の断絶がない。こういう集団は日本だけ。
 仏教で言う、「引導を渡す」。これはこの世への執着を絶て、二度と帰ってくるなということ。元来、それが仏教というもの。仏教が日本へ入ってきた時、これではかなわんと言うことになった。その折衷案がお盆。仏教とは反対の理論だ。しかし、妥協した。お寺も儲かるから。
 中日新聞には屋上に神社がある。その年になくなった人の慰霊をする。死んでも準社員。日本的なアイデンティティだ。
 神棚もある。祖霊信仰だ。仏壇と神棚があったら、普通なら宗教戦争だ。それが日本のいいところ。いいかげんだけど。(笑)
 お寺と神社は、明治時代以後分業をしてきた。大まかに、楽しいのが神道で、悲しいのが仏教。これは楽しい分業だ。それでも、けっこうのどかに過ごせるのは祖霊信仰のおかげ。
 仏教の側がちょっとずるいことをやった。サンスクリット語を漢字に変えた。無とか空。難しい仏教哲学を、長安で翻訳をした。「ゼロ」を「空」とか「無」とした。「色即是空。空即是色。」これは、ゼロと考えるとすぐにわかる。すべての数字にゼロをかけるとゼロになる。ゼロに何かをつけると無限になる。
 戒名も同じ。せっかくいい日本の名前があるのに、死んだら中国人の名前に変えている。院とかつけると値段が高い。いろんな文化を日本的にこなしてきた。この伝統は守って行きたい。
 現代日本について1時間半でしゃべるのは難しい。記者の時代は現場に立っていた。
新聞はメーカーだが、同じ商品を二度と作れない。毎日違うものをつくってきた。学校の授業と講演は始めから終わりまで覚えている人は変態。この中には変態はいない。終わります。
Q&A
Q かつて名古屋に対して思ったことは?
A 名古屋は「や」を上げるのが正しい知識人の発音。アメリカ英語は名古屋弁、イギリスでカッスルがアメリカではキャッスル。イギリスでアイ コント が アメリカでは アイ キャント と キャーキャー言う。名古屋弁を輸入した。
 1970年代 未来論が出た。東京大阪がでて名古屋が沈没すると書かれていた。80年代になって、一気に情勢が変わった。名古屋のウェートが高くなった。低成長。工業生産もずっと第一位。どんな時代でも同じ時代で走る。高成長は東京・大阪が走る。低成長は名古屋が相対的に上がる。
 名古屋はオリンピックに負けてラッキーだった。オリンピックバブルとバブルが重なったら、もっとダメージが大きかった。負けてタモリに馬鹿にされたが、そのころからじっとしてきた。失われた10年と言われたが、名古屋は蓄積の10年。バブルに一番影響されなかった。はじけたとたん一気に上。今は名古屋が一番元気。
 かつての未来論は劇的に変わるものはない。今日は、昨日と99.9%は同じ。毎日少しずつしか変わらない。しかし、長いスパンでみると何が変わったかが見える。自信を持ってきた。
 名古屋と岐阜の決定的な違い。岐阜には侍がいない。名古屋は城下町があるから、侍文化がある。結束力がある。万博でも400億円の寄付金が3ヶ月で集まった。
 
Q 談合体質のような古い体質を中日新聞のなかではどう減らす努力をしてきたか。
A 古い体質をなくすために、編集権の独立を守っている。社長や会長は紙面に対しては文句が言えない。記事には財界や右翼などが文句を言ってくることがある。それらについても、社長や会長は編集部には文句を言わない。もしもあれば、人を変えるという方法で態度を示す。
 中日新聞はイラク戦争には反対を貫いた。私が責任者だった。「小出を切るぞ。」ともいわれたが単なる脅し。事前に言う者は切ることはない。それでも、トップは紙面に対しては一切言わなかった。
 読売は、なべつねさんが憲法改正というと、新聞社として憲法案をだす。中日新聞は
この点ではやりやすいが、責任を感じる。
 中日新聞は借金をしない。それによりだれにでも文句を言える。
 新聞は読まれなくとも、とってもらえばいい。とるだけはよろしく。(笑)