H19.2.3 伊那市立伊那小学校 授業参観報告

この記録は、土井によるメモから作成したものです。従って、誤字脱字や主観的な解釈、誤解もあり得ます。文責はすべて土井にあり、主催者や講師には一切責任はありません。そのため、引用や転載はご遠慮ください。また、問題の箇所は修正しますのでお知らせください。
  
 
 6年生智組を参観。教師が本を読んでいる。児童の机の上には封筒がある。「地学教育」、「日本地質学会」、「日本第四紀学会」など、先生のいらない封筒だそうだ。教師が、実に多くの情報を集めていることがわかる。
 課題を確認した。「自分の思いを人に伝える言葉を考えよう」
 昨日まで総合学習で活動した写真を選んで加工した。その写真に自分なりの言葉を考えている時間である。作業が始まった
 その間に、展示してあった郊外学習計画書を見た。4月から12月までに、美和湖へ 16回出かけている。学校集合8時25分、学校着が15時45分が多い。1日がかりである。
 毎回、国土交通省のバスで移動し、担任は自家用車でカヌーを運んでいる。昼食は美和湖荘で500円。事前に集金している。
 その16回以外に、以下のことをやっている。
 5月27日、28日には市民バザールでフリーマーケットをやって、カヌー制作費と水温計の購入費を稼いでいる、
 6月3日(土)、4日(日)には、杜の市で流木写真額を売って費用を稼いでいる。
 6月19日から24日までは、6日間、カヌー制作セミナーを学校で開いている。午後6時から9時までだ。参加費1000円で、完成したカヌーは希望者に売却するそうだ。
 8月17日(水)には流木撤去作業。天竜川が決壊したために、美和ダムが流木で埋まってしまったためだ
 9月11日(月)18時30分「野田知佑 伊那を語る会」で発表している。
 9月18日(月)には、アカウミガメ放流ツアーを行っている。午前8時から夜の10時まで浜松まで出かけている。
 10月20日には、川の源流を探検している。費用1000円はバザーの収益金から負担だ。
 10月15日(日)には親子カヌー教室を企画している。
 11月17日(金)佐久間ダムから学ぼうという会をしている
 11月25日(土)川シンポジウム。市長に環境問題について提言し、環境子ども会議宣言を出している。
 最終12月7日には、感謝の清掃を終え、活動報告を国土交通省の協力で製本し、配布が可能となった。本づくりが始まり、本時もその作業の一環である。
 
 このクラスは、5年生の時も、20回ほどの美和湖探検をしている。そこで行った水質検査とその分析は本格的だ
 4年生では、伊那市の町探検から始まり、川探検、段ボールカヌー試乗、カヌー模型を制作。8月には段ボールカヌー制作、9月にプールで試乗、10月にはウレタンマットでライフジャケットを制作。土石流現場や伝兵衛井水の調査した後、12月に木のパドル制作。
【 研究協議 】
 助言者は信濃教育研究所副所長の牛山先生だ。
 授業者の言葉、本時に至るまで、いつもは別の部屋で研究所とよんでいる。4年生の2学期以降。段ボールカヌー以後の2年半の実践。
 人との出会い、溝口さんや幅さん、管理事務所のみなさんとの出会いが実践を支えた。
人の生活と自然との間にある。ダム湖だから人口。これは自然のものか人口のものか。答えはわからない。生活、自然とは何かを考えながらここまで来ている。伊那市があるのは、美和ダムのおかげ。昭和35年ダムができて、治水され、町が広がった。
 総合で大事にしたものは、知識は情意に裏付けられて本物ということ。湯川博士も物理学・哲学・心理学を学んだ。教師にできることには限界がある。それを素直に受け入れ、できる人についていっしょに学ぶ。学校の応援組織は幾つもある。社会を知る窓口になる。
 私は何もなければさぼるので、のっぴきならないところまで自分を追いつめる。それにより子どもの学習のチャンスになる。
 3時間、カヌーの中で、4人の男女が水温測定する。協力しろ、仲良くしろ、なんていっていられない。冬は水温が3度だ。船の上のトイレも、協力してこなした。死と隣り合わせであることは、子どもなりに感じる。
 
【 助 言 】
 2年半にわたって、長いスパンの活動。私に何が言えるのか。足がすくむ。それくらいの密度が濃い実践の収束の場面を見た。近づきがたいものを感じた。やっぱり、ちょっと見ただけでは、奥の深さはわからない。
 授業者から手紙をもらった。子どもたちのやる気に支えられている。これほど至福な時はあるか。「じっと」「じーと」を感じた。
 このクラスの実践を4年生から見ている。
 一人になる、自分の中にあるものをじっと見る、それをどう言葉にするのか、すごい時間だと思った。これまで、ものや他者と対話してきた。今日は、自分との対話。
 写真か、言葉かという議論。子どもたちは、写真を選ぶに当たって、言葉を書いている。何でこの写真を選んだか書いている。最初に思いありき。だから、こどもは悩んだ。発想と構想の間を行き来していた。これはまだ始まり。やっと、途についた。拙速に迫る必要はない。功罪を検討することができない。
 総合か教科か。伊那小では生活づくり。カヌーがあることによってできる生活をつくってきた。教科の論理を引き寄せて、より生活がよくなったという関係性の中で学びが深まった。言葉に置き換えるから国語と置きかえてよいのか。れなさんは、何で選んだのか、メモの中で、自分と対話していた。
 この作業を難しくしていくもの。体験したその時にワクワクしたものを思い起こすのが第1説明。第2説明は、こうして学習してきたことを、今どう思うのか。あせることはない。はるなさん、のトンボの話。(略)大人が思っている以上に思っている。
 本づくりは、前に、カヌーづくりのガイドブックをつくっているのが参考になっている。
今はマニュアルばやりで、インターネットですぐに出てくる。本当にわかっていることは何なのか。体験しなければわからないものが行間に出てくる。
 本にすることは、墓標を立てる、記念碑を建てること。今まで現実化してきたことを、内在化すること。生き続けるものに変えること。
 この2年半の学習は、これからの心の故郷になる。苦しいときに思い出す帰り所だ。その作業は、これからの生活のなかで意味が更新されていく。これから、いろんな経験をする中で、意味を更新していくことだろう。
 カヌーのもつ、総合性。                 
 一つはものづくり。命に関わる。プロジェクト的。ロマン、ドリーム。そこにかられる。必然性、必要感があり、根を詰め、腹を据える価値がある。作り手になり、使い手になる。その緊張感がよい。
 二つ目はカヌーをあやつる体になる。一体化する学びであり、臨界点を体で覚える。どっぷりと自然に浸り、体を開く。クルーの運命共同体。そういうものを学んでいく。
 カヌーがあってこその探求的な学び。カヌーにのるときめき感を体で感じる。
 本物に出会って、感謝を感じる、すごさを感じる。そして自己実現は一人でできることではないということを学んだ。人生を学んだ。この体験は何だったか。その振り返りが本づくり。世界を作り上げる学び。本当に骨太の実践だ。内から育つエネルギー、北澤と言う人から感化された。これは特殊な実践ではない。総合がもっている力を感じるべきだ。