梅田 肇
鈴鹿国際大学
英米語学科長の梅田肇です。本日はこの場をお借りして、日頃教壇に立つ時に留意している事がらを述べさせていただきます。いずれも基本的なことばかりですので、ここにお集まりの先生方にはどれだけ参考になるかは判りません。この点、何とぞご了承ください。
I. 教える側の基本事項
A. 声
講義の際の声については、「大きく、はっきり、ゆっくり」が原則です。教員の声が小さかったり、発話が不明瞭であったり、あるいは口調が速すぎたりすると、学生は講義内容を理解する事ができない可能性があります。聴く側の立場を考えて「大きく、はっきり、ゆっくり」した声で講義を行う事は大変重要だと思います。
B. 話すテンポ(リズム)
次は講義の際の話し方についてですが、メリハリをつけて、一本調子にならない事が大事だと思います。話芸を引き合いに出すと、先生方には大変失礼かもしれませんが、漫才や落語でも、お客さんをよく笑わせる名人達は、この話し方が秀でています。話し方に強弱をつける。そして、適度な間を取る。即ち「ここは絶対に学生に理解してもらう必要がある」内容については反復して説明する。かたや、さほど重要でない点は、ユーモアを交えて軽く触れる。90分という時間は長いですから、なるべく講義が単調にならないような話し方を工夫する事が大切だと思います。
C. 立つ位置
私自身は語学の教員ですので、一クラスの受講者は多くても20名程度です。ひと通り新しい単元について説明をした後で、それに関連した問題をやらせるのですが、20名くらいの人数ですと、各学生の進捗状況を比較的容易に把握できます。
しかしながら、100名を越える学生がいる大きなサイズの講義では、一人一人が内容を理解しているかを、その場で推し量るのは大変難しいと思います。ひとつの工夫として、黒板の前だけで講義をするのではなく、後ろや横の通路に立ち止まって、または歩きながら講義をすることが考えられます。大教室で備え付けのマイクはワイヤレスですので、その教室内であればどこでも使用できます。後でも触れますが、講義をしながら「机間巡視」を行なうわけですね。教員が近くにいると、学生は講義を聴く事に、より集中すると思います。もちろん、しぶしぶそうしたり、居眠りを続ける学生もいるでしょうが、教員の立つ位置を時々変える事で、学生に良い意味での緊張感を持たせる事ができるのではないでしょうか。
D. 名前を憶える
学長先生自らが常に心がけておられることですが、各学生の名前を憶える事は大切です。名前を他の受講者の前で正しく呼んでもらう事で、学生は「先生は、自分の名前をちゃんと憶えてくれている」という気持ちになるでしょうし、教員への信頼を生む第一歩になると思います。100名を越える受講者がいる講義では、学生の顔と名前を一致させるのはかなり難しい作業になりますが、教務課に置いてある学生の顔写真一覧表を活用する等して、できるだけ多くの学生の名前を憶えるように努力する事が必要だと思います。
II. 授業の工夫
A. 双方向 (interactive) の授業
今の学生は「聴く」作業が非常に不得手です。人の話をじっとして聴くのは5分間が限度という学生が少なからずいます。ですから、講義では、教員の一方的な説明だけではなく、学生に何がしかの能動的な作業をさせて、授業に参加している意識を持たせる事が大切ではないかと思います。ほとんどの学生は、教員が指示を出せば、興味を持って、言われた通りの作業に取り組むと思います。公開授業週間中に、聴講させていただいた講義の中に、教員が学生に対して船の絵を描かせる場面に遭遇しました。もちろん、この講義は美術関連の内容ではありません。各学生は、最初は少々とまどっていましたが、やがて思い思いに船の絵をノートに描き始めました。この時の学生の心理は「なぜ船の絵を描くのだろう」とか「描いた後には、どんな講義の展開が待っているのだろう」等、興味津々であったと思います。この作業は、その後の講義内容と密接に関連していたことは言うまでもありません。私には、この学生参加型の運営方法が非常に印象的でした。
双方向の講義は受講生の多いクラスでは実行するのに難しさがありますが、講義の節目に学生に対して、それまでの内容についての意見を求めたり、講義の最後の20分ほどを使って学生に感想文を書かせたりするのも、立派な双方向授業の進め方だと思います。
B. 視覚補助教材 (Visual Aid) の活用
講義の内容を、より良く学生に解ってもらうための工夫のひとつが、視覚補助教材の活用です。具体的に例を挙げますと、パソコン用のプレゼンテーション・ソフトのパワーポイント、OHP、学生一人一人に配布するハンドアウト等、様々な種類があります。
私自身の経験を言わせていただきますと、テキストや映画のストーリーをより良く学生に解ってもらうために、しばしば、そのストーリーの舞台となっている国や地域の地図を活用します。グローバル・ステーションに置いてあるものですね。今学期、「映画の英語」というクラスで、『レインマン』を観賞したのですが、米国の中西部から西海岸までを主人公が車で旅するシーンがあります。米国は広大な国なので、地域によって車窓に映る景色が大きく変わります。地図を併用する事で、学生はそれぞれのシーンがどの州の何という町の辺りを描いているのかを、より良く知る事ができたようです。少し大げさに言いますと、映画館で観るのとは異なり、「知の付加価値」を与えることができたと思います。
C. 板書
最も基本的で、有効な視覚補助が板書です。教員は、系統立てて、すっきり整理した形で板書する事を心がけるべきです。また、重要事項は赤や黄色のチョークを使って板書すると、学生もマーカーやボールペンで、その通りにノートに写します。カラーを使い分ける事で、楽しい要素も加わるわけですね。
大教室では、後方に座っている学生にもよく見えるように、大きな文字で書くようにします。そして、あまり重要でない事は書かないようにするのが肝要かと思います。
D. “脱線”トーク(教員の体験談、よもやま話など)
私も学生時代に経験がありますが、講義の本筋とはあまり関係のない、いわゆる「どうでもいい話」を、学生は結構おもしろがって聴くものです。英米語学科一年生対象の「TOEICの英語I-1」で、私がかつて留学していた大学のキャンパスの様子をスライドで見せたところ、普段の何倍も雰囲気が盛り上がりました。この盛り上がり様は、本来の講義内容に戻す時が大変なのです(笑)。それはともかく、今ここにおられる先生方も、学生にとって興味深い体験談をお持ちと思いますので、機会があれば、ご自身のお話をすると、学生との距離が近づく事があるかもしれません。私の場合は、失敗談や留学中の苦労話をした時に、学生は意外なほど真剣に聴いてくれまして、驚きました。
本学はこぢんまりとした大学です。その利点を生かして学生とのコミュニケーションを計り、彼らの信頼を得るひとつの方法が、教員の「人となり」を披露する機会を設ける事だと思います。
III. まとめ
A. 「教員」という名のパフォーマー
講義を行なう際は、言うまでもなく学生が聴いているわけですから、如何にして、彼らの知的好奇心を刺激して、かつ講義の内容に興味を持たせながら、理解させるか。これが我々教員に与えられた使命だと思います。人前で話をするわけですから、教員もパフォーマーの一員である、と定義づける事ができるでしょう。
B. 「学生参加型」のクラスを
パフォーマーとして講義を行なう以上、やはり一人でも多くの学生に、その内容について関心を持ってもらい、知識を吸収してもらうように、教員は様々な工夫を凝らす必要があると思います。その一例が、学生参加型のクラスの実施です。前にも述べましたが、クラスのサイズによっては、これは導入が難しい場合があります。しかし、一コマ90分間を単調な話し方で講義を行なうだけでは、今の学生が「おもしろい」と感じる内容になりにくいと思います。本学で私語がひどく、講義をする教員の声が聴き取りにくいクラスが一部にあるようです。原因は、学生の学習意欲の欠如に求める事ができるでしょうが、教える側にも改善が必要な場合があると思います。ひと通り説明を終えたら、学生に「作業」をさせる内容を盛り込む事で、クラスが活性化する期待が高まると思います。
C. 「机間巡視」の実施
これも以前にお話しましたが、大きなサイズのクラスでも、教員が通路を歩いて教室の後方まで赴き、学生の注意を喚起する必要があると思います。学生を脅かす事が目的ではなく、多くの受講者一人一人に気を配っている事を印象づけて、学生の学習意欲を少しでも高める事が重要だと思います。
D. 常に「見られている」意識を持つ
教員にとって、学生一人一人の名前を憶えるのは易しい作業ではありませんが、その逆は簡単です。「この講義の担当教員は○○先生だ」ということは講義要項にも書かれていますし、学生が教員の名前を憶えるのは易しい事です。そして、学生は、我々教員が想像している以上に、教員の事を非常によく観察しています。つまり、我々は学生に見られているのです。さらに言いますと、生意気な態度を取ったり、少々不まじめな点があったりする学生ほど、意外なほどに、よく教員の態度を見ています。見抜いている、と言った方が、より正確かもしれません。教員が真摯な態度で学生に接すれば、自ずと彼らも教員の事を信頼してくれる可能性が高くなるでしょうし、逆に、毎回の講義をぞんざいに行なったり、学生を見下ろしたりする言動があれば、学生はたちまちその教員を避け、学習に取り組む意欲を無くしてしまうでしょう。
最後に大村はまの言葉を引用して、私の発表を終わりたいと思います。
私は、教師というものは、……厳しく考え、そして子どもたちを信頼し、普通の一般社会の人と同じように、結果の悪いことを自己の責任としてとる姿勢をもっていなければならないと思います。(p. 64)
どうもありがとうございました。先生方を前にしまして、失礼な言葉使いが多々あったと思います。どうかご容赦ください。
(この報告書は、2004年6月30日に本学で開催された第一回FD研修会で口頭発表した内容に、加筆・修正したものです)
参考文献
梅田肇 (2002)「能動型英文講読クラスのススメ」『鈴鹿国際大学紀要』第9号, pp. 9-16.
大村はま (1973)『教えるということ』共文社.